博士のその後は闇か?──坂本貴志

2019年12月19日

日本企業は博士人材を活かしきれていないとよく言われる。それはつまり、博士課程に進学し学位を取得しても、それに期待する賃金を得られていないということを示唆している。しかし、博士課程を修了した者のその後の賃金がどうなるのかはそこまで多く語られていない。ここでは、博士課程を修了した者の平均年収に着目して分析を行ってみよう。

博士卒の平均年収は高い

まずは、各学歴別に平均年収がどうなっているのかをみてみよう。ここでは、リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査(JPSED)2019」を用いて、博士課程修了者の平均年収を分析する。

まず、学歴別に平均年収をみたのが図表1となる。これをみると、日本において、学歴は平均年収を説明する大きな要素となっていることが確認できる。短大卒業者(239.3万円)が修業年数に比して平均年収が低かったり、工専卒業者(458.8万円)がそれに比して平均年収が高かったり、いくつかの例外はあるものの、概ね修業年数に応じて平均年収が高くなっている。ちなみに、短大卒業者の平均年収が明らかに低いのは、短大卒業者には年配の女性が多く、パート従業員などが多いことによるものと思われる。そして、今回の焦点である博士課程修了者(738.1万円)に関しては、圧倒的に平均年収が高い結果となっている。

図表1 学歴別の平均年収sakamoto01.jpg出典:リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査(JPSED)2019」
注:ウエイトはxa19を使用

人文科学・社会科学系ですら、博士課程修了者の方が平均年収が高い

しかし、勘の良い方は、これが医師による影響なのではないかと推察されることだろう。医師は博士課程に進学する人が多く、また医師は往々にして高額所得者でもある。そこで、学問の専攻別に平均年収をみてみよう(図表2)。

ここでの結果も明確である。すなわち、博士課程修了者の平均年収が最も高い。医学、薬学専攻者は博士課程進学のプロセスが他とは異なるので注意してみる必要があるが、それ以外でも明らかに学部、修士、博士と学歴が高まるにつれて平均年収が高くなっている。自然科学系でみると、博士課程修了者(656.5万円)は修士課程修了者(592.3万円)より1割程度、学部卒(460.2万円)より4割程度、平均年収が高い。一般的に、博士進学が不利とされる文系つまり人文科学・社会科学系の博士課程修了者(566.9万円)でさえ、修士課程修了者(524.9万円)や学部修了者(406.1万円)より平均年収が高くなっているのである。なお、医学、薬学を除いた年収の分布をみても、やはり博士課程修了者の年収は明らかに高いことが確認される(図表3)。

もちろん、学歴の効用を述べるときに、それがその学歴に進んだ人の能力が単に高いだけなのか、勉学を行うことで能力が向上したからなのかの識別を行うことは難しい。このため、博士に進むから賃金が高まると判断するのは早計かもしれない。しかし、この結果をみると、世の中がいうほどに博士課程に進学することが悪手であるとは思えない。

図表2 学歴・学問の専攻別の平均年収sakamoto02.jpg出典:リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査(JPSED)2019」
注:ウエイトはxa19を使用

図表3 学部、修士、博士課程修了者の年収の分布(医学、薬学が専攻である者を除く)sakamoto03.jpg出典:リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査2019」
注:ウエイトはxa19を使用

博士課程進学に対するネガティブな印象を過度に喧伝することに意味はあるか?

博士課程に進学しても意味がない。日本の大学院教育は失敗である。こういった世の中で流布されている論評は本当なのか。極端な例でいうと、博士に進学した者の多くが行方不明になるという話しすらあるが、これは事実を正確に描写したものといえるだろうか。

なるほど、当事者にとっては、博士に進学をするということは就職を遅らせるということであり、どうしても学部や修士で就職をした者と比較してしまうし、自分の未来に対して不安を感じることは避けられないことである。しかし、それと本当に博士進学者が損をしているのかといった問題は切り離して考えなければならない。実際に博士に進学した者のその後の収入は決して低くないからだ。

今回の分析から見えてきたことは、少なくとも、博士課程への進学に対して過度に不安をあおることは不適切であるということだ。博士課程進学のメリット、デメリットに関しては、もっと正確な情報を蓄積すべきであろう。そして、何より当事者に対して、将来への明るい展望を抱きながら、本分である学業に励んでもらえるような環境を創出したいものだ。

近年、AIなどの技術が発展し、頭脳を使う仕事への期待はますます高まっている。学び直しも、近年、急速に着目され始めている。いったん大学を卒業して社会人になった後に、大学に戻って研究を行い、その知見をビジネスに還元することも今後さらに重要となってくる。多くの人材が博士課程で研究を深めることが、人的資本の向上につながり、ひいては企業の利益の向上、我が国の競争力の向上にもつながるはずだ。