株式会社IBUKI:意識改革には時間がかかる。変化を恐れない人材は「スモールステップ」で育てる
山形県河北町の金型メーカーIBUKIは、2000年代後半から赤字経営が続き、2014年に製造業向けコンサルティング会社O2の傘下に入った。O2社長の松本晋一氏はIBUKIの経営に参画すると、製造機械をIoT化して原料の樹脂の流れ方などを可視化し、不具合を減らすなど製造工程の付加価値向上を実現。さらに受注から製造、勤怠や各種申請までカバーする基幹システムを自社開発して業務をデジタル化し、短期間で経営を立て直した。
表向きは、デジタル技術を利用した華々しい経営改革に見えるが、その陰には従業員を少しずつテクノロジーに慣らしていく、地道な取り組みがあった。松本氏は「意識の変革には時間がかかる。経営者は忍耐が必要だと学んだ」と振り返る。
下請け体質が変化を妨げる スモールステップでアプローチ
――デジタルツールの導入にあたり、従業員にはどのようにアプローチしましたか。
IBUKIの経営に参画した当初、従業員は「デジタル」と聞いた途端、身構えてしまう状態でした。ですからまず、デジタル化の手前で、「変化を恐れない人材」になってもらうことから始めました。始業時間やボールペンなどの備品を変える「小さな変化」と、社名や制服、ビジョンなどをリニューアルする「大きな変化」を、交互に繰り返したのです。
変化へのアレルギーがなくなってきたところで、スモールステップを踏んで従業員をデジタルに「なじませて」いきました。手始めに勤怠システムをバーコードに変え、機械にバーコードを読み取らせることで、コーヒーが飲める仕掛けも作りました。
――なぜスモールステップを踏んだのでしょうか。
以前のIBUKIも含めて、地方の中小企業の多くは、クライアントの要求通りのものを作る「下請け体質」に染まっています。最終消費者から遠く離れているので、極端に言えば、「お客さま」は取引先企業ですらなく、その企業の購買担当者、というくらい思考の幅が狭められてしまうんです。デジタル化を通じて何を実現するのかなど、広い視野でものを見て、俯瞰して考えるのも苦手です。よく「デジタル化は目的ではなく手段だ」と言われますが、中小企業では従業員にデジタルとは何か、どんな効用があるのか理解させることを最初の目標に据え、少しずつ前に進める必要があります。小さいITの道具を使ってみたら簡単だった、という小さな成功体験を積み上げていくのです。
それでも製造現場の従業員の抵抗感は強く、未だになじめていない人もいます。ただ経営者としては、全社員をデジタル人材に変えるのは難しいと、ある程度割り切って考えています。
中小のデジタル化は内製が鍵 経営トップがキーパーソンを守り育てる
――中小企業のDXには、どのような人材が必要でしょうか。
中小企業において「内製化」は非常に重要です。しかもシステムの大枠を決めるだけでなく、仕様設計からプログラミングまでできる人材が必要なのです。IBUKIが成功している一番の要因も、基幹システムをほぼすべて内製化したことにあります。
システムは導入後も、現場の要望を踏まえて改善を続ける必要がありますが、中小企業には、いちいち修正を外注するような財政的余裕はありません。社内で中身を把握し、必要なら直せないと、システムをハンドリングできないんです。IBUKIではデジタル化を推進するチームに、従業員の1割に当たる6人を充て、社内に知見を蓄積しようとしています。
経営者が「リードタイムを半分にしたい」など結果を焦ってシステムを外注し、現場に押し付けると大抵失敗します。使い勝手がなかなか改善しないため、従業員は「デジタルなんて面倒くさいだけで役に立たない」と考えるようになり、その後も新しいツールを「食わず嫌い」するようになってしまうのです。
――プログラミングまでこなせる人材をどのように確保した、または育てたのでしょう。
一度退職した設計者を、口説いて連れ戻しました。この人は独学で表計算ソフトを使い、マクロプログラムを組めたのです。ただ当初、本人は「基幹システムの開発などできません」と戸惑っていました。
私は彼に開発に専念してもらい、現場が忙しくても駆り出さないよう、ストップをかけました。また、データベースの開発に協力してもらった信頼関係のあるソフトウェアベンダーに彼を送り込み「自社の社員だと思って教育して」とお願いしました。このほかにも当社と契約しているITのプロ人材にも、教師役を担ってもらいました。この結果、彼はどんどん成長し、外注すれば数億円かかるであろう基幹システムを作り上げました。
重要なのは、意思決定者である経営トップが「ガーディアン」(守護神)として、改革のキーパーソンを守り育てることだと実感しました。
