新卒採用で成績を重視する企業は6.7%──茂木洋之
就活を優先したい学生
2020年卒の新卒採用が落ち着きつつあるのも束の間、2021年卒の新卒採用も始まりつつある。就活は人生の一大イベントであり、学生は学業よりも就活を優先したいだろう。一方で大学には本分である学業にも力を入れて欲しいという声がある。
就職活動をする学生にとって、人事が学生の何を見ているかは大きな問題と言える。そもそも企業は就活の際に学業について見ているのだろうか?学業をしっかりとしたところで、希望する企業に就職できるのだろうか?
昔は就職の際にA(優)の数が重要だったという話もあるが、その実態はあまりよくわかっていないように思う。(※1)今回のコラムでは、新卒採用の際に大学での成績を見ている企業がどれくらいいるかを実際に調べてみよう。
大学の成績を重視する企業はやはり少数
リクルートワークス研究所が毎年実施している「大卒求人倍率調査」で収集した企業データを使用する。 (※2)調査は2018年2~3月に実施されたもので、2019年4月入社の新卒採用を実施予定または実施中の企業に対して、「2019年4月入社の新卒採用活動において、以下の施策を行いますか、または行う予定がありますか。」という質問である。回答として、「大学の成績の重視」、「従業員からの紹介」などがあり、企業は該当するものに〇をつける(複数回答可)。結果は図表1のようになった。
まず全体では、採用活動において、大学の成績を重視する企業は6.7%という数値となった。回答項目に挙げた9施策の内、4番目に低い割合である。6.7%という数値は一般的に考えると低い数値と言える。筆者を含めた多くの人が、新卒では大学名は重視されるが、成績は見られないという印象があると思う。データの上でも日本の企業は就活の際に、ほとんど成績を重視していないことがわかる。 (※3)
この結果の留意するべき点として、「大学の成績」という項目であるため、いわゆる「学業」の重視とは若干異なる。成績を重視していないというだけで、学業自体は重視している可能性は大いにある。実際に大学でどのようなことを学んだかということや、ゼミへの取り組みなどは面接でも話題になることが多い。この「大学の成績の重視」が6.7%という結果は、大学での学業の重視という視点からは、低く見積もった数値と捉えていいだろう。
職場でのOJTを重視する日本企業
何故企業は大学での成績を重視しないのだろうか。企業側から見て、大学の成績表を学生に提出させるコストは低い。また学生側から見てもエントリーシートを書くことよりよほどコストは低いだろう。
一つは日本的雇用慣行、特に正社員を中心としたOJTの重要性がある。日本企業は古くから新入社員を一括採用し、長期雇用の前提の下、職業訓練を重視する傾向がある。よって大学で培ったものはあまり見ずに、入社してからの企業による人的投資などで、必要なスキルを身に付けさせるという考えが主流となっている。そのOJTの投資価値を判断するために、成績よりは、大学名などいわゆる学歴のみを重視する。
もう一つは大学の成績が学生の能力のシグナルとして機能していない可能性がある。簡単な例だと、同じ統計学入門の講義でも、大学や教える先生によってそのレベルは様々だ。数理的で高度なプログラミングスキルが要求される授業がある一方で、基本的な概念の説明に終始して、実用レベルまでいかない授業もある。同じ「A」の成績でも両者を同一に扱うことは無理があろう。この場合だと大学の成績を重視してもほとんど意味がないと言える。企業が大学の成績を重視しないことにも一定の理由がありそうだ。
情報通信業・機械器具製造業では成績を見られている
一方で成績を重視する企業も確かに存在する。新卒採用で大学の成績を重視する企業の特徴の詳細を調べてみよう。被説明変数を「成績を重視している=1、重視してない=0」として、説明変数に企業規模や業種として、計量分析した。(※4)結果は図表2となった。まず上場している企業の方が、していない企業と比較して、成績を重視する確率が3.7%ポイント高い。この理由として上場していない企業は資本金が充実しておらず、知名度が相対的に低いため、人が集まりにくく、成績を見ての採用というよりは、人員確保が最優先となっているためと考えられる。同様の傾向は企業規模からも判断できる。従業員規模100人未満の企業と比較して、従業員規模100人以上の企業では、全ての従業員規模で成績を重視する傾向にあることがわかる。これらは統計的にも有意な差である。
