仕事をする場から経験する場へ オフィスのあり方を再定義する
富士通
総務本部 ワークスタイル戦略室室長
赤松光哉氏
働き方改革全盛のこの時代、2020年7月から富士通が、オンの働き方だけではなく、オフの私生活をも視野に入れたユニークな改革に取り組んでいる。名付けて、「Work Life Shift」。その大前提として、「社員を信頼し、自律性を尊重する」というマネジメント方針も改めて確認したという。プロジェクトを推進するワークスタイル戦略室室長の赤松氏に現状と今後を伺った。
社員を信頼することにより、エンゲージメントが向上
―― 御社は2020年7月、「Work Life Shift(ワークライフシフト)」という改革をスタートさせています。まずはその概要を教えてください。
コロナ禍を経て、テレワークが急速に普及し、自宅で仕事をすることが多くなりました。仕事と生活の距離がこれまでよりはるかに近くなったわけです。そうしたなか、仕事と生活の双方をうまくシフトさせ、社員のウェル・ビーイング(幸福)の向上を図る必要があると考えたのです。
ベースとなる考え方は2つです。1つは、働く基本をテレワークとすること。それによって、時間や場所にとらわれない効率的な働き方を追求します。もう1つは、社員を信頼し、各自の自律性を尊重するということです。
世間では前者を指し、「あの富士通が変わった」と見る向きが多いようですが、個人的には、後者のほうが、ドラスティックな転換だと思っています。
というのも、富士通のような歴史の古い日本の大企業は、人事制度や社内の仕組みが、「社員をさぼらせず、ルールをいかに守らせるか」という観点で作られていることが多かったからです。それを今回の変革では、社員一人ひとりを信頼し、その自律性を尊重する。つまり一人の大人として扱うことを重視しました。
企業が社員を信頼し自律性を重視すると、おのずと社員も企業を信頼してくれるようになります。この結果、社員のエンゲージメントが強まったと感じています。
―― 社員の働き方の自由度を高めるとエンゲージメントが低下してしまう問題が発生しがちですが、そうではなく、逆の現象が起きつつあると。
おっしゃるとおりです。実際のところ、Work Life Shiftは以下の3つの変革で構成されています。Smart Workingという働き方の変革、Borderless Officeという働く場所の変革、Culture Changeという働く意識の変革です。
すべてをお話しする時間がありませんので、最も特徴的なBorderless Officeに特化しますと、今までのオフィスの機能をハブオフィス、サテライトオフィス、そしてシェアード・オフィスおよび自宅、の3つに分散させました。
まずハブオフィスですが、これまで7~9割のスペースを使っていたソロワーク(一人仕事)のためのエリアを3割程度に減らし、逆にこれまで1~3割程度だったチームワークのためのエリアを倍以上に増やしています。
つまり、これまではオフィスで従事していたソロワークは基本、自宅で行ってもらう。個々の事情でできない社員向けにはシェアード・オフィスを用意しています。その数は全国で1300拠点ほどあります。ネットワークやセキュリティといった面に不安がある場合は全国22カ所の各事業所内に用意したサテライトオフィスを活用してもらいます。
フレキシブルな働き方が定着
―― オフィスというハードの変更も含むドラスティックな改革ですね。1年あまりが経ちましたが、どんな成果が生まれたのでしょうか。
富士通はかなり前からフレックスタイム制度を導入していたのですが、在社が必須となるコアタイムにしばられ、すべての社員が有効に活用できているとはいえない状態でした。これを改め、原則、全社員にコアタイムなしのスーパーフレックス制度を導入しました。現状、9割以上の社員が同制度を利用しています。
また、実際の勤務の状況を見てみると、1人あたりの通勤時間が毎月30時間程度減少しているという調査結果が出ました。
一方で各自の労働時間は、1年前と比べてほぼ変わっていません。通勤時間が減少し、労働時間が変わっていないということは、減少した通勤時間は仕事ではなく、生活の充実に充てられていると捉えることもできます。そのあたりは今後詳細な分析を行う予定です。
我々が大きな変化として認識していることの1つに、「仕事を中断」する制度の活用が増えたことがあります。所用のために仕事を一時中断し、その後再開するという制度があるのですが、これまではあまり活用されていませんでした。
