不安定な時代こそ「人とのつながり」の価値が高まる──大嶋寧子
新型ウイルスの影響により、人とリアルに会うことが、とても難しくなっている。在宅勤務や外出自粛の要請により、打ち合わせも、おしゃべりもオンラインで行うことが増えた。
毎日顔を合わせるのが当たり前だった上司、部下、同僚、日程さえ合わせればいつでも会えた友達とは、パソコン画面の「向こう」と「こちら側」で、コミュニケーションを取ることが普通になった。
人と「会う」ことの意味は、今回の新型ウイルスへの対応を機に、大きく変わりつつあるのではないかと思う。
人とのやりとりの方法が変わろうとする一方で、変わらないと確信できるものもある。それは、個人にとっての人とのつながりの価値だ。むしろ、人とのつながりの価値はこれから、これまでとは比べものにならないくらい、大きくなるのではないか。
以下では、その理由を考えてみたい。
人とのつながりがストレスを軽減し、キャリアの見通しを持ちやすくする
1つ目の理由は、変化の大きいこれからの社会で、人とのつながりが心の健康や幸せを保つことを助けてくれる、という点にある。
これまで多くの研究が指摘してきたように、良好な人間関係は、精神的な支援や物理的なサポートを提供し、個人の幸福感と深く関わっている。また、予想外の出来事がもたらす精神的な負荷の高い状況で、その負荷を軽減し、健康を維持することに貢献することも強調されている。
今、世界は、新型ウイルスがもたらした危機に直面しているが、これからも経済の大きな変動や自然災害など、予測不可能な危機や変化はさまざまな形で訪れるだろう。その時に、人とのつながりやそこから得られるサポートは、個人の心の健康を支え、次に踏み出す力をくれると考えられる。
実際に、リクルートワークス研究所の調査「五カ国リレーション調査」でも、「突然仕事を辞めることになっても希望の仕事につける」と感じている割合は、交流のある人がない人(32%)と、人とのつながりが多い人(64%)で2倍ほどの差があった(図表1)。
図表1 「突然会社を辞めることになっても、希望の仕事に就ける」と感じている人の割合
人とのつながりには「新たな挑戦を支える」という価値がある
2つめの理由は、人とのつながりが、個人の「新たな挑戦を支える」働きがあることである。OECD(2018)が「世界の32%の仕事内容が変化し、14%の仕事が自動化しうる」と指摘するように、今後は、テクノロジーが人の仕事を代替していく。そうした時代には、生活の基盤や働きがいを提供してくれた勤め先や仕事を離れて、新たな仕事を模索する機会も増えるだろう。
その時、力になるのが、人とのつながりだ。先行研究では、必要な時に手助けや励ましをくれる親密な関係があることが、個人の新たな挑戦や発見、成長を促すことが指摘されている(※1)。キャリアチェンジの研究でも、精神的な拠り所を提供してくれたり、知恵や手助けをくれたりする他者との結びつきが、次のキャリアを模索する行動を促すとの見方がある(※2)。「失敗しても大丈夫」「帰る場所がある」と思えることが、挑戦する勇気をくれるのだ。
他者がくれる違和感が、自分の殻を抜け出るために必要になる
3つ目の理由は、人とのつながりが、自分の殻を破り、新たな情報を手にする有益な手段になるということにある。すでに私たちは、「自分」のために選別された情報に囲まれて暮らすようになっている。インターネットの閲覧や購入履歴に基づくプロファイリングとレコメンドにより、自分の関心に近い商品やニュース、コミュニティを紹介され続けている。
今後、デジタル化が進み、個人情報の収集と利用が拡大すれば、その傾向はますます強まると予想される。しかし、アクティビストのイーライ・パリサーが10年ほど前から指摘してきたように、好みに合わせてニュースや投稿、サービスがカスタマイズされる社会では、私たちは「自分の世界観に疑問を持ったり、視野を広げる情報に触れる機会」を失いかねない。
新しい価値観や世界を再発見していくためには、他者の異質な価値観に触れ、自らに化学反応を起こすことが重要だ。多様な人とのつながりを持てているか、その人との対話を通じて、自分の視野を更新していけるかどうかが、社会の向かう先を見通し続ける上で、重要になるのではないか。
働いているのに4割の人がリレーションを持っていない衝撃
昨年度、リクルートワークス研究所は、人と人、人と企業、そして企業の経営におけるリレーションに着目した研究プロジェクトを実施し、2020年3月30日に報告書を公表した(『【提言ブック】マルチリレーション社会ー多様なつながりを尊重し、関係性の質を重視する社会ー』)。筆者はそのプロジェクトのメンバーとして参加し、国内の就業者3000人に対して、人とのつながりの実態を把握する調査を2019年12月に行った。
調査の結果によれば、1ありのままでいられる安全基地としての性格(これをベース性と呼んでいる)、2同じ目的を共有する仲間としての性格(これをクエスト性と呼んでいる)のいずれか、または両方を備えたリレーションを1つ以上保有する人は、全体の約6割。働いていても、約4割の人は、そうしたリレーションを持っていなかった。
ベース性やクエスト性のあるリレーションを持つ人とそうでない人を比べると、あきらかに後者で幸福感やキャリアの見通しを持ちにくい傾向もみられた。新型ウイルスの影響で、人と自由に会うことが難しくなる以前から、人とのつながりに格差が生じていたのだ。
つながり格差を解消するために、個人と政策にできることがある
今後、個人にとって人とのつながりの価値が高まるのであれば、つながりの格差に対して、個人としても政策としてもできることをしていく必要がある。
例えば、国内の就業者に対する調査の結果を分析したところ、「ちょっとした手助けをする」「助言を求める」「自分を振り返る」「自分を伝える」といった小さな行動が、リレーションを持つことと関わっていた。これらは物理的に人に会うことは難しい今でも、インターネットを活用することで十分とりうる行動だ。
また、1日に自由にできる時間が極端に少ない人、世帯所得が少ない人で、リレーションを持たない割合が高かった。近年、政府は長時間労働の是正や休暇の取得促進、賃上げの推進などの時間とお金の余裕を生み出す政策を推進してきたが、つながりの格差を是正するために、そうした政策を一層推進していく必要がある。
より大きな目線では、リレーションの重要性や可能性について、社会的な関心をひろげていくことも重要だろう。そのために、リレーションに関する社会的な対話を推進したり、教育プログラムやキャリアカウンセリングで、リレーションについて取り上げることも重要だろう。
先行きの見えない今だからこそ、誰もが、豊かなリレーションを持てる社会に向けて、対話を重ねていきたいと思う。
※本コラムのデータや提言は、『【提言ブック】マルチリレーション社会ー多様なつながりを尊重し、関係性の質を重視する社会ー』に詳しく記載されています。
(※1)Feeney, B. C., & Thrush, R. L. (2010). Relationship influences on exploration in adulthood: the characteristics and function of a secure base. Journal of personality and social psychology, 98(1), 57.
(※2)Herminia Ibarra(2004) Working Identity: Unconventional Strategies for Reinventing Your Career : Harvard Business Review Press