「転職」が無くなる時。“コミットメント・シフト”の時代。 古屋星斗

2019年03月07日

転職市場が活況を呈している。2018年の有効求人倍率は1.61倍、1973年に次いで過去2番目に高い値となるほどに、いわゆる「売り手市場」の状況にある。このような市場の状況で個人のキャリアにおける転職も一般的になっている(※1)。
今回は活況を呈する転職市場のなかで特に若い世代において起こりつつある変化の芽について考えてみたい。本稿の結論を先に言えば、現状の「転職」は個人・企業双方にとって大きなリスクを孕んでいる。このため、今後の若年者の仕事の移行の形は、従来の企業から企業へと移行するのではなく、自分自身が何にコミットメントするかという観点で、仕事への関わり方を徐々に移し替えていく、いわば"コミットメント・シフト"が「転職」に置き換わっていくだろう。

キャリアを広げるために社外活動を行う若手

朝活、大学での学びなおし、副業・兼業、スキルを活かした業務委託、「サンカク」のような企業横断的な活動の支援サービス、「ローンディール」のような社外研修マッチングサービスまで、もはやキャリアづくりの場は1つの企業の中に留まらない。若手社会人にとって社外活動は、自身の次のキャリアを探し、作っていく場となりつつある。一例として副業に際しての目的を世代別にみてみたい(図表1(※2))。「転職や独立の準備」、「新しい知識や経験を得る」といった次のキャリアのステップに進む目的で副業を実施する者、さらには副業したいと思う者が、35歳未満の若い年齢層では35歳以上の年齢層と比較し高い割合となっている。

図表1:副業を行っている理由item_works03_furuya07_furuya190304_01.jpg

(なお、副業目的については、以下において詳細な分析・考察がなされているためこちらも参考にされたい。「所得補てんだけでなく、成長機会を求めて ―副業潜在層の副業目的 萩原牧子」

副業等の社外活動を次のキャリアのステップに繋げようとする個人が一定数存在することが示唆される。
また、副業に限らず、社外で活動をしている若手の転職意向も高い傾向がある。例えば学びなおしや勉強会、NPO活動といった社外活動を行い 、そうした場に"相談相手がいる"個人については、転職意向が高い傾向が、特に若手においては顕著である(図表2)。

図表2:「相談できる人」と転職意向(%)

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外観したように、若手社会人では、社外における活動について転職や独立などキャリアを広げるために行っている傾向が見えてきている。では、これからの具体的な転職像・キャリアの移行の在り方はどのように変わっていくのだろうか。

「転職」の前時代性

現代における転職というキャリア・トランジションの多くは、「100%のA社→100%のB社」の移行である。例えば、「3月末までA社の正社員で、4月1日からB社の正社員」という、今日の一般的な形式といえるだろう。
しかし、この移行形式は、企業・個人にとって大きなリスクを伴っている。転職希望者にとって知りたいが知りえない情報では、「配属される部署の雰囲気」、「レポーティングラインの上司や部下の特徴」、「キャリアパス」の3点が大きな要素として存在する(※3)。この3点については、"働く前に知ることが困難"である反面、逆に言えば特に前の2点については"働けばすぐにわかる"要素でもある。そして、現在の100%フルコミットから100%フルコミットへの転職ではこのギャップは埋めることが難しい。

企業にとっても同様のリスクがある。せっかく多額の採用コストをかけて採用した人材がすぐに辞めてしまう。辞めなくとも、想定していた活躍ができない、といったケースは頻出の事例であろう。このために、中途採用に対するハードルが不必要に上昇し、必要な職種の人材が充足しないまま業務が特定の優秀な人材に集中し、結果としてその優秀な人材が辞めてしまうという悪循環にも陥りやすくなる。これは、100%フルコミットからの100%フルコミットへの仕事の移行である、現代の「転職」の特性に伴うリスクである。
このように、現代の転職の在り方は、個人・企業の双方にとって大きなリスクを抱えているが、そのようなリスクを軽減しようと試行錯誤が始まっている。その次世代の仕事の移行の在り方は、所属組織に対するコミットメントの比率を下げて、別の活動にコミットし、その後にコミットメントの割合を移す形態をとるのではないか。

