米国の大量自主退職と人材危機──ケイコオカ

2022年10月06日

大量自主退職の現状

2021年後半から顕著になった米国における「大量自主退職」。まず、現状を確認するために、米国労働省労働統計局公表の自発的離職者数と離職率の推移をみておきたい。図表1に示すように、2006年から2008年前半にかけて自発的離職者数は240万人台から270万人台で推移していたが、2008年9月に米国の投資銀行リーマン・ブラザーズが経営破綻し、世界的な金融危機(リーマンショック)が起こった頃から、自発的離職者数は減少し始めた。そして経済が回復するにつれて、自発的離職者数は増え始め、2017年から2020年2月にかけては、300万人台から360万人台で推移していた。ところが、新型コロナウイルス感染症が猛威を振るい始めた2020年3月、景気の著しい後退と失業率の急激な悪化に伴い自発的離職者数は一気に減少し、同年4月には180万人台まで下がった。

パンデミックが社会や労働市場に変化を及ぼすと同時に、人々の間に働くことに対する価値観の変化が起こったとみられる。2020年4月に14.7%まで悪化していた失業率が徐々に改善し、5%台にまで回復した2021年7月には、増加傾向にあった自発的離職者数が遂に400万人台を突破し、同年11月には450万人にまで膨れ上がった。その後、若干落ち着いてきたものの、2022年7月時点の自発的離職者数は417万人と依然として高水準である。

図表1 過去16年間の自発的離職者数と離職率の推移(2006年1月~2022年7月)oka_01.jpgSource: U.S.BLS, “Job Openings and Labor Turnover Archived News Releases,” January 2007 through July 2022, https://www.bls.gov/bls/news-release/jolts.htm#2022 (last access September 14, 2022)

大量自主退職はなぜ起こったか

「大量自主退職」という現象がなぜ起こっているかについてはさまざまな説があるが、Harvard Business Review誌によると経営学の専門家は、以下の要因があると指摘する(※1)。

① リタイアメント(引退)
2021年、ベビーブーマー世代(1946~1964年生まれ)の多くが労働市場を離れた。米国に定年退職という考え方はないが、政府の医療保険(メディケア)に加入できる年齢である65歳に近づくと、退職を考えるのが一般的である。ベビーブーマー世代は2011年頃からこの年齢に達し、2030年までに約7,300万人が労働市場から引退すると言われる。つまり、1日1万人のレベルでリタイアメントが起きている。ベビーブーマーの中には、コロナ禍において自身や家族の健康を重視し、リタイアメントを早めた人もいる。大量自主退職には大量リタイアメントが大きく寄与しているのは間違いない。

② リコンシダレーション(再考)
パンデミックによって多くの人が重病に陥り、最悪の場合には死に至るという事例を目の当たりにすることによって、人は人生における仕事の役割について再考するようになった。要求の厳しい仕事に就く人がバーンアウトし仕事を辞める、あるいは家庭責任を担っている人が育児や介護・看護のために仕事を離れざるをえなくなる、といったケースもみられた。この傾向は産業やジェンダーによって差があり、特にホスピタリティ産業で時間給ベースで働く女性に多い。また、コンサルティングや金融といった、パンデミック中に業務量が急増した産業では若手の社員がバーンアウトする例が多い。

③ リシャッフリング(移動・転換)
米国経済会議(National Economic Council)のBharat Ramamurti副議長は、低賃金産業における高い離職率について「大量アップグレード」だと述べた。産業別では宿泊施設や飲食業を含むホスピタリティ産業における離職率がもっとも高い。自主退職者が増加しているのは低賃金産業だけではなく、専門・ビジネスサービスにおいても離職率が高くなっている。しかし、多くの労働者は労働市場を離れるわけではなく、同業種の別の仕事、あるいは異業種の仕事に転職しているのである。米国労働統計局の分析によると、多くの産業において入職率が離職率を上回っており、つまり、賃金の上昇がみこめる仕事に人が移っているという実態がある(※2) 。

④ リラクタンス(ためらい)
働く人の中にはコロナ感染を恐れて仕事への復帰を躊躇する人も少なくない。Pew Research Center が2020年12月に公表したレポートによると、調査対象となった5,858名の労働者のうち64%が仕事への復帰を躊躇しており、また57%がコロナ感染を懸念して在宅就労に切り替えていると回答している(※3) 。2021年に行われた別の調査では、36%の労働者が、ハイブリッドの就労オプションを雇用主が提供しない場合は仕事を辞めると回答している(※4) 。

