係長級以上のポストを公募に 一人ひとりの挑戦と成長を後押し:パナソニック インダストリー
パナソニック ホールディングス傘下で電子部品などの製造・販売を担うパナソニック インダストリー(以下PID)は、2022年11月から係長級以上の全ポストに公募制を導入した。従来の会社主導のキャリア形成から、社員が挑戦の機会を自ら選び、個々の能力を最大限解き放つことを通じて、それぞれのありたい姿に向けた成長を実現していく方向へと、人財戦略を転換した理由を聞いた。
◆栃谷 恵里子 氏
パナソニック インダストリー株式会社 人事戦略統括部 統括部長
◆冨永 篤史 氏
同 人事戦略統括部 人事労政部 人事企画課 主幹
個々の能力を最大限引き出し、社員と企業が共に成長
PIDは2022年4月、パナソニックの持ち株会社制移行に伴い、事業会社として独立した。独立に際し、社長は全社員に「経営の中心に人を据え、一人ひとりが主役の会社にする」と宣言した。同社は地方の製造拠点も含め、国内に34拠点、1万3000人の社員を擁する。
パナソニックという老舗企業の一員として、とりわけB2Bのデバイス事業を担当しているがゆえに、高品質な商品で、顧客の要望に真摯に対応することが求められ、どちらかといえば仕事を堅実に、そして地道にやり遂げる力が尊ばれる風土があった。
「そのことは私たちの強みである一方で、社員たちは真面目さのあまりさまざまな制約に囚われ、能力を発揮しきれていない面がありました」と、栃谷氏は振り返る。
「PID設立を機に、社員が挑戦する企業文化をつくり、能力を最大限発揮してもらうことで、人も企業も成長することを目指したのです」
このため人事戦略も、どちらかといえば平等性の担保を重視していた従来の手法から、個々の社員の能力を最大限解き放つ方向へと舵を切った。
2022年10月、リモートワークを活用し、働く場所を柔軟に選択できる「フリーオフィス制度」を導入。働きやすい職場環境を整えると同時に、社員の自律的な働き方を促した。単身赴任の解消や、パートナーが転勤したがこの制度のおかげで働き続けられた、実家の介護が始まったが継続雇用が叶った、といった事例も出始めている。
また能力を引き出すには、いつでもどこでも誰でも学べる場をつくるべきだとして「マナビバevery」というオンラインのプラットフォームを設けた。従来は予算との兼ね合い上、幹部候補など一部の対象者に重点的に研修投資がなされ、研修を受けたくとも受けられない状況もあったが、このプラットフォームを通じて社員が希望するコンテンツを自己発意で受講できるようになった。これまでに延べ1万人が受講したという。
栃谷氏は「受講希望者が予想を大幅に上回り、驚いています。一方で、これまでは成長したいという社員の意欲を十分に汲み取れていなかったのだと反省もしています」と話した。
全応募者にフィードバック 人財育成の姿勢を打ち出す
PIDの人事異動には主に、社内公募と、本人の同意を基本とした会社推薦異動がある。公募は通年で実施されており、主務職(係長級)・基幹職(課長級以上)のポジションすべてが公募の対象であり、現職の担当期間が1年以上であれば誰でも応募が可能だ(一部、研修が必要な場合がある)。公募開始4カ月で、既に約800人が応募した。
同社は公募の前提として、まずは課長以上約1200のポストに「役割・人財要件定義」を策定し、全社員に公開した。役割・人財要件定義は人財戦略の基軸と位置づけられ、社員のキャリア選択の判断基準の一つとなっている。社員が要件定義に見合ったスキルを身につけることで「その道のプロ」を育成する狙いもある。
パナソニック創業者の松下幸之助は、社員一人ひとりが自分をその仕事の「社長」だと考え、自分ごととして改善や工夫に取り組もうという意味の「社員稼業」という言葉を残した。「社員にはその道のプロとして、自らが挑戦の場を選び、その役割を果たしてもらいたい。それは『社員稼業』という経営理念の実現にも繋がると考えています」と、栃谷氏は言う。
公募に当たっては毎週、募集ポストを掲載した一覧シートが公開され、応募者は規定のフォームに職歴や自己PRを記入してエントリーする。書類選考はなく、該当部署の責任者との面談によって採否が決まる。さらに、結果通知後に採否にかかわらず応募者全員と面談し、フィードバックを行っていることも同社の特徴だ。
「現場からは、要件が不足している応募者は事前に候補から除くべく書類選考を入れてほしいという声もありました。しかし、挑戦そのものを称え、挑戦した社員の不足しているポイントを明確に伝えることで次の挑戦に繋げてほしいという考えのもと、全員と面談することとしています」(冨永氏)
