特別対談 行動は「コスパが悪い」のか?新時代のキャリア形成論

2020年03月27日

新卒一括採用、終身雇用を礎とした日本的雇用システムが崩れ始め、転職、起業、副業など働き方の多様化が進んでいる。
他方で、根強い「石の上にも三年」言説や「社員のパラレルキャリアを快く思わない会社」など、新しい働き方を模索する若手は多くの壁に直面している。

今回は、「越境的学習」論など、パラレルキャリア研究の第一人者である法政大学大学院・石山恒貴教授と、リクルートワークス研究所・古屋星斗が、新時代のキャリアづくりの展望を語った。

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目次
キャリアづくりのルールが変わった
「1万時間の法則」は「好きなことを1万時間やる」ということ
「小さな行動」がキャリアを拓く
行動は「コスパが悪い」のか?
新時代、若手のキャリアをどう支える?

キャリアづくりの「ルール」が変わった

古屋昨今、「副業」や「越境学習」「サードプレイス」など、新時代のキャリアに関連するキーワードを耳にするようになりました。キャリアをめぐる新たなコンセプトや考え方が多く生まれている一方で、画一的なキャリア論が通用しない時代に変わってきています。
キャリアを取り巻く変化の中で、“大きな会社に入って勤め上げる”単線型のキャリアパスが若手にとって、説得力を失っていることを痛切に感じます。石山先生は、この現象をどのように捉えていますか。

石山前提として、「ひとつの会社で勤め上げるべき」や「一度は転職するべき」といった「べき論」は本質的ではありません。若い世代も含め、一つの会社に勤め上げるもよし、副業や転職といった道も良し、選択は自由です。
では、本質的な論点とは何か。それは、「キャリア観」や「仕事への姿勢」が、若い世代と上の世代で違うことでしょう。
定年後の仕事を探す人に、やりがいを感じる仕事は何かと聞くと、怒りだすことがあるそうです。
★_MG_4219.jpg石山恒貴/法政大学大学院政策創造研究科長・教授

古屋うしてでしょう?

石山なんでも「仕事とは『やりたいこと』ではなく、『やるべきこと』だろう。『やりたいこと』なんて発想はわがままだ」、と言われたんだとか。
もちろん、世代論というのは気をつけたほうがいいと思っています。日本社会では、色々な年齢差別が生じやすく、世代の中でも個人差が大きいのに、この世代はこう、と決めつけないほうがいいと思います。

古屋そうですね。今回の調査でも、「若手社会人」というカテゴリーにも大きく4つの全く異なるグループがあることがわかっています。

石山若手でいうと、キャリア観に傾向はあるかもしれませんね。若い世代に比べて、従来の日本企業のマネジメントの「コマンドアンドコントロール」、つまり、目の前の仕事を言われた通り、きっちりこなすことになれてきた世代の場合、「やるべきこと」だけを重視するキャリア観が醸成されてしまう人もいるかもしれません。
しかし、会社に自分の全てを任せることが唯一の戦略ではなくなった今、日々の仕事についても重要なのは「自分が何をしたいか」を自覚することです。そして、若い世代ほど、そうした価値観を重視している人が多いように思います。

古屋私も、新人時代はとにかく、上から降りてきた目の前の仕事をこなすことが求められていました。だからこそ転職を経て、研究テーマを自由に考えて良いと言われたとき、これは大変だと感じたのも事実です。「自分が何をしたいか」は、日頃から考えていないと言語化できない。

石山人間誰しも、「言われたことをやる」方が楽、と思うのかもしれません。でも、これからの時代は「やらされる」仕事ではなく、「やりたいこと」を考える必要があります。
ですから、一概に「転職をすべき」や「一社に勤め続けるべき」と語るのではなく、「やりたいことを探す」ことへの重要性が、世代を越えて認識されるべきでしょう。
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「1万時間の法則」は「好きなことを1万時間やる」ということ

古屋「コマンドアンドコントロール」の話で感じたのが、目の前の仕事をこなす時の作法で、パラレルキャリアに臨もうとしている若手が多いことです。よく私はキャリアの相談をいただきますが、よくあるのが「社外で活動するときは、事前に許可を会社にとるべきかどうか」という話。忠誠心が高いというか、若手はみんな真面目なんです。

石山「忠誠心」文化は、学生時代にルーツがあるかもしれません。部活動などで、本当に上下関係が厳しく、1年生は言葉すら自由に発することが許されないということも多い。部活動の経験者は「礼儀を学べたから良かった」と言いますが、こうした「我慢」のカルチャーは本当に必要なのか?と、少し疑問です。

