キャリアの相談には、もっと「提案」機能が必要ではないか──古屋星斗
「なぜキャリアコンサルタントに相談が来ないのか」
「社内にキャリアコンサルタントが5名いるのですが、相談件数があまり多くありません。何かアドバイスはありますか」
人事の方向けに講演をした際に、こういった質問を頂くことが増えた。社内キャリアコンサルタント制度があることが知られていなかったり、使いづらい状況だったりするのかもしれないが、ライフイベントも含めキャリアのあり方が多様化する昨今、キャリアコンサルタントの重要性が高まっていることには異論はないだろう。しかし、冒頭のような悩みを抱える企業は多いのではないか。「相談がないのであれば問題はないのでは」と思ったりもするが、しかし退職者数などは減るどころか増えているということだから、状況は厄介である。
キャリア自律が標榜されて久しく、昨今では手挙げ型研修やジョブポスティング制度など様々な機会があり、職業生活において個人で設計・考えなくてはならないことがとても増えた。こうしたなかで、感じるのはキャリアの相談対応にはもっと「提案する」機能が必要なのではないか、ということだ。今回はこの点について、筆者の仮説を簡単に述べたい。
「傾聴」というキャリアコンサルタントの基礎的スキルがある。相手のいうことを否定せず、耳も心も傾けて、相手の話を「聴く」会話の技術(※1)とのことだが、もちろん能動的に「聴く」ことはとても重要である。それは大前提としたうえで、今のキャリア相談には相手に“具体的な職業生活上の行動の提案”をする機能が乏しすぎるのではないかと感じるのだ。
例えば、「別の職種に転職したい……」と考えている個人が、企業に属さず相談を受け付けているキャリアコンサルタントのところに相談にきたとしよう。悩んでいる理由は、転職活動が上手くいっていないからだ(転職がすぐできるならば相談に来る必要はないか誰かに背中を押してもらうだけで充分で、高度な技能を持つキャリアコンサルタントは必要ない)。その職種に転じるには、スキルや経験が不足しているためだとわかってきている。さて、こうした“よくある状況”に必要なキャリアの相談機能はなんだろうか。
はたまた、「最近会社の仕事が惰性になってきていて、将来のために〇〇関係の部署に異動したい……」と考えている個人が、社内キャリアコンサルタントのところに相談しにきたとしよう。悩んでいる理由は、配転命令権があるなかで異動先を自分で選べないからだ。さて、どんな相談機能が必要だろうか。
筆者は、キャリアの悩みのほとんどは傾聴や対話とラポールの形成、本人の内省からの課題解決だけで完結することはないと考える。なぜなら、キャリア形成を豊かにするためには具体的な職業生活上の行動があってはじめて悩みが解消するからだ。そして、「キャリア自律」が前提になったからこそ、自分ひとりでは気が付かないような行動の機会の稀少性が増しているからだ。
だからこそ第1の例でいえば、その場で求められているのは「今のままだと、転職希望先へアピールできるスキルや経験が足りないですね。〇〇という企業が副業や兼業を受け入れていますのでそこで経験を積んだり、オンラインで受講できるこうしたプログラムがあるので、参加してはいかがでしょうか?」という行動につながる一言ではないか。第2の例でいえば、社内の制度を駆使して希望する異動先へつながるような経験をどう積むか、という具体的なアドバイスだろう。つまり、相談を超えた、提案の機能である。
もちろん、そうした職業生活上の行動を相談の後に自発的に実行できればよいが、キャリアコンサルタント制度導入以降、日本の社会人の学習頻度が上がっていない(※2)ことからすれば、相談しっぱなしになっている可能性が高いのだ。実際、厚生労働省「能力開発基本調査」によれば、キャリアに関する相談が「役に立った」人は92.6%。しかし、それが「自己啓発を行うきっかけになった」人は33.5%、「適切な職業能力開発の方法がわかった」人ではわずかに7.5%にすぎない (※3)(図表1)。すでに自律的である個人は良い。しかし、そうではない悩める大勢の社会人が一歩を踏み出すためには、「職業生活上の行動の提案機能」が必要だ。筆者もキャリアにおける悩みをたくさんの若手を中心とする社会人から聞くが、そうした具体的な悩みの解消を想像し、実感するところである。