ところがこの1年で、利用率が7倍以上になったのです。夕方4時に仕事を中断し保育園に子どもを迎えに行って自宅に戻り、家事や寝かしつけをした後、8時くらいに再開し、9時くらいにあがる。各自のライフに即した、こういうフレキシブルな働き方が定着しつつあると感じています。
同じライフの充実という意味では遠隔地勤務も推奨しています。この1年間で800名が新たに遠隔地勤務を始めています。そのうち600名は単身赴任を解消しています。この数字は全単身赴任者の25%にあたります。
テレワークの状況については、出社率が全社平均で15~16%、営業やSEに限ると7~8%といったところです。サテライトオフィスは対象者6万名に対し、10人に1人、約6000名が実際の利用者で、月に2万回程度使われています。
対面とオンラインのハイブリッドワークを目指す
―― まずまずの成果だと思いますが。
いや、まだこれからです。新型コロナの感染状況も大分落ち着いてきましたので、この10月、軌道修正も含め、次の目標となるWork Life Shift 2.0を社内外に発表しました。
主要なメッセージとして、基盤がテレワークというのは不変ですが、対面のよさも勘案したうえで、両者のハイブリッドワークを目指すことにしました。
当然、オフィスの意味合いも変わります。我々が出した答えは、これからのオフィスは仕事を遂行するためのワーク・プレイスではなく、社員にそこでしかできない体験を提供するエクスペリエンス・プレイスにしていく、ということです。
具体的には、これまで専用の施設や個別の部屋で実施されていた新人研修や入社式、経営陣との対話の場であるタウンホール・ミーティングを、社員が働いているオフィスのなかで実施します。さらに、自社や他社の最新のテクノロジーやソリューションをオフィスのなかで体験してもらう。また、これまで社員専用としていたサテライトオフィスの一部を、セキュリティを担保したうえで、社外のパートナーに開放し、社員が社内外のさまざまな人たちとコミュニケーションできる場として活用します。
加えて、出社している社員に偶発的コミュニケーションを促すアプリも開発・提供しています。そのアプリを各自がスマホにインストールしておくと、出社時に、ほかの社員の顔が画面にレコメンドされます。趣味が同じだったり、以前、同じプロジェクトを担当した仲間であったり、といった何かの共通点を持つ人たちで、「今日出社しているこの人たちとつながってみませんか」というメッセージが出て、そのアプリ上でチャットや電話ができるようになっています。
トップという大きな存在
―― それはとても面白いアプリですね。ところで、御社の社員は対面とオンラインをどのように使い分けているのでしょうか。
ほとんどの打ち合わせはオンラインで事足りていますが、アイデア出しなどの場合は対面で集まっています。新しい組織やチームが立ち上がる場合も、チームビルディングを目的とし最初の1、2回はリアルで顔合わせをしているようです。
―― コロナ禍が一段落し、対面でのコミュニケーションを増やそうとすると、社員の反応が悪く、管理職が苦労するという話をよく聞きます。
富士通もそうなるかもしれません。特に若手の場合、毎日の出社が必須だった以前には戻りたくないと。でも、週1、2日といったペースでの出社を渋る社員はほとんどいません。毎日顔を合わせていると些細なことで衝突が起こることもありましたが、そういったことも少なくなったという声も聞かれます。たまにしか会わないからこそ円滑にチームマネジメントができるという面もあると思います。何事も適度な距離感が重要です。
この先、5G(第5世代移動通信システム)への移行などをきっかけに、デジタル環境の整備がより一層進むと、コミュニケーションにおけるリアルとオンラインの差は今まで以上になくなっていくのではないかと思っています。
「未来の会議の姿を絵に描いてください」というお題が示されたら、会議室で5、6人が机を囲んでいる姿を描く人は少数派で、大きなモニターにたくさんの顔が映っていたり、出席者のホログラム映像が互いに話をしたりしているような場面を描く人が多いのではないでしょうか。多くの人々がそういうイメージを持っている以上、現実もそうなるはずだと私は思います。そういう世界で働く世代は、コミュニケーションに関する価値観も変わっているかもしれません。