古屋:我慢といえば、よく「石の上にも三年」と言いますよね。部活動は、その顕著な例かもしれません。他にも、特定の分野で秀でたいなら最低1万時間は努力すべきだ、といった通説もあります。
★_MG_4183.jpg古屋星斗/リクルートワークス研究所研究員

石山いわゆる「1万時間の法則」ですね。あの話の前提は、好きなこと、やりたいことだから、継続的に打ち込めて、1万時間になるわけです。無理してやりたくないことに取り組む1万時間は単に苦痛ですよね。

古屋「1万時間、耐え忍ぶこと」だと思い込んでいる人は、案外多い気がします。

石山そうですね。ただ、「好きなこと」や「やりたいこと」は、簡単に見つからないケースが多いです。だからこそ、上司が「これは、君の好きな仕事かもしれない。やってみたら」と適度に機会を与えてくれる環境は大切だと思います。
「やりたいこと」とは、日常的に挑戦を積み重ねるうちに、なんとなく見つかっていくもの。ある日突然、天から降ってくるものではないはずです。

古屋同感です。「自分の人生のミッションはこれです!」というような、確固たる「やりたいこと」がある人はほとんどいないと思っています。就活に直面して言わされているケースは多いかもしれませんが、本来は日常の中で変化していくものですよね。むしろ、「やりたい」と言っていることへの過剰なこだわりが、結果的に未来を捻じ曲げてしまう可能性もあります。

石山そうですね。「目に見えるもの」としてのやりたいこと、にこだわらないことは大切です。というのも「やりたいこと」は意味付け次第で変わることもあるからです。
有名なのが、武蔵大学の森永雄太教授からお聞きした、東京ディズニーランドのカストーディアルキャストの話。カストーディアルキャストは、パークの清掃を担当するため、昔は不人気職種であったそうです。
ところが、自分たちの仕事への意味づけを、単にパークの清掃をするだけでなく、パークを保護・管理してゲストのハピネスを追求すると変化させたところ、清掃にとどまらず、パークの地面に水でキャラクターの絵を描く、といったクリエイティブな発想が生まれたのだとか。
仕事の意味づけをゲストに幸せを届けることとみなすことができれば、「やりたいこと」は、「目に見える」職種の枠組みにとらわれず、様々に工夫することができ、意味づけ次第でモチベーションは変わっていきます。

「小さな行動」がキャリアを拓く

古屋確固たる「やりたいこと」は簡単に見つかるものではない。だからこそ、私は「スモールステップ」、つまり「小さな行動」が大切だと提起しています(第4回 スモールステップ:輝く若手、共通の特徴)。
自分がやりたいことをまわりに話してみたり、少し興味のあるイベントに行ってみたり、気になっている人に会いに行ったりしてみる。こうしたステップの積み重ねをして、それを振り返ってみて、初めて「自分はこれが好きかもしれない」「これが向いているかも」と、気がつくことがあります。
その結果、本当に「やりたいこと」が見つかる可能性が飛躍的に高まるのではないかと。
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石山そうですね。何か一つの「やりたいこと」を、焦って見つける必要はないでしょう。しかし、学校では「やりたいことを見つけよ」、と就活セミナーやキャリア教育で必死に教えている。
当の学生は、何かひとつの「やりたいこと」が見つからず、自信喪失してしまうことも少なくありません。「自分は特にやりたいことがないので……」となってしまう。

古屋私もよく講演などで「小さな行動が大切だ」と話すと、「好きなことをやってみたけど、仕事として食べていけないと思いました」とか、「そもそも好きなことが見つかりません」といった相談をもらうんですよ。自分が「好きなこと」を限定して追い求めることの「危うさ」を感じます。

石山「本当に好きなこと」なんて、一生分からないかもしれない。だからこそ、「小さな行動」を通して探し続けていけばいい。「好きなこと」の範囲を限定せず、いろいろと試すことが大事なんです。

古屋:何かひとつの「好きなこと」を無理に定めて、自分の行動範囲を狭めているとしたら本末転倒です。他人よりエネルギーが発揮できて、「ちょっと好きかも」と思えることを探していくことが大切です。

行動は「コスパが悪い」のか?

