大手企業の新入社員が直面する職場環境を科学する
ここ数年で急速に変わった職場環境
「若者が何を考えているのかわからない」「新入社員との接し方はどうすればよいのか」。こういった疑問はいつの時代にも出るものである。こうした普遍的な問いとは別に、近年の様子を見ていると実は新入社員を受け入れる職場も大きく変わっているのでは、と思わざるを得ない。
この職場の変化は雰囲気や空気感といった曖昧なものではなく、“職場運営に係る法律が変わった”という構造的なものである。例えば、2015年に若年雇用促進法が施行され、採用活動の際に自社の残業時間平均や有給休暇取得率、早期離職率などを公表することが義務付けられた。2019年には働き方改革関連法により労働時間の上限規制が大企業を対象に施行された(中小企業は2020年から)。さらに2020年にはパワハラ防止法が施行された。こうした法制度は、もちろん、日本の全ての企業・職場の労働環境に影響を与える。また、折しも軌を一にして、2015年以降の日本には著しい採用難の状況が現出したために、採用力を高めるために若手の労働環境を改善する動きは加速した。つまり、労働時間をなるべく縮減し、ハラスメント研修を管理職層に実施し、柔軟な働き方を認める方向へ舵を切る企業が増えていった。
育成・コミュニケーションスタイルの変化
さらに、コロナショックが来て、初任研修がオンラインとなったり、配属されても週に何日かはリモートワークとなったりしている。リモートワークの功罪については諸説あり、ここでは深入りしないが、コミュニケーションスタイルが変わったことは間違いない。コミュニケーションスタイルの変化によって、新入社員が職場で関わる人も変化した(具体的には他部署の先輩社員との繋がりが乏しくなった、また、上司・先輩から同僚・チームへと上下関係から横の関係がメインになった)り、企業がこれまでの教育メソッドを放棄せざるを得なくなった。
実際に、大手企業の新入社員にインタビュー(※1)をすると、「叱責は一度もない。パワハラにあたるかもしれないと上司が感じているのか、不思議なくらいなかった」「今どきの子には厳しくしても意味ないからね、と親戚の子どものように扱われている」「体育会系でもっとしごかれるかと思ったがそんなことはなかった」といった声が聞かれる。また、その結果としてか、「社外で通用しなくなるのでは、と思っている。部署全体で仲が良く、正直居心地は良いが、本音ではこのままで自分は大丈夫なのかと感じている」「成長機会が想像したよりちょっと少ない」といった不安の声も聞こえている。
こうした状況について「修羅場もない、叱責もない。『ゆるい職場』は新入社員を変えるか」で問題意識を整理している。その上で、リクルートワークス研究所では実態を検証すべく定量調査を実施した。結果を紹介したうえで、今大手企業の若手が直面している職場環境の実態を明らかにしたい。そして現在の職場環境において若手をどう育てれば良いのかを考えていく。
職場における「負荷」が低下している
調査は、大手企業(1000人以上規模)の大卒・大学院卒新入社会人の仕事の実態、成長環境、職場環境を把握する目的で2021年11月に実施された。サンプルサイズは2680である。就業年数3年未満の就業者を聴取しているが、対照群として就業年数4-6年(働き方改革世代)、8-12年(リーマンショック世代)、18-23年(就職氷河期世代)を同様の条件で聴取している(※2)。
まず労働時間については、他の調査においても同様の結果が見られていたが(※3)、やはり入社年を追うごとに減少傾向があることがわかった(図表1)。週49.6時間から週44.4時間へと減少しており、仮に1日あたり8時間が規定内労働時間とすれば、残業時間は週9.6時間から週4.4時間へと半減以下の水準となっていた。
図表1 新入社員期(入職1年目)の週労働時間
続いて、労働の「負荷」感について、図表2に整理した。ここでは「負荷」を3種類に分類して検証(※4)した。
①量負荷:「労働時間が長いと感じる」「仕事の量が多いと感じる」
②質負荷:「自分が行う業務が難しいと感じる」「新しく覚えることが多いと感じる」
③関係負荷:「人間関係によるストレスを感じる」「上司・先輩の指導が厳しいと感じる」「理不尽なことが多いと感じる」
図表2では、全ての負荷が入社年を追うごとに低下している緩やかな傾向が見られるが、なかでも量負荷や関係負荷の減少幅が大きく、他方で質負荷は微減に留まっていることがわかる。