さらに、米国商工会議所(U.S. Chamber of Commerce)は、これらの要因以外に、労働者が労働市場を離れた理由として、パンデミック発生時に政府が導入した救済策、たとえば失業給付の広範かつ長期にわたる拡充、景気刺激のための給付金や税控除などによって、多くの労働者が働く必要性を失ったことをあげている(※5) 。
複合的な理由によって起こった大量自主退職で人材不足はより深刻化し、今や人材危機のレベルにまで達している。

人材危機への企業の対応と今後の動向

求人件数と失業者数のギャップをみると、人材不足がいかに深刻がわかる(図表2)。米国労働統計局のデータによると、求人件数は正規雇用を求める失業者の数よりも約560万件も多い(2022年7月現在)。

図表2 正規雇用を求める失業者数を大きく上回る求人件数oka_02.jpgSource: Staffing Industry Analysts, “September 2022 US Jobs Report,” September 2, 2022 and “Corporate Membership Webinar,” September 13, 2022.

企業はこの状況に手をこまねいているわけではない。多くの企業は採用活動に力を入れ、社員の流出を食い止める努力をしている。その一例がオンボーディングの充実化である。新入社員の受け入れをスムーズに行うことで、労働者の定着につなげようというわけである。

また、賃金を上げることで離職を止めようとする企業も数多く出てきている。McDonaldでは2021年にエントリーレベルの時間給を11ドルから17ドルに上げるとともに、全スタッフの賃金を平均10%以上引き上げ、付加給付パッケージの充実化も図った。これにより、社員の流出を食い止め、必要な人員を確保することに成功している(※6)。小売り大手のTargetは2022年2月、エントリーレベルの労働者の時間給を全米一律15ドルから、地域に応じて15~24ドルの範囲に広げ、健康保険などの福利厚生を拡充している (※7)。さらに、Walmartでは2022年4月、新規トラック運転手の賃金を9万5,000~11万ドルの間に引き上げると発表した(※8) 。このような賃上げの動きは地域や産業にかかわらず広がっている。

しかし、労働者が求めているのは賃上げだけではない。LinkedIn の報告書によると(※9) 、労働者の94%は会社がキャリア開発にもっと投資をすれば退職しないと回答しており、労働者の定着にはこの点により一層力を注ぐことが不可欠だろう。

もう1点、人材危機の大きな要因となっているのは、テックスキル不足である。この問題は年々深刻化しつつあり、米国のみならず世界的な人材危機を招いている。テックスキルの問題が解消されなければ2030年までに8,500万人以上の人材不足に陥るという予測もあり(※10) 、企業だけでなく政府もこの課題に全力で取り組む必要がある。

 

(※1)Joseph Fuller and William Kerr, “The Great Resignation Didn’t Start with the Pandemic,” Harvard Business Review, March 23, 2022. https://hbr.org/2022/03/the-great-resignation-didnt-start-with-the-pandemic(last access September 14, 2022)
(※2)前掲1 Fuller and Kerr.
(※3)Pew Research Center “How the Coronavirus Outbreak Has ? and Hasn’t ? Changed the Way Americans Work,” December 9, 2020. https://www.pewresearch.org/social-trends/2020/12/09/how-the-coronavirus-outbreak-has-and-hasnt-changed-the-way-americans-work/ (last access October 3, 2022)
(※4)Jose Maria Barrero, Nicholas Bloom, and Steven J. Davis “Don’t Force People to Come Back to the Office Full Time,” Harvard Business Review, August 24, 2021. https://hbr.org/2021/08/dont-force-people-to-come-back-to-the-office-full-time (last access October 3, 2022)
(※5)U.S. Chamber of Commerce, “America Works Data Center: Capturing the Current State of the U.S. Workforce,” September 2, 2022. https://www.uschamber.com/workforce/america-works-data-center (last access September 27, 2022)
(※6) 前掲1 Fuller and Kerr.
(※7) NPR, “Target is Raising Its Minimum Wage to as much as $24 an Hour,” March 1, 2022. https://www.npr.org/2022/03/01/1083720431/target-minimum-wage(last access September 14, 2022)
(※8)USA Today, “Walmart Starting Pay Range for New Truck Drivers is Between $95,000 and $110,000 After Wage Increase,” April 7, 2022. https://www.usatoday.com/story/money/retail/2022/04/07/walmart-truck-driver-salary-pay-raise/9497112002/(last access September 25, 2022)
(※9)LinkedIn Learning, “2018 Workplace Learning Report,” February 2018. https://learning.linkedin.com/resources/workplace-learning-report-2018 (last access September 27, 2022)
(※10)Korn Ferry, “Future of Work: The Global Talent Crunch,” https://www.kornferry.com/content/dam/kornferry/docs/pdfs/KF-Future-of-Work-Talent-Crunch-Report.pdf (last access September 27, 2022)

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