仲間とともにもやもやから組織を変える ──橋本賢二

2023年08月09日

もやもやの魅力と扱いにくさ

リクルートワークス研究所が2022年度に行った『「創造性を引き出し合う職場」の探求』では、創造性は誰もが発揮しうる身近で日常的なものであり、働く人が仕事を通じて感じた小さな違和感や職場のノイズ、すなわち「もやもや」には創造性の種としての価値があること、「もやもやを共有」できることが、個人の創造性発揮の原動力の一つとなりうることを示した。

しかし、報告書でも創造性を発揮しにくい職場の存在が明らかにされたように、もやもやの共有は簡単なことではない。失敗や責任を回避しようとする傾向が強い職場や今の仕事を正確にやりきることを重視する職場では、現状にもやもやを抱くことすらはばかられるだろう。提案者が孤立する職場では、もやもやは心の奥底に押し殺すか、お酒の肴にして笑い飛ばしていたかもしれない。長年の停滞が指摘される日本経済や日本企業では、きっと、数多くのもやもやが発芽することなく絶たれてきたのではないだろうか。

報告書では、“職場”でできるもやもや共有の方法として、「問題意識をもっていいと感じられる関係づくり」や「かなえたいことを尊重し合うこと」の重要性を挙げた。では、創造性を引き出す職場の実現に向けて、職場で働く“個人”にできることはないのだろうか。いつ実行されるかも分からない職場の改善を待っていては、職場は永遠に変わらない。本稿では職場での創造性発揮に向けて個人にできる方法を提案してみたい。

もやもやの意味を探る

もやもやから創造性につなげるために個人ができることは、個人のなかに埋もれているもやもやが、はっきりと表面に出てくるように刺激することにある。刺激の手がかりとなるのが、スワースモワ大学のケネス・J・ガーゲンだ。ガーゲンは、何かを変えることにつながるような新しい「意味」は個人のなかにあるのではなく、一緒にいる人たちとの関係性や対話から生まれ、対話が続く限り変化する余地があるとする(ガーゲン2015)。これを参照するならば、もやもやを職場にとって意味のあるアイディアへと洗練させていくためには、他者との対話が欠かせないということになる。もやもやしていることを人に話すことで、自分の感覚を整理し、新たな意味を見出せた体験は、きっと多くの人がもっているだろう。気づきや違和感といった曖昧な感覚は、他者との対話という刺激によって、新たな意味を生み出す。そうであるならば、まずは、もやもやについて誰かと対話して、新たな意味を見出す場や機会をつくってみる、というのが、個人にできる最初の一歩ということになる。

しかし、これまでもやもやが共有されてこなかった職場では、新たな意味を見出す場や機会をつくることこそが難しい。どうすれば、職場での対話を生み出すことができるのだろうか。

もやもやを起点に、他者との相互作用で新たな意味を見出していくためには、それに適したプロセスが必要である。その参照となるのが、ストックホルム大学のロベルト・ベルガンティが説いている「意味のイノベーション」、すなわち、個人発の仮説やアイディアから新しい意味を創造する手法である(ベルガンティ2017)。ベルガンティは、モノゴトを自分自身でより深く解釈していくことから始めて、自分の解釈に縛られないように、少しずつ他者を巻き込みながら段階的に批判にさらして、他者とともに意味を洗練させていくことで、みんなが共感できる新しい意味を見つけていくことを提唱している(図表)。

意味のイノベーションのプロセス(図表)

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(注)ベルガンティは「批判」とはより深くモノゴトを解釈していく取組と解し、複数の異なる視点を衝突させることによって深く進む取組と説明している。
出典:ベルガンティ,R. 『突破するデザイン』 八重樫文・安西洋之監訳 日経BP社 p.35

個人が抱いたもやもやを職場で共有して、職場にとって意味のあるアイディアや提案につなげるプロセスは、個人の解釈をペアから段階的に他者と共有しながら意味を深めて、人々の実行に至る意味のイノベーションと類似する。この意味のイノベーションのプロセスに即して考えれば、自分だけの気づきや違和感からスタートしたもやもやを、ゆっくりと段階的に他者を巻き込みながら、新たな意味を磨いていくことがポイントになる。

信頼できる社内の仲間をつくる

以上からは、もやもやを共有し、職場にとっても意味のあるアイディアを生み出していくための最初の一歩が見えてくる。まず、社内の信頼できる誰かとペアをつくって、気づきや違和感をスパークリングによって鍛えることで新しい意味を創造できる。ポイントは事情をよく知っている社内の人間であることだ。

実は、リクルートワークス研究所の調査からは、個人が自分の問題意識に基づいて、同僚とアイディアを育てて、職場に提案していけることが、生き生きと働く実感と相関していることが分かっている。まずは、社内のペアから創造性の発揮に向けたスパークリングをすることで、個人が生き生きと働くことも期待できる。

ベルガンティも誰と会うかがポイントだと指摘している。最初の誰かを探しだすことが難しいが、スパークリングはステップとジャブから始まるので、もやもやを小言として小出しに発露することで相手の反応を見ることはできる。小言に対して眉をひそめる人もいれば、興味を示す人もいるだろう。前者のタイプであれば深入りせず、後者のタイプであれば段階的に間合いを詰めることで最初の一人との出会いにつながる。職場での創造性発揮に向けて個人にできる第一歩は、小言を発露しながら信頼できる社内の誰かを見つけることにある。

仲間と一緒に組織に挑む

職場での創造性の発揮につなげるためには、最後は解釈者である組織に問いかけることが必要になる。個人発の取組を実現するには、組織の一言に潰されない強靭さが必要だ。その強さは、仲間と一緒に磨いた意味にこそある。

「意味のイノベーション」は、個人が組織に挑むためのヒントでもある。もやもやをすぐに共有できない職場環境でも、ペアさえ見つけることができれば、創造性の種が絶えることはない。ペアでスパークリングしたもやもやは、少なくともペアにとって明確な意味がある。言語化さえ難しかったもやもやが、はっきりとした意味として伝えられるようになれば、仲間を拡大させていく武器となる。この武器を活かしながら、ペアとなった2人がさらにペアとなる人を見つけだすことができれば、4人のラディカルサークルに拡大することができる。ラディカルサークルで衝突と融合を繰り返せば、解釈者である組織に問いかけるべき意味がさらに明確になってくる。

仲間と磨いた意味を組織に問いかけても、最後は組織の判断になる。残念ながら、期待通りの反応が得られるとは限らない。しかし、ラディカルサークルから組織への問いかけは、個人の思いつきよりも格段に重い意味を組織に投げかける。結果に関わらず、組織や同僚に対して、何らかの影響を及ぼすことができるのではないだろうか。例えば、2017年に経済産業省の事務次官と若手職員がまとめた「不安な個人、立ちすくむ国家」は、経済産業省内のラディカルサークルが解釈者たる社会に対して一石を投じ、その後、マスコミも巻き込んで議論を巻き起こした。衝突と融合を繰り返したラディカルサークルからの発信には、大きな影響力がある。

創造性が発揮される職場をつくるのは組織や職場のリーダーの仕事だが、個人にできることもある。信頼できるペアを見つけることから始めれば、個人が生き生きと働けて創造性を発揮できる職場を実現する第一歩になるのではなかろうか。

 

<参考文献>
ガーゲン,ケネス,J.(2015)『ダイアローグ・マネジメント』ディスカヴァー・トゥエンティワン
ベルガンティ, R.(2017)『突破するデザイン』八重樫文・安西洋之監訳 日経BP社

 

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