図表1 キャリアに関する相談の有効性(複数回答)(※4)
想定されている「職業生活上の行動の提案」
キャリアコンサルタント試験で求められる範囲を掲示しておこう(※5) 。キャリアコンサルタント試験の出題範囲から抜粋している。具体的な職業生活上の行動の提案に関係する部分を緑字で示す。
●学科試験
Ⅰ キャリアコンサルティングの社会的意義
Ⅱ キャリアコンサルティングを行うために必要な知識
1 キャリアに関する理論
2 カウンセリングに関する理論
3 職業能力開発(リカレント教育を含む)の知識
4 企業におけるキャリア形成支援の知識
5 労働市場の知識
6 労働政策及び労働関係法令並びに社会保障制度の知識
7 学校教育制度及びキャリア教育の知識
8 メンタルヘルスの知識
9 中高年齢期を展望するライフステージ及び発達課題の知識
10 人生の転機の知識
11 個人の多様な特性の知識
Ⅲ キャリアコンサルティングを行うために必要な技能
Ⅳ キャリアコンサルタントの倫理と行動
1 キャリア形成及びキャリアコンサルティングに関する教育並びに普及活動
2 環境への働きかけの認識及び実践
3 ネットワークの認識及び実践
(1) ネットワークの重要性の認識及び形成
(2) 専門機関への紹介及び専門家への照会
4 自己研鑽及びキャリアコンサルティングに関する指導を受ける必要性の認識
●実技試験
Ⅰ キャリアコンサルティングを行うために必要な技能
1 基本的技能
2 相談過程において必要な技能
1) 相談場面の設定
2)自己理解への支援
3)仕事理解への支援
① 略
② インターネット上の情報媒体を含め、職業や労働市場に関する情報の収
集、検索、 活用方法等について相談者に対して助 言することができること。
③ 略
4) 自己啓発の支援
① インターンシップ、職場見学、トライアル雇用等により職業を体験してみ
ることの意義や目的について相談者自らが理解できるよ うに支援し、その実
行について助言することができること。
② 略
5) 意思決定の支援
① 略
② 略
③ 相談者の設定目標を達成するために必要な自己学習や職業訓練等の能力開
発に関する情報を提供するとともに、相談者自身が目標 設定に即した能力開
発に対する動機付けを高め、主体的に実行するためのプランの作成及びその
継続的見直しについて支援することができ ること。
6) 方策の実行の支援
7) 新たな仕事への適応の支援
8) 相談過程の総括
キャリアコンサルタント試験内容の全体を見渡すと、まさに「職業生活上の行動の提案」をある程度想定していることがわかる。例えば、実技試験において、
- 「職業や労働市場に関する情報の収集、検索、 活用方法等について相談者に対して助言」
- 「インターンシップ、職場見学、トライアル雇用等により職業を体験してみることの意義や目的について相談者自らが理解できるように支援し、その実行について助言」
- 「相談者の設定目標を達成するために必要な自己学習や職業訓練等の能力開発に関する情報を提供」
と明記がある。特に最後の「設定目標を達成するために必要な自己学習や職業訓練等の能力開発に関する情報」が提供されることは極めて重要だろう。ただ、学科試験にはこの情報提供に関する知識を問う項目は乏しく、概略的な職業能力開発や企業でのキャリア形成に関する知識と、専門機関への紹介が「キャリアコンサルタントの倫理と行動」として末尾にあるだけだ。知識がないのに、情報は提供できない。
提案機能を持つために、キャリアコンサルタントに必要な知識とは
おそらく、キャリアコンサルタントが提案型の相談機能を持ち、個人の職業生活のコンサルティング自体を仕事にしていく(※6)ために、今後必要な知識は以下のようなものになるのではないか。
- 大学や専門学校などの体系的な学び直しができる場の知識。相談者が得たい分野において最前線の知見を持つ大学教授等の研究者についての知見