古屋それから、こうした「行動」の話をすると「コスパが悪いからやりたくない」という若者が意外といるんです。ちょっとしたイベントに行ったり、人に会いに行くのはコストに見合わないのだとか。

石山キャリアづくりは、短期的なリターンが明確ではありません。ですから、「コスパ」と言われると、難しいですよね。逆に言えば、自分自身のパフォーマンスやゴールを設定できているなら、そこに向かって頑張ればいい話です。
一番問題なのは、自分にとっての「パフォーマンス」がよく分かっていないのに、「コスパが悪いから何もしない」と言っているパターンです。
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古屋
同感です。とはいえ、若者の間で「コスパ」は広くキーワードになっていると感じます。就活や転職でも「コスパの良い会社」という言葉は良く出てきます。

石山私も企業に勤めていたころは、「社外に学びにいく『越境学習』なんて、コスパが悪い」と言われることもありました。社内での活動ならまだしも、社外での行動なんて評価に繋がらないし、コスパが悪いだろう、と。
会社に言われた通りに仕事をこなして、社内人脈を形成して、その中で仲良くすることで、出世ができると信じられてきた時代だったのかもしれません。

古屋確かに、パフォーマンスを「今の会社で生涯年収3億円稼ぐこと」と置いた場合は、社内での活動のみがそれに貢献するわけですから、社外の活動はコスパが悪かったのかもしれませんね。

石山:でも、現代のほとんどの人のパフォーマンスとは、おそらく「楽しく充実した生活」を送ることですよね。そう考えると、実は「小さな行動」を通して、自分の「楽しみ」や「やりたいこと」を探す方が、結果的にはコスパがいいと思うのですが。

新時代、若手のキャリアをどう支える?

古屋いろいろと議論を深めてきましたが、最後に「若手キャリアのこれから」のお話を伺わせてください。2020年代に入った今、若者はどのように働き方やキャリアづくりを考えるべきでしょうか。

石山変化の予測がつかない時代になったことは確かです。とはいえ、「一社積み立てキャリア」を選ぶのも自由ですし、試行錯誤しながらさまざまな働き方を試すのもいいでしょう。
繰り返しになりますが、まずは自分がどんな働き方がしたいのか。それを考えるのが大切です。

古屋そうですね。だからこそ、「小さな行動」が機能する結果になっているのだと思います。では、企業や社会はどのように若者のキャリアを支えていくべきでしょうか?

石山企業や社会がパターナリスティックに介入して、若手社員の「安心安全」を保証する必要性はないかもしれませんね。
ありがちなのが「こうやってキャリアを積むべき」といったレールを引いてしまうこと。
そうやって過保護に取り扱うことで、むしろ若者の選択肢を狭めているかもしれません。

古屋すぐに正解を押し付けず、自分たちで考える余地を残すということですね。それで言うと、とある居酒屋チェーンの新入社員研修の事例を興味深く感じました。
その会社の研修は、座学でマナーやオペレーションを教えるのではなく、上下関係のない研修店舗を設けているんです。先輩や上司の介入はほとんどなし。成功例を押し付けず、同期だけで試行錯誤して店舗を回すように指示し、考えさせます。
すると、育成効果だけでなく、新入社員の定着率もぐっと上がったそうです。父権主義的にノウハウを押し付けるのではなく、自分達で発見や試行錯誤をして「自分ごと化」させることの良い事例と言えます。
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石山
それはいい話ですね。なんらかのセーフティネットは必要ですが、「この通りにやりなさい」といった押し付けはよくないですね。

古屋:「親切」のつもりが、「余計なお世話」になっている可能性もありますからね。


今回は、「新時代の若手キャリア」をテーマにお話ししてきました。
「1社積み立てキャリア」が説得力を失うなかで、キャリアづくりのルールが変わってしまったこと。その結果、「やりたいこと」を自分で見つける必要が出てきたこと。見つけるために「小さな行動」をしながら自分で考えていくことの有効性。そして、社会や企業はそれを受け入れ、干渉しすぎずに「見守る」こと。
こうしたポイントが、2020年代のキャリアの「命運」を握るカギになりそうです。

サマリー
①ルールが変わった。自らキャリアを築く時代に
②「小さな行動」でやりたいことを探す、というコスパの良いやり方
③企業や社会は「親切」しすぎず、見守る姿勢を貫け


★_MG_4004.jpg石山恒貴
法政大学大学院政策創造研究科研究科長 教授
博士(政策学)。一橋大学卒業後、NEC、GE、米系ライフサイエンス会社等を経て、現職。新時代の社会人のキャリア形成研究の第一人者として、越境的学習をはじめ、キャリア開発、人的資源管理論等の観点から、組織と人の新しい関係を提言する。フリーランス協会アドバイザリーボード、NPOキャリア権推進ネットワーク授業開発委員長、一般社団法人ソーシャリスト21st理事等、自身も研究に留まらず幅広く社会活動を行う。 『越境的学習のメカニズム』2018年・福村出版、『パラレルキャリアを始めよう!』2015年・ダイヤモンド社など、著書多数。


(執筆:高橋 智香)
(撮影:平山 諭)