ヤフー株式会社 コーポレートグループ ピープル・デベロップメント統括本部 コーポレートPD本部長 大森 靖司氏
子育て&介護世代に法定休日+1日の休暇を付与、全社員がフルフレックスで働く
ヤフーは2017年4月、小学生以下の子どもを養育する従業員や、家族の介護・養護が必要な従業員を対象に、土日の休日に加え1週当たり1日の休暇を取得できる「えらべる勤務制度」を導入した。現在は、リモートワーク制度「どこでもオフィス」を展開し、約8000人の社員のうち9割がリモートワークを選択、コアタイムのないフルフレックスで働く。先進的な働き方を推進する同社の狙いについて、コーポレートPD本部長の大森靖司氏に聞いた。
柔軟な働き方を整えることで優秀な人材の流出を回避
「えらべる勤務制度」は、小学生以下の同居の子どもを育てる従業員や、家族の介護・養護をしている従業員を対象とした制度である。本人の申請内容に基づいて、土日の休日に加えて1週当たり1日の休暇を与える。結果、事実上の週休3日制となるが、休暇の曜日は本人が指定し、かつ無給扱いとなる。導入の背景について大森氏はこう説明する。
「当社にはもともと育児や介護などの事情を抱えた従業員向けに、短時間勤務、時差勤務、育児・介護休業などの制度があります。しかし、従業員の平均年齢が35歳を超えてきて、介護などを理由に、『フルタイムで働けない』『退職せざるを得ない』という従業員が少しずつ出てきました。一定の事由がある従業員に対して1週間5営業日のうちの1日をお休みできる仕組みを整えることで、優秀な人材の流出を食い止める狙いがあります」
会社としても、いわゆる長時間労働が美徳とされてきた日本の労働文化に一石を投じたい、という想いもあったという。
「この制度のおかげでヤフーを辞めずに済んだ」
導入から約5年経過したが、これまでの利用者数は約200名に上る。利用目的は育児が9割、介護が1割となっている。
「たとえば育児休業から復職直後の生活環境の変化に順応するためのペースづくり、という活用事例もあります。また、子どもの夏休み期間に合わせて利用したり、受験時期の支援、子どもが骨折した場合などの通院の付き添いなどにも利用の実績があります」(大森氏)
実際に利用した従業員からの反響も上々だと大森氏は言う。
「家族と過ごす時間が増えてワークライフバランスが改善したという声が多く、『介護に1日をフルに充てることで心の余裕ができた』という声もあります。女性からの申請が多いのですが、育児に積極的な男性の方にも重宝されていますね。『この制度のおかげでヤフーを辞めずに済んだ』と話す人もいました。その意味では退職、離職の抑制にも一定の成果があったのではないかと思います」
一方で、この制度は対外的には「ヤフーが週休3日制を導入!」という文脈で捉えられることが多く、2017年当時はまだそうした企業が希少だったこともあって制度への誤解も生じやすかったという。
「通常の給与を維持した状態での週休3日と捉えられることが多く、改めて制度内容の周知徹底を図る必要がありました」(大森氏)
導入の目的はあくまで働き手のパフォーマンス最大化
5年間の取り組みについて検証を行うなかで、運用面での課題も見えてきた。たとえば申請者の目線で見ると、1日休むことでほかの曜日にしわ寄せがきて、結果、残業せざるを得なくなったりするケースもある。また、休んだ分の給料が引かれるため、収入が減少することも気になるところだろう。一方、上司の目線で見ると、たとえばもともと時短で働く従業員がこの制度を併用した場合、1日6時間勤務とすると1日休んで週に24時間勤務となり、法定労働時間の半分近くになる。上司の立場からするとこの時間にフィットするような業務をアサインしなければならないため、その点は悩ましいという声もある。
2020年の新型コロナウイルス感染拡大以降、リモートワークの回数制限やフレックスタイム勤務のコアタイムを廃止した影響もあり、従業員の日常の在宅時間が増えた。その結果、育児や介護についても時間調整が容易になったため、「えらべる勤務制度」の利用者数は減少傾向にあるという。
「本人の状況に応じてどの制度を利用していただいてもいいと思います。そもそもこのように働く時間や場所の柔軟性を高めているのは、いい制度をたくさんつくってアピールすることが目的ではなく、あくまで働き手のパフォーマンスを最大化するためです。さきほどの週24時間しか働けないような方であっても、その貴重な能力を最大限活かしていただくためのツールとして『えらべる勤務制度』があると考えています」(大森氏)
自由と責任はセットである