図表2 新入社員期(初職1年目)の仕事負荷感の世代比較(※5)
叱られたことがない
また、図表3にはコミュニケーションスタイル変化の一事例として、「叱責」された機会について整理した。なんと、25.2%の新入社員が一度も「叱責」されたことがないと回答している。この割合は入社年を追うごとに上昇する傾向が見られる。一定の年代以前に入社された方からすると、衝撃的な結果かと思うが、実際に大手企業の新入社員に話を聞くと「叱られた記憶がない、親戚の子どものように扱われている」(※6)といったような回答を多数聞くことができることは冒頭でも述べた通りである。
図表3 新入社員期に職場の上司・先輩から叱責される機会(一度もなかった割合)
また、職場環境への認識も好転している。図表4において、新入社員期の職場の状態への認識を整理した。概ね全ての項目においてポジティブな認識へ転換していることがわかる。特に、「休みがとりやすい」に対して「あてはまる」と回答した割合は38.0%(1999-2004年卒)から61.3%(2019-2021年卒)へと大きく向上している。また、「失敗が許される職場である」についても、同様に24.1%から41.7%へと向上し、ほか心理的安全性の高低を聞くような項目でも職場にポジティブな認識をする者が増加している。
図表4 新入社員期の職場の状態(あてはまる計)(※7)
薄れるリアリティショック
このように、仕事の負荷が低く柔軟な働き方が認められ、職場の風通しも良いと認識している新入社員が増えるなかで、これまで若年者の入職の際の大きなポイントとして注目されてきたリアリティショックが薄れている可能性がある。図表5では入社前後のギャップ、「リアリティショック」が起こるとされてきた各項目についてネガティブなギャップがあった(入社前に想像していたより悪かった)と回答した割合である。概ねの項目において、入社年を追うごとにネガティブなギャップがあった割合が低下しており、「想像通りだった」あるいは「想像より良かった」という回答者が多くなっていることがわかる。例えば、「仕事の達成感」については37.4%(1999-2004年卒)から28.1%(2019-2021年卒)へと縮減している。
入社前イメージとの(悪い)ギャップがリアリティショックを生んできたが、上述のような職場環境の変化によってリアリティショック自体は大きな問題ではなくなっている可能性がある。むしろ、ある種の“通過儀礼”として入社後に誰もが感じていたネガティブなギャップに遭遇する確率は低下している。
図表5 入社時にネガティブなギャップがあった人の割合(%)(※8)
リアリティショックが薄まることで、職場への評価も向上している。図表6に初職会社への評価点(10点満点)の状況を記載した。入社年を追うごとに肯定的になっている傾向が明らかである。2019-2021年卒では10点をつけた回答者が4.8%、6~9点をつけた回答者が43.8%と、合わせると6点以上が48.6%と半数近くに上っている。これは他の年代より高い。
図表6 初職企業の評価点(※9)(0~10点の評価)
良好な職場環境と「不安」
ここまでの結果を見れば現下の職場環境の変化は良いことだらけにも思える。そこで、リアリティショックなく入職し初職の企業評価も高まるなか、自らの今置かれた状況への認識はどうなっているか、検証する。実は、ストレス実感は減少しておらず、むしろ高まっている傾向も見られる(図表7)。例えば、「不安だ」とする回答者は2019-2021年卒では75.8%に上っており、これは働き方改革世代である2016-2018年卒と並んで高く、決して減少していないことがわかる。他の項目においても2016年卒以降の回答者でストレス実感が高い、という同様の傾向が見られる。
図表7 新入社員期のストレス実感(あてはまる計)(※10)(%)
この「不安」という要素について、現在の新入社員にさらに掘り下げた質問をした。職業生活について、回答者自身の認識を3項目で聴取した結果を図表8に示した。例えば、「自分は別の会社や部署で通用しなくなるのではないかと感じる」という質問に対して「そう思う」と回答した者の割合は、現在の新入社員の48.9%に及んだ。