――既存の人材が、デジタル化という新しい試みのなかでも力を発揮したのですね。
その通りです。先ほど説明したように、経営者が適性のある人材を見出し、学び直しの環境を整えれば、十分に力を発揮することができます。
従来の日本企業は人材育成に大きな投資をしており、「組織の知」である人材とノウハウを社内に蓄積することが、競争力の源泉でした。30~40年投資し続けた社員が、ノウハウを抱えたまま定年で辞めてしまうのも、大きな損失です。
このためIBUKIは、製造機械の調整や見積もりの作成に関する、ベテラン職人の勘やノウハウを、データベース化することに取り組んでいます。例えば再雇用の従業員が、製造機械の音を聞いて勘でメンテナンスのタイミングを判断しているといった場合、振動を測定し、勘を周波数というデータに落とし込むわけです。
外部人材からスキルを巻き取る 「見るだけ」の教育も重要
――社内にスキルを備えた人材がいない場合は、どのように対処していますか。
外部人材を迎え入れ、彼らのスキルを社内に「巻き取って」います。この時、「お手本」となる外部人材のそばについて、スキルを吸収する社員の人選が重要です。
中小では、数少ない大卒社員らがツールを使っても、周囲の社員は「頭がいいからできるんだ」と、線を引いてしまいがちです。比較的平準的な社員に習得させることで「この人にできたなら、自分にもできる」と思うようになり、スキルを巻き取る軸が回り始めます。
新しいツールの導入時は、効果を疑問視する「反対勢力」が現れるものです。彼らを論破するにも、プロ人材や社外研修の講師ら、ツールを熟知した人に、「役に立ちます」とメリットを断言してもらうことが有効です。IBUKIでは、社外の職業訓練なども活用しています。
――従業員がデータの価値を理解して、自律的に価値を創造していくために、重要なことは何でしょうか。
教育です。特に、カリキュラムや研修といった明確な形をとらず、本人すら気づかないうちに自然と学んでいる、という環境づくりを重視しています。
例えば従業員は、タブレットPCや、AIによる画像識別装置を「見ている」だけで、それらの存在に慣れ、使う時の抵抗感が薄れます。社外の人に「AIって何?」と聞かれた時も「門前の小僧」で大まかに説明すらできるようになります。そうした経験が成長の実感や会社への誇りにもなり、積み重なることで組織力につながります。このように、形式化されない教育から「にじみ出す」効果があるのです。
IBUKIでも、ある社員は誰の指示も受けず、金属加工機から出る切りくずがゴミ箱に溜まる量をセンサーで測定し、捨てるタイミングを知らせる装置を作りました。さまざまな場面でデジタル技術を目にするうちに、教えられずとも「IoTを入れると仕事が楽になる」という感覚を身につけ、自分から装置を開発するという行動につながったと思います。
経営者は「時間がかかる」と腹をくくれ 株主・オーナーの説得も必要
――効果が「にじみ出て」くるには時間がかかると思いますが、そこまで待てる経営者はなかなかいません。
人は「分かる・できる・やる気になる」という3つのプロセスを踏んで、自律的な働き方へと変わります。IBUKIは、数年でようやく「できる」に到達し、「やる気になる」人が現れ始めて、成果を刈り取る時期が来ました。一方で「分かる」からなかなか前に進めない社員も、未だに存在します。
しかしワインが1日で醸成できないのと同じで「時間はかかる」と腹をくくるしかない。むしろ待つ時間に耐えられる経営計画を立てる、という発想の転換が必要です。私自身も、あらためて忍耐を学ばせてもらいました。
経営者は、オーナーや株主に早く結果を出すよう求められることもあります。「ゴールを頂上とすれば、1年目は4合目まで登れて、株価はこれだけ上がる」などと説明し、彼らを説得することも必要でしょう。
――従業員が新しいことに取り組めるようにするために、これからやろうとしていることはありますか。
中小企業は人手不足で、新しいことに取り組む人的余裕がなかなか生まれません。一方で業務の3~4割は伝票手配のような単純作業で、これらをデジタル化すれば、従業員は付加価値の高い仕事に時間を割けるはずです。
ここでネックになるのが、残業代に生活給の色彩が強いため、自動化によって作業時間を短縮しよう、というインセンティブが高まりづらいこと。ですから残業が減っても収入を維持できるよう、基本給の引き上げに取り組むつもりです。また自動化で生まれた時間が、確実に生産性の高い仕事に使われているかを確認する、アフターケアも必要だと思っています。
聞き手:大嶋寧子・坂本貴志
執筆:有馬知子