- オンラインスクールなど、相談者が得たい特定のスキルや知見をインプットできる場の知識
- 副業や兼業、社会人インターンシップ先などの情報。相談者が関心のある業職種で副業・兼業を受け入れている企業の情報
こうした情報にキャリアコンサルタントが知悉することで、相談の価値を高めていくことができる。ただ、各分野へのアドバイスに必要な具体的な情報を全て網羅することは極めて難しいため、分野別で高度化していくことが望ましい(HR分野に詳しいキャリアコンサルタント、テック分野に詳しいキャリアコンサルタント……)。さらには、組織的に「職業生活上の行動」の情報を集めて相談者に提供していくプラットフォームが登場してくる可能性もある。筆者はこれを「キャリアの窓口」構想と呼んでいる。行政がやるにしろ民間サービスにしろ、おそらく相談者は無料で相談でき、相談者のキャリア相談に応じて次のアクションを紹介する。紹介先は大学や大学院、専門学校、オンラインスクール、副業・兼業先など様々だ(※7)。
また、冒頭の社内キャリアコンサルタントでは以下のような知識や機能が重要になるだろう。
- 社内の制度の知識。各種人事制度はもちろん、留学制度、社内副業制度、学習休暇制度などなど現代の企業は様々な制度を持っている。こうした社内制度を誰よりも知悉して、その活用方法を提案する
- 社内の様々な支援の仕組みの知識。自己啓発支援、社内の有志活動、勉強会、職種別でのコミュニティ、労働組合が何をしているのかといった点もあるかもしれない。社内でのキャリア形成に役立ちそうな場の情報を蓄積し、「これを試してみたら」と提案する
- 社外の支援の知識。自社に在籍しながら使える支援が社外にもある。行政が行っている支援を知り、会社の申請が必要であればそれを整え、相談者に提案をする
転職市場の活性化、副業・兼業を認める企業の増加など、企業社会の変化により、これからは否応なく企業から個人へキャリアの主導権が移ってしまう。そんな環境において、キャリアの相談機能がますます重要になっていくのは間違いない。そのなかで、キャリアの相談には「傾聴」や「対話」をベースとしながらもそれだけではなく、行動の主体である悩める相談者へ具体的な行動を提案する機能の必要性が高まり、その知識と経験を持つキャリアコンサルタントが職業社会のインフラとなるだろう。
(※1)日本の人事部,「傾聴」より引用 https://jinjibu.jp/keyword/detl/475/
(※2)リクルートワークス研究所,2023,Works Index2022によればパネル調査による経年変化で2018年調査では自己啓発実施率は26.5%。これに対して直近の2022年調査では26.2%と、この5年間でほとんど変化がない
https://www.works-i.com/research/works-report/item/WorksIndex2022.pdfP.10
(※3)ともに正社員。
(※4)厚生労働省HP,「キャリアコンサルティングの活用・効果」 資料出所:厚生労働省「平成29年度能力開発基本調査」(2023年11月9日閲覧)
(※5)特定非営利活動法人キャリアコンサルティング協議会HP、「CC試験 試験科目及びその範囲並びにその細目(公示用)」https://www.career-shiken.org/wordpress/wp-content/uploads/2019/12/past-03.pdf より筆者抜粋(2023年11月9日閲覧)
(※6)キャリアコンサルタント資格を持ち、キャリアコンサルタントの仕事を専任にしている人の年収は50.0%が「200万円~400万円未満」。また、「キャリアコンサルタントに関連する活動だけで生計を立てている」人は全体で20.3%であった
労働政策研究・研修機構,2019, 労働政策研究報告書 No.200キャリアコンサルタント登録者の活動状況等に関する調査 より
(※7)「キャリアの窓口」がビジネスとして広く成立するとすれば、こうした紹介先からフィーをとることになるだろう。何のことはない、保険契約における同様のサービスの“キャリア版”である