~「#大学生の日常調査」インタビュー分析②~ケースレポート《趣味・スポーツ系サークル編》
山重芳子
成城大学経済学部教授
キャリアセンター長
新型コロナウイルス感染症の拡大によって大きな影響を受けた「#大学生の日常」。新しい授業形態である遠隔授業についての議論は活発に行われているが、部活やサークルといった課外活動についてはあまり注目されてこなかったかもしれない。「#大学生の日常」の中で大きなウェイトを占める課外活動に関しては、キャンパスにも入れずに新歓活動が滞り、活動自体も大きな制約を受けている状態が今も続いている。
「#大学生の日常調査」定量分析①で示されていた通り、ビフォーコロナの「#大学生の日常」では、半数を超える人が学内のクラブ・サークルに所属しており、サークルコミュニティの存在感は大きい。このレポートでは、その中でも特に、趣味・スポーツ系サークルをトップコミュニティに選んだ人たちが語ってくれた「#大学生の日常」を紹介していきたい。
彼ら・彼女らは、サークル活動を通して築かれたつながりから、どのような「安心」「喜び」というベースギフト、「成長」「展望」というクエストギフトを受け取り、それらが生きていく上でのものの考え方やことへの対し方、つまりは姿勢や価値観=態度を形成したのだろうか。好事例・懸案事例それぞれを見ていくことにしよう。
大学時代の自己発見・自己変容と環境適応性の関係
今回取り上げる、サークルをトップコミュニティとして回答したインタビュイー(例えばgさん、lさん、qさん、rさん、sさん、tさん)は皆、所属したサークルから高いギフトを得ていたと回答している人たちだ。一方で、大学時代の自己発見・自己変容の度合い、そして、卒業後主体的な態度で仕事に取り組んでいるのかという環境適応性については、それぞればらつきがみられる。
サークルをトップコミュニティとしているグループでは、大学時代の自己発見・自己変容と環境適応性の関係に明確なパターンが見て取れる。つまり、大学時代の自己発見・自己変容の度合いと自己の未来を信頼し、変化を前向きに受け止め、当事者意識をもってことをやり遂げる、という主体的な態度を示す指標としての環境適応性の間に正の相関が示されているのだ。
サークル活動を通じて、大きな自己発見・自己変容を遂げた人は、その後高い環境適応性を示しているし、自己発見・自己変容が乏しい人は、低い環境適応性を示しているのである。図表①のHHゾーン、LLゾーンに集中していることが、その証左である。では、サークル活動の何がこの違いを生んだのか、インタビュー調査結果を紹介しながら考えてみたい。
図表①
HHゾーンのqさんの場合
現在、大手製造業で働くqさんが所属していたのは、都市や観光地でサービスを提供しているインカレのボランティア系サークル。決して饒舌なタイプではなく、自ら「人見知り」「話し下手」と評するqさんにとって、このサークルは「居心地が良かった」コミュニティであると同時に、自らが「話し下手」であることから、あえてこれまで付き合ったことのなかったタイプの人が所属し、様々な人と関わることができる場として選んだコミュニティだった。
ベース性だけでなく、ストレッチゴールを設定して所属コミュニティを選択しているのが印象的だった。実際、他大学のサークルメンバーとの交流に加えて、活動に使用していた軽車両の維持や走行のための渉外交渉、お客さんとの交流など異質な他者と頻繁に接し、クエスト性の高いギフトを得ていた。
現在は好きな車関連の企業で働き、社外の人と接する機会が多くある部署で、広い範囲の責任ある仕事を任せられるまでになり、仕事に手応えを感じている。一丸となって目標を目指すスタイルの製造業の職場は、闘争心が低いというqさんにとって力を発揮できる環境となっているようだ。
サークルの経験を通じて得た気づき、すなわち、「新しいアイデアを考えそれを実行することができる」こと、「自分の経験から考えてみないとアイデアは出てこない」ことが、現在の仕事の向き合い方の素地になっていると自身で認識している。自己発見・自己変容を自覚していることに加えて、それが環境適応性につながっていることもqさん自身が自覚していることが伺える。
大学時代は「そこまでバリバリではないし」と言いながら、週1回程度の活動をするこのサークル以外にも、フィールドワークを行うゼミやアルバイトに積極的に励み、大学時代のウェイト(大学生活が現在の生き方やものの考え方に与えている割合)は60〜70という。高校時代に打ち込んだ運動部も影響しているからこの数字なのだそうだ。「もう1個サークルに入っておけば良かった」と自分の大学生活を振り返っていた。
