「労働供給制約社会」がやってくる
リクルートワークス研究所が2022年度に取り組む「Works未来予測20XX」研究では、近未来の日本の労働社会における最大の課題を「労働供給制約」とした。そう考えた理由と背景をここで述べておこう。
労働供給制約は2つのファクターによって成立する。第一に労働供給の減少であり、第二に労働供給の減少幅と比較して労働需要の減少幅が小さく緩やかであることだ。単に労働の供給量が減るだけでは供給制約問題は生じない。労働の消費量も減ればよいのだ。
労働供給が減り、労働需要は減らないという、労働供給制約が生じる条件にピタリと合致する社会現象がある。少子高齢化である。
社会の高齢化は著しい労働の需給ギャップ、需要過剰をもたらすと考えられる。人は何歳になっても労働力を消費するが、加齢とともに徐々に労働力の提供者ではなくなっていくためである。この単純な事実が、世界で最も早いスピードで高齢化が進む日本の、今後に向けた大きな課題である。つまり、高齢人口比率が高まるということは、社会において必要な労働力の需要と供給のバランスが崩れ、慢性的な労働供給不足に直面するということだ。これを『労働供給制約社会』と呼ぶことにしよう。
増え続ける高齢人口、減り続ける現役人口
統計から見ていこう。図表1(※1)に15~65歳の人口、いわゆる生産年齢人口と、65歳以上の人口、それぞれの5年前との増減幅を示した。
この結果は明確に、「現役世代のみがどんどん減少し、高齢人口はほとんど減らず増え続ける」ことを示唆している。就労形態や働き方が多様化する時代にあるが、15~65歳は今も昔も社会の主な働き手であり、生産年齢人口における就業率は78.4%である(2020年(※2))。この世代の人口が5年単位で数百万人ずつ減っていくのだ。そしてその減少スピードは2040年に向けてどんどん大きくなっている。
他方で、65歳以上の高齢人口は微増傾向が続くということは、生活に関係する労働の需要自体は増え続けることを意味する。ご存知のとおり、日本では2008年をピークに総人口の減少が始まっているが、2020年を基準とすると総人口の減少と生産年齢人口の減少がほとんど同じ規模であることがわかる(図表2)。2040年では2020年と比べて、総人口が1523万人減るなかで、生産年齢人口は1428万人減る。実に減少幅の94%である。
これから日本社会が直面する人口減はすなわち、現役世代人口の減少によるものである。
図表1:生産年齢(15~65歳)人口、および65歳以上人口の増減(万人)(各年5年前との比較)
図表2:2020年からの総人口及び生産年齢人口の減少幅
働き手に対する社会の需要を満たせるか
結果として、日本社会の年齢構成は大きく変わろうとしている。2020年に58.7%だった現役世代人口比率は、2035年には56.4%、2040年には53.9%まで低下する。他方で、65歳以上人口比率は2020年の28.7%から、2035年に32.8%、2040年には35.3%となる(図表3)。日本における高齢者の労働参加率は伸長しており、70歳男性でも45.7%と約半数が働くようになった(※3)。65歳以上全体でも就業率は25.1%(※4)と国際的に極めて高い水準にある。しかし、当然のことだが、年齢層が上がるごとに就業率は低下せざるを得ず、現役世代の8割近い就業率と同水準を70歳、75歳の方々に求めることは不可能であろう。就業していても現役時代と違ってフルタイムで働くことは難しい、といった方も多い。加齢とともに労働の供給者側から消費者側へと徐々にシフトしていく。そんな「労働の消費者の割合」が歴史上最も多い社会を、私たちは迎えようとしている。
図表3:人口全体に占める割合
また、「高齢者1人あたりの現役人口」の推移を図表4に示した。社会保障の文脈(年金制度など)でよく出てくる数値だが、ここでは「労働の需要と供給」に注目すべく、生産年齢人口のうちの就業者を分子とした(※5)。2010年に1.96人、約2人で1人の高齢者の労働需要を賄っていたものが、2035年には1.35人に1人、2040年には1.2人に1人で賄わなくてはならないのだ。高齢者が現役世代の労働力に頼らずに生活したり、機械の力を使ったり、様々な人の力を活かす社会へと構造的に変わらねば、経済成長どころか、“生活”が成立しそうにないのだ。
図表4:生産年齢人口における就業者/65歳以上人口(人)
需給バランスが崩れる2040年に向けて
こうしたデータからは、「Works未来予測20XX」研究において、2030~2040年に焦点を当てる狙いも浮かび上がってくる。2040年に向けて現役世代の減少のスピードが加速し、労働需給のバランスが大きく変化することが想定されるためだ。今後2040年に向けた日本社会においては、これまでの労働・働き方・人材活用に関する通念そのままでは立ち行かない状況が現出するだろう。
私たちはみな、他者の労働を消費している。そのことを、「共生」と呼んだり、「互酬」と言ったり、「人はみな生かされている」と感じてみたりする。このことは有史以来、我々人間が様々なシチュエーションで感じてきた率直な気持ちである。しかし、単なる建前や信条ではなく、そのありがたさを本当に実感する社会(「労働供給制約社会」)がすぐそこに迫っている。私たちは独自の労働需給シミュレーションモデルをベースに、解決策を検討していく。
(※1)2015年までは総務省「国勢調査」、2020年以降は国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(平成29 年推計)」の出生中位・死亡中位仮定による推計結果
(※2)総務省「労働力調査」の基本集計・長期時系列表(年次)2020年数値より就業人口総数、生産年齢人口総数は国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(平成29 年推計)」の数値を用いて算出
(※3)総務省「国勢調査」2020年の結果
(※4)総務省「労働力調査」2021年の結果
(※5)2020年における生産年齢人口の就業率78.4%を一定のものとして推定している