リモートワークからはじまる人事改革 ──大久保幸夫
働き方改革が盛り上がっても一向に進まなかったリモートワーク(テレワーク)が、新型コロナウイルス感染症によって一気に進んだ。
日本経団連が加盟会社に対して行った調査では、緊急事態宣言下でテレワークを行った企業は97.8%、東京商工会議所が5-6月にかけて会員企業に実施した調査では67.3%がテレワークを導入していると回答している。
実際にリモートワークを経験してみての評価は使用者側も労働者側も賛否両論分かれている。ストレスが溜まる・疲れる、生産性が上がらないなど、うまくいかない個人や会社の阻害要因も具体的に見えてきたように思う。
原因としては、家庭内の仕事・IT環境や、ビジネスルールとしての書面主義・押印原則・対面主義などがあげられるが、もっとも大きな問題は「時間管理」や「評価」といった人事制度やマネジメントではないだろうか。
リモートワークは良くも悪くも
仕事時間と生活時間の境界をあいまいにする
リモートワークだといつ働いているのかわかりにくい。労働時間は賃金計算のベースにもなり、健康管理のベースにもなるものなので、様々な方法を使って、リモートワークの労働時間を測定しようとする。たとえばパソコンのIN/OUTを出勤と同じように扱って、おおよその勤務時間帯を把握するという方法をとる企業もあるだろう。なかにはカメラによって、ほんとうにパソコンの前にいるかどうかを確認するしくみを導入しているところもある。しかしやりすぎると管理を超えて監視になってしまう。
労働法では、リモートワークによって労働時間の把握が難しい場合は、一定基準を満たせば事業場外みなし労働時間制を使う方法を提示している。しかし、これも本質とはずれているように私には見える。把握できないからみなしにするのではなくて、リモートワーク自体が、仕事時間と生活時間の境界をあえてあいまいにすることによって生産性を向上させる働き方だと考えるからである。
9時から5時まで働く、というならば、リモートワークのメリットは通勤時間の削減でしかないが、実際にはそれ以上のメリットがあると思う。
たとえば、仕事と育児や介護を両立している人にとっては、子供のケアが必要な瞬間や親の介護でケアが必要な瞬間は、そちらに時間を割き、また落ち着いたら仕事に戻るということができる。これは在宅で仕事をしているから可能になることである。
また、考えることを求められる仕事であれば、集中できるときや気持ちがのってきたときに仕事をして、そうでないときは思い切って趣味や休息の時間にするという切り替えができる。それによって、限られた24時間をもっとも「生きた時間」にすることができ、生産性を上げることができるのである。
このような働き方こそリモートワークの最大の利点だと思う。
管理は、創造性やワークライフバランスを邪魔する可能性がある。また労働時間に応じた賃金は生産性向上と逆行する可能性すらある。
ではどうするか。労働政策においても検討する必要があり、人事制度やマネジメントにおいても検討する必要があるテーマであろう。
リモートワークでも部下のモニタリングは重要
しかしプロセス評価は本当に必要か
リモートワークによって、部下が目の前からいなくなると、管理職は仕事の進捗状況がわからなくなり、仕事の取組評価もできなくなる。
進捗管理については、答えははっきりしている。仕事をアサインするときに、ゴールやスケジュールを明確にしておくことであり、定期的に時間を決めて、進捗状況の確認をすることで解決できる。
ただし、評価の問題については難しい。人事制度やマネジメントに踏み込んだ、大きな改革を求めることになるかもしれない。
日本企業の多くは、一般社員の人事考課について、成果とプロセスを1:1で評価している。詳細は表にある通りだが、プロセスを評価するために、管理職は日常的に取り組み姿勢や態度を見ておかなければならないのである。
出所:リクルートワークス研究所「人材マネジメント調査2017」
*東証一部上場企業を対象とした調査
このルールはリモートワークとは相性が悪い。リモートワークを本格化させるならば、人事考課のルールを変えた方が無難である。
一番簡単な方法は、成果だけで評価するように変えるということだろう。
しかしそうなるとまさしく成果主義であり、1990年代後半から導入してうまくいかなかったという記憶が蘇ってくることになる。
もう一歩先へ進めるならば、人事考課による報酬の上下を低めに抑える。さらには期間評価そのものをやめてしまう(いわゆるNo Rating)ということになるだろう。
スペシャリスト系職種であれば職務等級で、プロフェッショナル系職種であれば役割等級制度で、基本給を決め、中期的にはこの等級の上下に成果や貢献による評価を反映させるという方法である。
プロセスを評価するということは、一般社員からすると「頑張っているところをみせなければいけない」という意識が働き、長労働時間を誘引してしまう。管理職からすると、常に部下をみていなければならないという意識が働き、1年中人事考課をやっているような状態になる。
これらの課題はリモートワーク以前からあったものだが、この機に見直すべきなのかもしれない。
リモートワークの是非を分けるのは生産性の評価
そしてそれは2つの人事思想で決まる
労働時間管理や評価・報酬制度の根底には、人事思想の本質がある。
それは
1、 社員を自律したプロフェッショナルとして育てる
2、社員を信頼する
という2つである。
もしもこの2つが根付いている組織であれば、もはや労働時間管理や人事評価に多くの時間を費やす必要はなく、リモートワークは生産性の向上に寄与するはずなのだと思う。
労働時間は自己申告で良い。社員を信頼しているならば、さぼるのではないかと心配する必要はないし、さぼってもいいと割り切れる。働き過ぎて健康を害することがないように、支援のしくみを整えておくだけでいい。
人事評価はいらない。そもそも評価は顧客や社会からもらうものである。評価はモチベートの重要な機会だと思うかもしれないが、プロであれば、信念や利他性をエネルギーとしてセルフ・モチベートするので、形式的なモチベートのしくみはいらない。
そこまで突き抜けてしまえば、コロナ禍というきっかけによって、人が活き活きと活躍する企業へと変身できるに違いない。
リモートワークに対する評価は賛否両論だと冒頭に述べた。これから多くの企業が新しい日常についての方針を発表するだろう。「リモートワークでは生産性が上がらなかった」という短絡的な結論に留まるのではなく、その先まで進化させていきたいと思う。