図表②
LLゾーンのlさんの場合
lさんも「とても充実していた」大学生活を送っていた。大規模大学に入学したため、友達や居場所を作ろうと1年次に参加したのが、比較的歴史の浅い趣味系サークルだった。話が合う仲間や共通の趣味(バイクと旅行)を持つ仲間に恵まれ、その仲間たちとの交流は現在も続いているほど。ベース性の高いコミュニティだった。
入学当初は資格取得を目指して勉強に取り組み、学生タイプ(~「#大学生の日常調査」インタビュー分析①~図表③参照)は自称Aタイプ(学業、クラブ・サークル活動、アルバイトなど多方面で積極的に活動しているタイプ)で、3年次には「消去法的に選ばれ」サークルの会長を務めることになる。初めてのリーダー経験にやりがいを感じ、気づきを得たものの、サークル会長としての役割を優先しゼミには所属せず、サークル活動一色に染まり、同じくゼミに所属しないサークルの仲間と一緒に次第にDタイプ(サークルなどに傾注し、学業へのコミットが低いタイプ)になっていったと自己分析している。
就職エージェントから紹介された就職先の中から給与・福利厚生の条件の良さで仕事を選び、IT保守エンジニアの仕事に就くも、営業ノルマの不条理さが嫌になり2年で退職する。その後は派遣やアルバイトをしているが「仕事や勉強とかよりも、世間体とかよりも、もう趣味が第一」と言い切っている。このような価値観が醸成されたサークル中心の大学時代のウェイトは非常に高く80〜90である。正社員にこだわる必要はないと感じていて、今後も趣味をさらに充実させたいと語っていた。
図表③
環境適応性を高めるサークル要因は何か
HHゾーンのqさんとLLゾーンのlさんの対照的な事例からは、まず、自己発見・自己変容の度合いと環境適応性への影響度の違いが浮かび上がってくる。自らストレッチゴールを設定してサークルに参加したqさんは、「成長」「展望」というクエストギフトを受け取り、多くの自己発見・自己変容の機会を得て、仕事をする上でのものの考え方や態度の形成をもたらし、社会人となった今、高い環境適応性を発揮して仕事に取り組んでいる。
他方、LLゾーンのlさんは、ありのままの自分でいられる「安心」「喜び」といったベースギフトが得られるサークルコミュニティに留まり続けている。卒業後も同じサークル仲間とつながっており、自己発見・自己変容はあまり見られない。共通の趣味を持つ仲間のみと交流し、異質な他者が不在で、同質的なメンバーで構成されるコミュニティとそこで共有される価値観に安住してしまっている。「成長」「展望」というクエストギフトを得る機会を逸していることには気づいていないのであろう。「当事者意識」「達成欲求」を欠いた、趣味第一というものの考え方や価値観がキャリアオーナーシップ不在の態度の形成、低い環境適応性につながったと言えるだろう。
環境適応性を高めるサークル活動はどのようなものなのだろうか。体育会部活(それに準じる文化系部活)と比べて時間的、規律的、組織的な拘束度合いがゆるいイメージのあるサークルであるが、サークルも千差万別である。lさんの趣味系サークル、rさんの〇〇大好きグループなど共通の趣味を持った友達グループの延長的なサークルもあれば、qさんやgさんのボランティア系サークルのように探求するゴールや目的を共有するサークルもある。後者の場合、拘束時間や活動量といった面からはゆるいコミュニティかもしれないが、目的を達成するための組織性や規律性がサークルに存在し、クエストギフトがもたらされ、環境適応性を高めている。サークル活動からもたらされるギフトの特性(ベースギフトとクエストギフト)、異質な他者の存在が重要な要因と言えるだろう。
ここまで、HHゾーンとLLゾーンを対比させながら、環境適応性を高めるサークル要因を見てきたが、自己発見・自己変容と環境適応性の関係をシンプルに描写しすぎたかもしれない。例えば、sさんとtさんは同じダンス系サークルに所属していたのだが、sさんは10数名規模のサークルを自ら立ち上げ、外部講師と密に関わり自己変容を遂げたのに対して、tさんは、大規模な50人強が所属するサークルで受動的な役割しか果たさず、ベースギフトのみを得て自己変容には至っていない。~「#大学生の日常調査」定量分析④~大学タイプによる「#大学生の日常」の違いでも指摘された「サークルと環境適応性の微妙な関係」を理解するためには、サークルと学びコミュニティの関係といった他の側面も考慮に入れなければならないだろう。「ゼミナール研究会」に並ぶ「サークル研究会」も必要だ。
次回は、ケースレポート《体育会編》をお届けする。