リモートワーク、5年間の試行錯誤を経て 「個人最適」から「チーム最適」への転換

2021年11月08日

リコー 人事サポート室 働き方変革・D&I推進グループ
グループリーダー 斎藤 夕紀子氏 
鶴井 直之氏

リモートワークに対応しにくいといわれる製造業のなかでも、2016年と比較的早くから制度の導入を進めてきたのが、リコーだ。その後、新しいトップが就任し流れが加速していたところ、コロナ禍が襲った。現在、同社ではどのように「集まること」を運用しているのか、働き方変革をリードする人事の2人に伺った。

2017年から「働き方変革」に取り組む

―― コロナ禍をきっかけに、御社の働き方はどのように変化してきたのでしょうか。

斎藤 そもそも当社は2016年4月に在宅勤務制度をスタートさせています。育児や介護といった事情で出社がままならない社員を想定した制度で、当時はそうした社員が主に利用していました。2018年4月、リモートワーク制度に名称が代わり、特別な理由がなくても、リモートで仕事の効率化を図りたい場合は出社せず、自宅や社内外サテライトオフィスでも仕事ができるようにしました。ただし、週3回、月10日までで、上司の承認も必要でした。リモートワークをするにはセルフマネジメントが必須ということで、入社1年以上の社員が対象でした。

鶴井 2017年4月に社長に就任した山下良則が、「働き方変革」を重要経営課題4テーマの一つに位置付け、社長直轄の「働き方変革プロジェクト」を立ち上げました。当時、日本企業は政府の旗振りによる働き方改革に取り組み始める真っ最中でした。そのなかで、残業時間の削減を目的として取り組む企業が多いなか、当社が主眼においたのは、ワークライフマネジメントです。社員一人ひとりが働きがいを感じながら仕事に向かい、一方でプライベートも充実している、という状態を目指しました。リモートワーク制度はその一環でした。
そこにコロナ禍が襲い、2020年3月には在宅でのリモートワーク勤務を原則としました。出社厳禁というわけではなく、職種や部署によって、出社とリモートを自律的に組み合わせて働いてください、ということです。

オリンピック時の「全社一斉リモート」の準備が生きた

―― 在宅勤務制度からリモートワーク制度への切り替えにあたり、どんな困難があり、それをどのように解決していったのでしょうか。

鶴井 実は2019年6月、翌年7月から8月にかけての東京オリンピックの期間中、約2週間、首都圏交通混雑緩和に協力するため、本社を閉め、約2000名の社員が一斉にリモートワークに取り組むことを決めていました。そのためのプロジェクトも立ち上がり、IT環境を整える一方、「一斉リモートワーク日」「本社クローズ検証日」といったトライアルを行い、課題の洗い出しや対応策の検討を行いました。

斎藤 本社には、経理のように紙ベースのプロセスが残っていたり、現金や手形など現物を扱っていてリモートワークに馴染まない部署もありました。プロジェクトメンバーが手分けして、各部署の担当者と「これはできる」「これはできない」という仕事の洗い出しを数カ月ほどかけて行いました。結局はオリンピックが今年に持ち越され、コロナ禍にも見舞われたわけですが、蓋をあけてみれば、この準備が生きたんです。リモートワーク推進に不可欠な、仕事のプロセス改革につながるきっかけが作れたと思っています。

トップのコミットメント、現場の協力者の存在が大きい

―― 実行されなかったにせよ、約2週間の本社クローズの準備はできていたと。すごいことだと思うのですが、うまくいったポイントはどこにあるのでしょうか。

鶴井
 この話だけではないと思いますが、ポイントは2つあります。
一つはトップのコミットメントがあることです。先ほども言いましたが、リコーの働き方変革はトップ自らが主導しています。社長の山下は、最近でも週2、3日はリモートワークを実践していますから、やりやすさがある。

山下社長自らが積極的にリモートワークに取り組む山下社長自らが積極的にリモートワークに取り組む

もう一つは、リモートワークの実践に関し、さまざまな工夫を自主的にやってくれる部署や社員がいること。全社の変革を進める側の私たちが具体的な方法を決め、手取り足取り、指導しても、そのとおりに現場が動いてくれるとは限りません。そうした部署や社員のおかげで、働き方変革が進んでいると感じます。

―― その後、コロナ禍の状況が悪化し、リモートワーク主体になったと。社員の意識や行動に何か変化はありますか。

鶴井
 会議のセットがしやすくなったという声を聞きます。各自のスケジューラーがオープンになっていますので、本人にいちいち確認せずとも、空いている時間にセットするのが当たり前になりました。会議室の設定も不要になり、さらには人数制限も緩くなり、大人数の会議でも容易にセットできるようになりました。
一方で懸念もあります。ものづくり系、特に設計開発の部署から、仕事のスピードや質の担保という点では、現物をお互い手に取りながらやり取りできる対面のほうがいい、という声が上がっています。

斎藤 メールよりチャットの使用が明らかに増えましたが、当初は使い方に慣れていない社員が多かったのです。「これからチャットを送ってもいいですか」というメッセージをチャットやメールで送ったり、メンション(メッセージを読んでほしい相手を指定すること)に「さん」をつけてしまったり。どちらもなくてもよいのですが、皆、なじみがなくもやもやしていてよくわかっていない。昨年は2回、そうしたチャット・マナーをクイズ形式で学んでもらうコンテンツをつくり、全社に周知しました。

