「中途採用シフト」論の大きな誤解──古屋星斗
即戦力の需要“も”高まっている
日本経済新聞が毎年4月に発表している採用計画調査の2023年度(2024年春)の最終集計が今年も公表された。主要企業(※1)の新卒採用予定人数がわかる調査で企業の採用動向を占う上で重要なデータである。『中途採用比率が最高37% 7年で2倍に、23年度計画』という見出しの記事で出され、記事にもある通り、「短期的には欧米の金融引き締めによる世界景気の減速への懸念もあるが、構造的な人手不足はより深刻」な中、「日本の標準だった新卒主体の採用慣行は、生産年齢人口の減少を背景に限界が近づいている」という指摘は妥当なものであろう。
日本が世界で初めて直面する「労働供給制約社会(※2) 」において、企業の人材採用システムが転換期に入ったのは間違いない。
ただ、今回は少し違った視点からこの結果を見ていきたい。特に、一番の当事者である就活生に筆者が伝えたいのは、「全く心配しなくて良いよ」ということだ。理由を以下に示す。
筆者は上記の記事中にある『即戦力の需要が高まる』という図表を見て、「これは新卒採用の予定数自体は減少していないのでは?」と率直に感じた。
図表1に整理したが、確かに主要企業の中途比率は急激に上昇している。2016年度の18.4%から2023年度の37.6%へとほぼ倍増しているのは記事が指摘する通りだ。
ただ、もう一つポイントがある。主要企業の新卒採用予定人数は2023年度15.6万人。この水準は売り手市場と言われた前年の2022年度よりさらに3.5%増加しており、コロナショック直前の水準には達していないものの2021年度を底とする回復基調にある。つまり、新卒採用需要は減少しておらず、今起こっている変化は「新卒採用はしっかり実施、それに加えて中途採用を大きく増加させる」という動きなのである。
図表1 主要企業の採用予定人数の推移(採用計画調査,日本経済新聞)(※3)
大卒採用予定人数は「コロナショック前超え」の超高水準
ちなみに新卒採用予定人数だけ、より長い期間の推移を示しておこう(図表2)。
直近2023年度の新卒採用予定人数が決して低い水準でないことがわかるだろう。リーマンショックの影響から脱した2014年度以降、主要企業の新卒採用予定人数は2021年度を除いて概ね15万~16万人前後で推移していることがわかる。
さらに重要なのは2023年度には、新卒採用予定人数の内数となる大学卒の採用予定数は、実は2012年度以降、最多になっていることだ。コロナショック前を超えてしまっている。なお、これは高校卒採用予定人数の影響が大きい。2020年度2.2万人だった予定人数が、2023年度で1.6万人へと約3割減少した。高校卒の求人倍率が過去最高水準(2023年卒で3.01倍とバブル期の1992年卒3.08倍に迫る水準)になっていること、またその原因が高校卒求職者の急減にあることを思えば、企業側の判断は妥当だと言えよう(※4) 。高校卒は大学卒以上に採用が困難な状況に直面しているため、計画数自体を修正せざるを得ないのだ。そして、その分を大学卒採用で取り戻そうとしているわけだ。
図表2 主要企業の新卒採用予定人数(万人)(採用計画調査,日本経済新聞)
新局面を迎える人材獲得競争で求められること
こう考えると、今の労働市場が労働供給制約下で構造的な転換点を迎えているために、総合的に情報を判断しないと全体像が掴めない状況と言えよう。主要企業の中途採用は確かに急激に増加しているが、それは「新卒から中途へシフト」というような話ではなく、データに即して正確に言えば「新卒も中途も」という企業の人材戦略の表れなのだ。
また、新卒の需要についても大学卒と高校卒を俯瞰し、高校卒の就職率がここ数年で急速に低下していること(つまり、企業が高校卒では若手を確保しづらくなっていること)が、大学卒の需要を押し上げていることを鑑みれば、今後むしろ大学卒の新卒採用予定人数は継続的に高水準で推移する可能性が高い。
筆者は、人手不足が深刻すぎて、明らかに労働者と企業の力関係が変質していると、特に地方の中小企業の経営者の話を聞いていて感じる。初任給の引上げや新しい人事制度を打ち出すなど様々な動きが顕在化しているが、「新卒も中途も」という人材獲得競争の新局面は、企業にさらなる打ち手を促していくだろう。望むらくは、若者に投資をする企業がしっかりと評価されるような情報開示が一層進むことだ。それには入社した瞬間の給与額(=初任給)だけでなく、入社後どのように職務経験を重ね、スキルを獲得する機会が得られ、賃金が上がっていくかについて、新卒・中途を問わず個人側が判断できるよう、情報開示のルールが整備される必要がある。
個人の成長とキャリア形成を後押しするために、どんな人材育成や働き方の制度を設けているかで切磋琢磨が起こる、新たな局面が到来しようとしている。
(※1)「調査対象は上場企業および日本経済新聞社が独自に選んだ有力な非上場企業」とされている(各年の日本経済新聞紙面「調査の方法」より)。
(※2)労働供給制約社会とはリクルートワークス研究所が提唱する「景況感による労働需要の変化ではなく、人口動態の変化に伴う現役世代人口比率の低下による労働供給量の制限・アンバランスが、様々な経済活動を制約する社会」。特に生活維持サービスの担い手が不足することにより、社会の継続性に深刻な悪影響を及ぼす危険性を指摘している。詳しくは報告書「未来予測2040」を参照。
(※3)2020年度の中途採用予定数のみ、実数の記載が日経テレコン等で公開されている日本経済新聞紙面上に見当たらないため、推移を表した図表等からの概算値とした。このため、本稿図表中には実数値を記載していない。
(※4)筆者は、とある工業高校の校長から指定校求人の倍率が16倍に達しているという話を聞いたが、これは「その学校の一人の生徒に対し、16社がとりあいをしている」という状態である。