該当部署にとって、面談やフィードバックに割かれる時間や手間は大きいが「会社全体で人財を育成するという観点から、不採用者にも改善点やそのための方策などを伝えることで成長を後押ししようとしています」(栃谷氏)。
昇格選考を廃止し、
ジェンダーギャップの解消や年齢を問わず誰でも挑戦できる体制づくりを
公募では「マナビバevery」上で必要な研修を受講するなどの要件を満たせば、一般職から係長級へ、係長級から課長級へといった昇格を目指すことも随時可能だ。ただ役職を持たない一般社員が、係長級を飛び越えて課長級に応募する「飛び級」は現時点では認めていない。
公募導入以前、昇格希望者は上司の指名を受けた上で半年間、研修とOJTを通じて、選考をクリアする必要があった。これは通常の業務に加えたものであり、かなりの負荷となり、このためワーキングマザーなど働き方に制約のある人たちは、選考を受けること自体難しい場合もあった。同社は公募制導入に当たり、この昇格選考を廃止した。人財のジェンダーギャップを解消し、年齢を問わず若手、シニアにかかわらず挑戦しやすくすることが目的だ。
「従来の昇格選考は人財育成に大きな役割を果たしており、廃止すべきでないとの反対意見もありました。しかしこれまで半年に凝縮していた選考に代わって、本人が計画的に研修を受講し、業務遂行を通じて、昇格に見合うかどうか見極めていけばいい、と価値観を転換したのです」と、栃谷氏は語る。
公募によって昇格基準が緩くなったわけではなく、むしろポストの要件定義に見合う能力を備えているか、という別のシビアな条件が課される。これまでは部内選考さえクリアすれば高い確率で昇格できたが、今後は他部署の競争相手と伍していく厳しさもある。
また、自らのありたいキャリア形成の中で、異なる職種への挑戦など、等級が下がるポストへ応募することも可能という。ただし、現時点では、基幹職から主務職へ、主務職から一般社員へという職位を超えたものはないという。
公募の異動者は貴重な人財 運用には課題も
公募制度がスタートしてから、人事部門にも従来のメンバーとは異なるスキルや経験を持つ人財が異動してきた。特に技術畑の出身者は、事務方には伝えづらい技術面の強み、仕事の面白さなどを発信できる貴重な人財となっている。高い意欲を持って仕事に取り組む彼らの姿が、同僚たちにも良い刺激を与えているという。
一方で、応募者がいないポストにどう対応するかといった、課題も浮上している。空きが続くポストは、最終的には会社推薦オファーの異動で補充する仕組みだが、「該当部署が自分たちの職場で働くことの魅力を発信することが重要であり、人事はそれをサポートする必要性があります」(栃谷氏)。
また選考は各事業部が主導しているが、現時点では事業部内の人事担当者であるHRBPも面談に同席している。「スキルのレベル感が他の職場と乖離していないか、応募者がそのポストで将来的にキャリアを積めるか、といった視点を取り入れる」(冨永氏)ためだ。
人事部門としては将来的に、現場に選考を委ねる方針だ。そのためには現場の担当者にも、組織を俯瞰する力やフィードバックの力を高めてもらう必要がある。同時にHRBPの役割も、採用や能力開発、組織開発といった人事の各領域の「プロ」へとシフトさせることを目指すという。
会社主導の異動で計画的育成を担保
役職のない一般社員に対しては、本人の同意に基づく会社オファーの会社推薦異動を実施している。若手についてはある程度、会社側で計画的に育成する余地を残すためだ。さらに幹部候補としての育成のため修羅場経験を与える場合などは、担当役員の判断でオファーするケースもある。公募ポストに応募者がいなかった場合や、新しいプロジェクトの立ち上げなどで事前に人の配置が必要な場合も、会社オファーで人を手配する。どのようなオファーであれ本人のキャリア形成にどう繋がるのか各人としっかりと対話し、本人の同意を得ることが前提となる。
同意をベースにした場合、要件定義を満たせていない人が現職に留まったり、今の仕事に固執し異動を拒否し続けたりするケースも想定される。こうしたケースもコミュニケーションによって改善を促し、それでも難しければ、説明を通じて本人の納得感を得ながら配置転換を目指すことも検討している。
同社は会社主導から個人主導へと、異動のシフトを進めている。現場の管理職などからは「個人にキャリア形成を任せるなら、上司が人財を育成する必要はないのでは」との声も上がったという。しかし栃谷氏は「組織として社員のキャリア形成にかかわることは引き続き重要」だと強調した。
「上司は、日常的な面談などを通じて部下と信頼関係を築いた上で、主体的な学びを促し、キャリアに伴走する必要があります。こうした取り組みを通じてこそ、個人と組織が選び選ばれる良い関係もつくられるのです」
聞き手:千野翔平
執筆:有馬知子