ヤフーでは前述した通り2020年10月にフレックスタイム勤務のコアタイムを廃止し、自分の勤務時間を自由に決められるようにした。ただし、「えらべる勤務制度」の対象を全従業員にすることについては当面考えていないという。
「極端に言えば1日1分しか働かない日も生じ得ます(全社員共通の勤務推奨時間は午前11時~午後2時)。ほかの勤務日の労働時間を長時間にすれば、実質週休3日に近い状態も実現可能かもしれません。私たちの考え方は、それも含めて『自由と責任はセット』であるということ。一定の役割と責任範囲のなかで最大限のパフォーマンスを発揮しようと思ったら、そのためのベストの時間帯や場所は社員一人ひとり異なると思うんですね。そうしたとき、時間や場所の選択肢を増やしておくことが、社員の個々の力を最大限に引き出し、ひいては会社の成長につながると考えています。裏を返せば、働く時間帯や場所を選べる自由がある一方で、自身の成果を最大化する時間、場所を選ぶ責任もある、ということです」(大森氏)
ヤフーでは会社(経営)と従業員の関係を、一般的な使用者と労働者ではなく、「イコールパートナー」と位置付けている。この思想が「自由と責任はセット」の背景にある。
通勤手段の制限や交通費の片道上限も撤廃
働く時間や場所を柔軟にすることは、実際にパフォーマンスの向上に貢献するのか? コロナ禍においても同社の業績は順調だが、それが働き方改革によるものかどうかは判断が難しい。
「弊社では全社員を対象に毎月サーベイを取っており、回答者の主観にはなりますが、2022年1月時点で9割以上の社員がリモート環境でも『パフォーマンスへの影響がなかった』、もしくは『向上した』と答えています。こうしたファクトに基づいて私たちもこの働き方を進めていこうという意思決定をしています」(大森氏)
ヤフーでは2014年に働く場所を自由に選択できる「どこでもオフィス」というリモートワークの制度をいち早く設け、2020年には月5回までという回数の制限も撤廃した。さらに、2022年4月にはそれまで「出社指示があった際に午前11時までに出社できる範囲」に限定していた居住地についても全国に拡大、通勤手段の制限や交通費の片道上限も撤廃した。
「実数は非公開ですが、実際に長野、福岡、北海道、宮城などへの移住が一定数見られます。理由としては、親の介護や子育てするうえでの自然環境の良さなどが想定されます」(大森氏)
自由で多様な働き方が、会社に対する求心力を失わせる可能性はないのだろうか?
「当社ではもともと『1on1ミーティング』という上長と部下の週1回のミーティングを設けていますが、特にリモートワークの環境下では、これがコミュニケーションの大きな拠り所となっています。主な目的は、上長が部下の直面している課題の解決や目標達成への支援ですが、今後のキャリアについての対話も行います。『今、どんな状態?』『ここ1週間振り返って、うまくいったこと・うまくいかなかったことは何だった?』『今後、どんな仕事にチャレンジしたい?』などと対話をしながら、上長が部下一人ひとりと向き合っています。リモートワーク下において、今の働き方がベストだとは考えていないので、今後も社員のみなさんと一緒に常にアップデートし、先進的な働き方に挑戦していきたいと考えています。そうすることで多様な才能を持った人たちが、よりヤフーに加わり、よりヤフーで活躍し、より良いパフォーマンスが生まれ、良いサービスが生まれていく。そういう循環をつくり出したいですね」(大森氏)
- ヤフーでは会社(経営)と従業員の関係を、「イコールパートナー」と位置付けている。柔軟な制度設計における「自由と責任はセット」という考え方の背景にこの思想がある。
- 2017年4月、小学生以下の子どもを養育する従業員や、家族の介護・養護が必要な従業員を対象に、土日の休日に加え1週当たり1日の休暇を取得できる「えらべる勤務制度」を導入した。
- 「えらべる勤務制度」の過去5年間の利用者数は約200名。利用目的は育児が9割、介護が1割となっている。短い労働時間に見合った業務のアサインが必要なこと、ほかの曜日の残業増加につながらないよう調整が必要なこと、休暇は無給のため取得者は収入が減少することなどが課題。
プロフィール
大森靖司氏
コーポレートグループ ピープル・デベロップメント統括本部 コーポレートPD本部長
略歴
・2005年:人材紹介会社に入社、金融業界向け営業に従事
・2010年:インターネットサービス企業に入社、100人から2000人規模への採用活動を推進
・2014年:ヤフー株式会社入社。ポテンシャル採用からキャリア採用までヤフーの全採用における母集団形成をリーダーとして主導。その後クリエイター向けの人事施策の企画運用や部門人事、ギグパートナー制度立上げを経て、2022年4月より現職。人事労務や採用業務等を管掌