―― 仕事と私生活を含めた改革であるWork Life Shift、社員の自律性を重んじて信頼するいうマネジメント方針の転換と、極めて大きな変化だと思います。何がきっかけだったのでしょうか。
2019年6月に新しく社長になった時田隆仁の存在が大きい。我々が主力業務としている受注型システム開発の市場の縮小が予想されるなか、ここで変われなければ、富士通は生き残れないという危機感を持っています。そのためには個人の自律性を高め、新規事業やイノベーションを次々に起こしていくしかない。管理職を対象にしたジョブ型人事制度を導入したもその一環です。
トップのコミットメントがあると変革は進めやすい。テレワークを強化するとなったとき、時田は1カ月半、率先してテレワークを実施し、会社にほとんど出社しませんでした。
情報収集に新人育成、アイデア出し……社内SNSの豊かな可能性
―― とはいっても、トップが「変われ」と号令をかけるだけでは組織は動きません。
そうですね。私たちも、社員一人ひとりが「自分たちで変えられるんだ」という実感を持ってもらうことが重要だと考え、2020年10月からWork Life Shiftとは別に、全社のDX(デジタルトランスフォーメーション)を進める「フジトラ」という活動を始めています。ほぼ全社員が参加し、大小含め、さまざまな変革に取り組んでいます。
その1つとして取り組んでいるのが社内SNSの徹底活用です。社員とのコミュニケーション手段にメールではなくSNSを使う。双方向でいろいろな意見をやり取りし、意味ある提案に対しては、クイックに反応し、既存の仕組みを修正、あるいは新しくしていく。
社内SNS自体は以前より活用していましたが、当初は一部の社員が雑談に使っている感じでした。現在は全世界で7割ほどの社員が利用する重要なプラットフォームになっています。
そのきっかけを作ったのも時田でした。社内SNSなんて仕事と関係ないお遊びという雰囲気を否定したのです。「SNSの活用も重要な仕事である。使いこなせないような社員は取り残されるだけだ」と。この発言で一気に空気が変わりました。
重宝するのは社内の情報収集です。会社の規模が大きくなると社外の情報より社内の情報を探すことが難しいというケースも多いのですが、SNSに書き込むと、あっという間に答えを得られることが多い。
また、他部署とのコミュニケーションを活性化させる役割も担っています。SNSを通じて私の担当業務を知ったり、ほかのコミュニティで私を紹介されたりして、面識のない社員からさまざまな相談事が舞い込んだりするようになりました。
新人育成にもいい影響があります。仕事でわからないことがあっても、SNSでつぶやくと、世話好きな多数の先輩が回答してくれる。入社4~5年目の若手より、SNSを使い倒している今年の新人のほうが、知識や社内人脈が豊富と感じてしまうことも稀ではありません。
アイデア出しは対面のほうがいいと先ほど言いましたが、SNSでは別の形のアイディエーションが行われています。夜誰かが何らかのアイデアを投稿し、翌朝誰かがそれを読み、改善提案を書き込む。そうやって議論がどんどん深まっていく。会議や打ち合わせといえば、オンラインであれ、対面であれ、決められたメンバーが同じ時間を共有することがこれまでの大前提でしたが、SNSの隆盛を目の当たりにすると、今後は同時性がそれほど重視されなくなるのではないか、と思っています。
―― 組織風土も大分変わってきたのではないでしょうか。
はい。社内のコミュニケーションにおいて、ピラミッド型の情報伝達が、ずいぶんフラットになりました。もちろん節度ある上下関係は必要ですが、上下間・組織間の壁は、その高さが低くなったと感じています。
ただ、申し上げたとおり、改革はまだ2年目です。本当にこの内容、この方向でよかったのかという答え合わせはこれからです。そのタイミングで、どのような方法で検証するのかを考えるのが、私に課せられた次の課題です。
富士通
総務本部 ワークスタイル戦略室室長
赤松光哉氏
2001年富士通株式会社に入社後、立地戦略、ワークプレイス構築、工場再開発など、CRE業務に従事。
ワークプレイス構築においては、インハウスのファシリティマネージャーとして国内外の数多くの大型案件を担当し、最近ではリッジラインズ本社、富士通の最新オフィスFujitsu Kawasaki Towerの構築を担当。
2021年4月にWork Life Shiftを社内外で推進するワークスタイル戦略室室長に就任。
インタビュアー:山下正太郎 (コクヨ ワークスタイル研究所)
TEXT:荻野進介