「転職」が小さな段差に。"コミットメント・シフト"のメリット

具体的な事例をいくつか紹介したい。図表3にまとめている。

図表3:"コミットメント・シフト"の具体例(※4)item_works03_furuya07_furuya_190304_hyou.jpg

主な事例を整理しているが、この中に様々な"コミットメント・シフト"の実例を盛り込んでいる。A・Bはコミットメントの水準を移し替えて最終的に現在の転職と同様の仕事の移行が完了している。C・Dでは、正規社員だった原職との関係を継続しながら仕事の移行を順に進めている段階にある。E・Fでは、原職との関係に限らずに継続的な関係を軸にしながら仕事の移行を進めている。
現在は図表3のように、大企業からスタートアップやベンチャー企業、起業・独立への移行がメインであるが、こうした仕事の移行の在り方は先述のようなリスクを軽減できる、個人・企業両者にとって大きなメリットがあることから、今後一層拡大していくのではないだろうか。「一緒に働いてみる」こと。次職の仕事内容、職場環境、そして上司の雰囲気までを確認するのにこれ以上の方法はないのである。そして、個人がその新たな職場を魅力的に感じれば自動的にコミットメントの度合いは上がっていくし、もし魅力的に感じなければその度合いは下がり、また、原職の良さを痛感するかもしれない。そこにあるのは、退路のない"ミスマッチ"ではなく、合わなくてもまだまだ次があるという服の試着のような"フィッティング"である。

図表4:現在の転職とこれからの仕事の移行のイメージitem_works03_furuya07_furuya190304_03.jpg

現代にいたるまで「100%のA社→100%のB社」の転職がスタンダードであった。しかしこの仕事の移行は大きなリスクを孕んでいる。「こんなはずじゃなかった」という転職者の後悔の声は多い。このミスマッチを減らすのが、"コミットメント・シフト"による仕事の移行、つまり、「100%のA社→80%のA社・20%のB社→20%のA社・80%のB社→100%のB社」といった移行形態である(図表4(※6) )。また、その想定される特徴を図表5にまとめている。

図表5:現代の「転職」と"コミットメント・シフト"の特徴の整理item_works03_furuya07_furuya190304_new55.jpg

人生100年時代やSociety5.0など、次世代の激動の時代が迫るなか、ひとりひとりの個人がより活躍するために、キャリアを安定的につくるための新しい仕組みが求められている。"コミットメント・シフト"の萌芽は、そのひとつの選択肢として芽吹きつつあるのではないだろうか。

(※1)2018年度上半期に10代・20代を中途採用した企業は58.1%(前年同期57.2%)、30代は66.8%(同66.0%)とボリュームが大きいことに変わりはないが、40代は48.8%(同43.5%)、50代では22.9%(同19.9%)と、40・50代の中途採用を行う企業が増加傾向にあることがわかる。(リクルートワークス研究所,2019,「中途採用実態調査」)。
(※2)図表1・2については、リクルートワークス研究所,「全国就業実態パネル調査2018」のデータをもとに作成。ウェイト値(x18)によるウェイトバック集計である。
(※3)リクルートキャリア,「転職決定者の声から、企業の採用進化のポイントが明らかに 求職者が転職活動で"知り得なかった情報"トップ3-「リクルートエージェント」 転職決定者アンケート集計結果-」より。①「配属される部署の風土や慣行」、②「配属される部署の職場長・メンバーの特徴」、③「将来のキャリアパス」が、知りたいと思っていたが、知ることができなかった情報の上位3ポイントであると整理されている
(※4)筆者が聞き取った事例の概略を整理したもの。
(※5)「原職」は一時的に離れていたもとの職務・職業、の意味であるが、本稿の"関係が継続している移行前の職務・職業"を示す語が存在しないことから、「現職」ではなくより意味が類似する「原職」を用いて表現している。なお、同表「次職」についても、表現したい内容が「転職後の職」ではないため便宜的に使用している。
(※6)米国等においてはこうした仕事の移行の潮流がみられており、ハーミニア・イバーラ,2004,"Working Identity: Unconventional Strategies for Reinventing Your Career"等において成功するキャリアづくりの在り方のひとつとして指摘されている。

古屋星斗

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