「コスパ志向」が若者の仕事観にもたらした真逆の2つの結果を考える──古屋星斗

2021年01月27日

「コスパ」という若者言葉がある。ご承知の通りコストパフォーマンス、費用対効果の略語で、ここ5年ほどで急速に一般化した。その用途は、従来の用法であったビジネスにおける投資効率を示すものから、買った商品の物持ちの良さ、サービスの品質、ランチに食べた食事の味、学習した物事、果ては交友関係によって得られるものまで極めて幅広く用いられており、一定の年齢層以下の者であれば日々の頻出語のひとつだろう。若年世代に対して、純粋に良いもの、を追及するのではなく、「値段以上の対価が得られるもの」を良いものとする世代であるとする論調もある(※1)。

さて今回は、仕事における「コスパ志向」を取り上げたい。仕事において「コスパ」という言葉がどのように使われているのかを整理した上で、その結果、実は全く逆の2つの潮流を生み出しているのではないかと提起する。

仕事における「コスパ」

まず、費用対効果の「費用」と「効果」が仕事の面でどのように考えられているかについて例をあげてみてみよう。例えば、就職活動や転職先選びにおいても「コスパが良い会社が向いていると思っている」「コスパ重視で探しています」といった声を聞くことができる。この場合の費用と効果は多義的である。
「費用」については、広義には労働負荷を意味するものと考えられ、具体的には、労働時間、ストレスの大きさ、ノルマの有無、人間関係、仕事の自分への帰責性、などを含んで使用される。また、「効果」については、広義には労働による対価を意味するが、具体的には、金銭的報酬、ノウハウ・人的ネットワークの獲得、成長機会、職務上の実績の獲得、キャリア上のロールモデルの存在、感謝の気持ちの獲得、安定性などを含んで使用される。
これらの双方の要素の組み合わせで構成されるのが前記の「コスパの良い仕事」である。

図表1 仕事の「コスパ志向」における費用と効果
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例えば、
①「残業はないが年収はそこそこ」といったケースは、金銭的報酬÷労働時間
②「ギラギラしておらずのびのびした雰囲気だが、スキルが身につく」といったケースは、成長÷ストレスの大きさ
③「急なトラブルなどは少なく淡々と仕事すれば良いが、お客さんに感謝される」といったケースは、精神的報酬÷仕事の責任
といった指標によって得られるものが大きいという意味で用いられていると考えられよう。

「コスパ志向」がもたらす真逆の結果

こうした「コスパが良い仕事」であるが、この意味するところが前記で見た通り多義的であることから、現代において「コスパ志向」を発端とするも、結果として全く逆の“2つの姿勢”が生み出されているのではないかと考える。具体的に見てみよう。
 一方の「コスパ志向」が高い若手からは以下のような言葉を聞くことができる。

「自分の履歴書に書けるようなプロジェクトに積極的に取り組みたい」
「自分の名前で仕事ができるようになりたいので、今の仕事を選んだ」
「この分野の第一人者になるための修業期間だと思っている」
「30代前半までにほかのひとにはないような大きな成功体験を得たい」

確かに、こうした場合に「コスパの良い仕事」は極めて重要な選択肢となりうる。つまり、自分が得たい経歴、得たいスキル、得たい知見を“効率的に得るために”、今の仕事を選んだのだ。そこには、短期的に・一定の時期までに効果が出る仕事を、能動的に選択していく姿勢が表れている。結果として職業生活における行動を促進する「コスパ志向」であると考えることができよう。

他方、全く同じ「コスパ志向」は異なる形で表出することがある。

「上司や同僚と異なることをして睨まれるのは無意味だと思う」
「社外で活動しても評価に結びつかないのでやる必要性を感じない」
「給料は一定なので人より早く帰るほうが得」
「ネットで調べると、失敗した事例がたくさん出てきてコスパが悪いので辞めた」

こうした場合にも「コスパが良い仕事」は重要な選択肢になりうる。つまり、シンプルに“より少ない労力で対価を得るために”、今の仕事をしているのである。また、仕事以外のことに時間を使いたい場合もあるだろう。ここでは、中長期的なキャリア形成の中で、損になることを排除しようとする行動姿勢をうかがうことができる。結果として、職業生活における行動を抑制する「コスパ志向」であると言えよう。

図表2 仕事における「コスパ志向」が生んだ2つの考え方
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「コスパ」から生まれた真逆の姿勢が意味するもの

同じ「コスパ」という言葉で表現されるキャリア形成の姿勢について、若年層に全く異なる2つの様相が出現していることを理解いただけただろうか。ここで言いたいのは、どちらが良い・悪いではない。単純な事実として、「行動を促進するコスパ志向」と「行動を抑制するコスパ志向」が並立しているという現在の状況についてである。
すでに、若年層は企業社会において一般化しつつある40歳前後を基準とする早期退職の動きや、人事制度変革に敏感に反応しており、終身雇用を前提とした時代が終了したことに気が付いている。彼ら・彼女らは、キャリア形成のキーワードが「石の上にも三年」ではなくなることも百も承知である。しかし残念ながら、その次の時代の新しいロールモデルは生まれていない状況にある。

そうした中、新しいキャリア形成の様式を模索する中で生まれたキーワードが「コスパ」なのではないだろうか。見てきたように、その「コスパ」は大きく2つに分化し、一方にこれまでの社会人にはなかったほどの圧倒的な行動意欲(越境、副業、起業、有志活動…)を、もう一方に圧倒的なリアリズムを提供していることは興味深い。
いわば「行動するためのコスパ志向」と「行動しないためのコスパ志向」は、同じ言葉を源にしながらも、若年層に全く異なるキャリア形成様式を生み出している。確かに両者の外形的価値観は酷似しているが、一律に「若者」と括ることの意味は全くない。企業に求められているのは対象とする若者の様式に合わせて、職業生活上の行動が起こしやすい環境・起こすことができる環境を提供することであり、その機能の高低・巧拙により、次の時代の新たな「人で勝つ」企業が決定していくだろう (※2)。

(※1)広告の文言より「ニトリ世代」などの呼称がある
(※2)若年層における職業生活上の行動の重要性については以下調査がある。リクルートワークス研究所,2020,『若手社会人のキャリア形成に関する実証調査』結果報告書

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