実際に大手企業の新入社員へのインタビューにおいても、「すごく成長に時間がかかるなあと、会社の時間の流れがゆっくりしていると感じる」(※11)「社外で通用しなくなるのでは、と思っていた。マニアックな業界でもありその部署でキャリアが終わる人が多かった。部署全体で仲は良いので、正直居心地は良く、人間関係では全く困らなかったが、本音ではこのままではまずいと感じている」(※12)といった声が聞かれている。こうしたキャリアへの焦燥感は、仕事の負荷の低下や職場環境の改善によっては消失しておらず、むしろ強まっているようにすら感じられるのだ。
図表8 現在の職業生活における状況(そう思う計)
小括:「ゆるい職場」で若手がどう育つか
ここまで、大手企業の新入社員を取り巻く職場環境が変化している可能性を整理した。彼・彼女らの認識上は、現在の大手の職場環境について「比較的負荷が低く、職場環境もサポーティブで、想像を裏切られることも少なく、会社のことは好き」であるという相対的傾向が見られる。しかしながら、「ストレス実感は決して低くなく、自分は別の会社や部署では通用しなくなるのでは、などの“不安”を抱えている」という傾向も指摘できる。また、同時に、従業員数1000人以上の大手企業における早期離職率は近年、決して下がってはおらずむしろ上がっていたことにも留意する必要がある(※13)。
さて、なぜ新入社員が「ゆるい」と感じるのか、について負荷の低下などの
職場環境の構造的変化をデータで整理した。それに加えて、今回言及しなかったもう一つの重要な要素がある。それは、新入社員自身の変化である。次回は今まさに起こっているもう一つの変化、「新入社員の多様化」について検証していく。
(※1)2021年9月(20名)と2021年12月(6名)の二度に分けて実施。従業員数1000名以上企業の大学・大学院卒、正規雇用で初職として入職した1~3年目社員対象。
(※2)リクルートワークス研究所,2021,「大手企業新入社会人の就労状況定量調査」。インターネット調査にて、2021年11月15日~2021年11月22日実施。サンプルサイズ2680。対象:大学・大学院卒、就業年数3年未満、初職・現職が正規雇用者であり従業員数1000人以上の就業者(サンプルサイズ967)。対照群として就業年数4-6年、8-12年、18-23年を同様の条件で聴取している(サンプルサイズ1713)。性別ウェイトを用い男女比が正規社員の人口動態と合致するよう集計した。入職時の就労状況を比較する観点から、各対象について初職1年目の状況につき聴取している(回顧法による調査には当然限界があるが、研究上の必要性から、基準の明確化など設問設計に配慮の上実施している)
(※3)修羅場もない、叱責もない。「ゆるい職場」は新入社員を変えるか 図表参照
(※4)各項目をリッカート尺度(5件法)において聴取。頻度についての尺度とし、最頻値の項目には「(毎日のように感じた)」、もっとも頻度が低い項目には「(ほとんど感じなかった)」という注釈を付けて具体的に想起し回答できるようにした
(※5)上記項目について最尤法、バリマックス回転による因子分析により抽出した3因子のスコアを表示している。因子負荷量が高かったのは各因子について想定した質問項目の通りであった
(※6)携帯キャリア会社,2020年卒,女性
(※7)各項目について「あてはまる」~「あてはまらない」の5件法で聴取し、上位2項目(「あてはまる」「どちらかというとあてはまる」)の合計
(※8)各項目について「かなりポジティブ(期待やイメージよりもよく感じた)」「ややポジティブ」「イメージ通りだった」「ややネガティブ」「かなりネガティブ(期待やイメージよりも悪く感じた)」で聴取し、「ややネガティブ」「かなりネガティブ(期待やイメージよりも悪く感じた)」と回答した割合(合計)
(※9)「あなたは就職して1年目当時、その時に働いていた会社・組織に就職・転職することを、親しい友人や家族にどの程度すすめたいと思いましたか」質問への回答
(※10)各項目について、「入社前に想像していたより良かった」~「入社前に想像していたより悪かった」の5項目で聴取し、「入社前に想像していたより悪かった」「入社前に想像していたよりどちらかというと悪かった」を選択した回答者の割合
(※11)通信・IT,2020年卒,男性
(※12)総合商社,2020年卒,男性
(※13)詳しくは、「早期離職の『大企業ボーナス』が消える日」を参照。近年、大手企業のみが早期離職率が上昇するトレンドが見られていた(なお、直近の2020年卒については景況感急変の影響があり全企業規模で前年より減少した)