円滑なコミュニケーションのため、チャットや通話、ビデオ会議など、メール以外の手段も活用することを社内に呼びかけた円滑なコミュニケーションのため、チャットや通話、ビデオ会議など、メール以外の手段も活用することを社内に呼びかけた

関係構築を図るのはやはり対面のほうがいい

―― リモートが主流になると、対面で集まることの意味が改めて問われることになります。

鶴井
 そうですね。互いによく知っている社員同士の場合、会議をリモートでやっても特に問題はないですが、中途も含めた新入社員や、他部署からの異動者といった、関係構築がこれから必要な社員の場合、どうしても壁ができてしまう。管理職からそういう話をよく聞きます。
あとはリモートでの会議が苦手な社員はやはり一定数います。対面の場合、本人が発言しなくても、その表情や動作、たたずまいなどから、「理解しているようだから大丈夫だ」となるのに、画面越しだとその確認が難しい。本人も、会議には出ているのだけれども、参加しているという実感が湧かない。そんなケースも生じているのでしょう。
新入社員に対しては、育成担当を部内で決め、席を隣同士にして日々の相談に乗るという活動を実施している部署がありましたが、これができなくなりました。特に、入社したての新卒の場合、上司や先輩から与えられた仕事をこなすのが基本になります。それを、リモートで毎朝指示するのが大変だ、という声も聞きます。

―― そうした問題をうまく乗り越える施策はあるのでしょうか。

鶴井 全社施策はこれからですね。現物が重要という仕事の性格上、出社率がほかより高くなっている研究開発部署では、職場に早く慣れさせようと、新入社員にあわせてほかのメンバーの出社日を決め、新入社員を一人ぼっちにさせないように工夫しているところもあります。
一方で、リモート主体になったことでよかったこともあります。その研究開発部署では新入社員全員が入社後の半年間、あるテーマで仕事に取り組み、最後にその成果を発表するのです。この発表がオンラインに移行したことで聴衆の枠が増え、多くの人が参加できるようになりました。

会議の数が増え、集中して仕事する時間が減った

―― リアルとリモートとで、情報の量や質に違いは生じているのでしょうか。

斎藤 それは個人差があるのではないでしょうか。「ホワイトボードに皆が書き込み、指差しながら議論したほうがいい」という社員もいれば、「自分の考えをまとめた紙を画面共有しながら各自が話すのがいい」という社員もいますから。

鶴井 昨年、社員へのアンケート調査を実施したところ、「リモートワーク中心の働き方になって、以前より生産性が上がった」と答えた社員が結構いたんです。一方で、「仕事に集中できる時間が減った」と答えた割合も多かった。矛盾した回答ですが、リモートだと会議が設定しやすく、そのために会議の数が増えてしまった結果、集中して仕事に取り組む時間が減ってしまったということではないかと考えています。自分の意識と現状のギャップが現れていました。

斎藤 リモートだと、アイデアを出し合うブレーンストーミングや、グループワークや意見交換をするワークショップは実施しづらいとよく言われます。ところが、各社員のスケジューラーに記載されているリモート会議の名前で集計したところ、以前よりブレーンストーミングが増え、ワークショップも減っていませんでした。それらは確かにやりづらい。でも、やらないわけにはいかないから、リモートでもやってしまおうと思うようになったのではないかと。

―― 今後の「集まる場」をどのように設計していけばよいか、お考えをお聞かせください。

鶴井
 コロナ禍ということもあり、リモートワークが定着してきましたが、オフィスに出社して対面でやったほうがいい仕事は必ずあるんです。でも、毎週の特定曜日が出社日と全社で決めてしまうと、その曜日はオフィスが人で溢れかえってしまうことになる。一方、チームのメンバーが10人で、ある日は6人が出社し、4人が在宅だとすると、コミュニケーションがとりづらくなってしまう。出社日をどう設定するべきか、悩みどころです。

斎藤 コロナ禍が一番の原因ですが、私たちもリモートワークがここまで浸透するとは思ってもいませんでした。
リモートワークはPCとネット環境さえあればどこでも可能で、そういう意味では「個人最適」な働き方です。一方で、リモートワークを経験することで、対面とリモートそれぞれのよさにも気がつきました。これからは、「チーム最適」な働き方をそれぞれのチームで考えていかなければならない。そうしたメッセージをこのたび発信し、チーム力をより高めるための取り組みを各組織で考え、推進することとしました。

リコー 人事サポート室 働き方変革・D&I推進グループ

グループリーダー
斎藤 夕紀子氏斎藤 夕紀子氏

1985年(株)リコーに入社。海外向け商品マーケティング、サービス事業推進などを担当し、ヨーロッパにも駐在。2019年より自ら希望し、全社プロジェクトの働き方変革を担当。


鶴井 直之氏鶴井 直之氏

1987年(株)リコーに入社。国内販売部門での営業・マーケティング、全社事業戦略策定などを担当。所属部門でのワークスタイル変革活動に従事した後、2017年に発足した働き方変革プロジェクトに参画。


インタビュアー:辰巳哲子
TEXT:荻野進介

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