続いて業種別にみてみると、建設業と比較して、機械器具製造業、情報通信業、電気・ガス・熱供給・水道業がそれぞれ6.5%ポイント、5.7%ポイント、11.4%ポイントと統計的に有意に高い。一方で小売業と飲食店・宿泊業はそれぞれ4.7%ポイント、7.1%ポイント統計的に有意に低い。成績を重視する企業が6.7%であることを考慮すると大きな数値と言えるだろう。
業種別に差が生じる理由としては、その業界と大学での学びの接続が一因である。例えば小売業や飲食店・宿泊業は一部の学生を除いて、大学で学んだことは社会人になってから適用しにくいだろう。(※5)一方で情報通信業については、ITスキルなどが社会人になっても使用できる可能性が高い。特にITスキルについては、新卒でも一定レベルのスキルを要求されることも少なくないと聞く。機械器具製造業も同様で、一部の技術系職種の採用に成績が使用されていると推察できる。電気・ガス・熱供給・水道などインフラ系の業種で高い理由は、様々な職種をローテーションするため、ある種の真面目さのようなものが要求される。大学の成績はその代理指標として使われているのではないか。またインフラ系の業種は、堅実な企業風土も関係しているかもしれない。似た傾向は、統計的には有意ではないものの、金融・保険業の3.3%ポイントという結果からも見て取れる。
労働市場でのスキルと大学教育の接続を
今回の結果からわかることは、まず大学教育で培われるスキルと、労働市場でのスキルの接続の重要性だ。上述の通り、従来の日本的雇用慣行では、企業は新入社員の職業訓練を重視し、大学での学業は重視しない傾向にある。転職者が増加している昨今では、企業が労働者に人的投資するインセンティブは低い。またテクノロジーなどはここ10数年で各段に進歩したため、入社後の訓練のみでは太刀打ちできない場合も増えていくだろう。その場合は一部の専門能力は大学での育成に期待されるはずだ。学生には大学で人的資本を蓄積し、新卒と言えども、即戦力が要求されるようなことも増加するだろう。IT系のスキルを持つ人が好待遇などで採用されているのはその兆しだ。また今後は修士や博士の学位を持つ学生が優遇されるケースも増えると思う。そもそも教育サービスは労働市場における一種の派生需要であるから、企業教育の一部を大学が負担するという流れは自然である。大学の教育機関としての価値が労働市場において高まるという意味では、望ましい傾向と筆者は考える。
ただ労働市場でのスキルと大学教育のつながりが過度に強まると、メジャーという視点からは、工学を含む理科系の学問や法学・経済・経営学など一部の実学よりの学問に人材需要が集中する。人文系の学問が軽視される可能性もあり、そこには懸念が残る。
図表1 2019年卒の新卒採用における施策
図表2 企業の属性が、採用の成績重視に与える影響
■参考文献
市村英彦(2016)「ヘックマン―サンプルセレクションによるバイアスは特定化の誤謬によるバイアスと解釈できる―」 『日本労働研究雑誌』No. 669, pp.10-14.
西山慶彦・新谷元嗣・川口大司・奥井亮(2019)『計量経済学』有斐閣.
(※1)例えば、弘兼憲史「学生島耕作 6巻」(p.52~53)には、主人公が就活のために優の数を気にする場面がある。
(※2)調査概要の詳細はリクルートワークス研究所「第35回 ワークス大卒求人倍率調査」を参照のこと。
(※3)話の本筋からはそれるが、「従業員からの紹介」や「新卒扱いの対象拡大(年齢、卒年)」がそれぞれ44.0%、27.7%と高い水準となっている。最近一部の企業で、全体の初任給の引き上げではなく、一部の優秀な即戦力の学生に高額の給料を提示する企業が出始めているが、「昇進の速い特別なコース採用」と「特別に初任給を上げた採用」はそれぞれ2.2%、2.8%とまだ低い水準だ。昨今の流れを考えると、これから上昇する可能性が高い。
(※4)ここで一つ問題となるのは、新卒採用をそもそも実施しない企業も存在するということだ。これは特に中小企業に多い。新卒採用をしている企業のみで分析をすると、分析内容に歪みが生じる(これをサンプル・セレクション・バイアスという)。この問題を回避するために、今回はヘックマンの2段階推定法を使用する。ヘックマン教授は労働経済学の分野で、サンプル・セレクション・バイアスについて指摘し、解決方法を提示した。この業績が主な理由で2000年のノーベル経済学賞を受賞した。ヘックマン教授の仕事の意義などについては市村(2016)を参照のこと。またヘックマンの2段階推定方法については中級以上の計量経済学のテキストに大体のっている。例えば西山他(2019)を参照。
(※5)飲食店・宿泊業や小売業が低い理由として、これらは人手不足業種の代表であり、成績云々よりは人員確保が優先されている可能性も高い。