「Voice」を言える個人、「Voice」を聞ける職場 ―多様な働き方を叶える鍵― 中村天江

2018年03月22日

働き方の変化で、個人と組織の「契約関係」が変わる

兼業や週3日勤務、テレワーク…など、働き方の多様化が進んでいる。働き方が多様化すればするほど、個人と組織の契約関係は「個別化」していく 。ここでいう契約関係には、雇用契約だけでなく、心理的な契約も含まれる。

そんな環境下で、個人と組織双方が納得できる契約を結ぶためには、「Voice(声)」によるコミュニケーションが鍵となる(※1)。

労働市場の流動性が高い諸外国では、個人が労働条件について交渉することは珍しくない。しかし、その必要性がなかった日本では、個人は自身の希望を表明することに慣れておらず、組織は個人の要望を聞く重要性を理解しておらず、労働条件について組織がフレキシブルに検討するという風土もない。その結果、仮に勇気を出して個人が「Voice」をあげても、組織で排除されたり、批判でふくろだたきにされたりする。

しかし、働き方が多様化すればするほど、同質性の高い集団を前提としたハイコンテクストなコミュニケーションにもとづく、暗黙的な契約関係は通用しなくなる。個人が「Voice」を言い、組織が「Voice」を聞き、妥結点を見出すために双方が対話や交渉に臨む。このような明示的なコミュニケーションが重要になっていく。

多様な働き方と「Voice」によるコミュニケーション

個人の「Voice」にもとづくコミュニケーションの重要性は、既に、さまざまな場面でみられる。個人のキャリア形成、企業の人材活用、政府の働き方改革を例にひもといてみたい。

■個人のキャリア形成
若手社員が「花形の仕事がしたい」と言い、「そんなことを言う前に、今の仕事をしっかりやれ」と上司がつっぱねる。そんなやりとりは、よくある。
会社が人事権をもつ日本企業では、会社の辞令に都度、受け身で応えていくキャリア形成が、個人にとってある意味合理的だ。しかし、100年人生では、一時期仕事を離れたり、副業や転職したりが増え、キャリア形成のオーナーシップを自分で持つ必要が出てくる。
キャリアを自律的に切り拓く最初の一歩は、個人が自身のキャリア志向を言語化し、組織に伝えることだ。組織も、これまでのように一方的に配置や異動の人事権を行使するのではなく、本人のキャリアの志向を聞いたうえで、すぐにとはいわないまでも、中長期的にそのキャリアを歩めるようなステップを提示することが望ましい。個人が志向を表明し、組織がそれを聞き、現実的なキャリアパスにすりあわせていく。これからは、そういうコミュニケーションが重要になっていく。

■企業のダイバーシティ&インクルージョン
外国人、高齢者、女性…多様な人材に活躍してほしいと願う企業は多い。ダイバーシティ&インクルージョンを進めていく鍵も、「Voice(声)」によるコミュニケーションだ。
ダイバーシティ&インクルージョンで有名なある企業では、研修で、管理職の一番の仕事は社員の話を聞くことだと教えている。バックグラウンドや価値観、時間の制約が異なる社員に、組織目標に向けて能力を発揮してもらうためには、彼ら彼女らが何を考えているのか、同質的な社員だけで働くときよりもずっと丁寧にコミュニケーションをとっていくことが肝要だ。

■政府の働き方改革
政府の働き方改革のメインアジェンダである「同一労働同一賃金」では、法改正によって、正社員と正社員以外の賃金や教育訓練の差について、企業の説明義務を強化する見込みだ(※2)。正社員以外の形態で働く人々の待遇向上を目的とした法改正のため、待遇の説明というコミュニケーションによって、労働条件の透明性と納得度を高めていくことが期待されている。
しかし、企業が待遇について説明するようになると、社員に新たな不満がわきあがったり、交渉が発生したりする。現状は、労働条件について個人ごとにすりあわせる風土がないことから、今後は、説明をする側の組織も、説明を受ける側の社員も、互いにやり方を見つけ出していく必要があるだろう。

ひとりひとりとの「対話」は新たな労使関係

個人が意思を伝え、組織がそれを聞き、互いに納得できる契約内容にするために対話や交渉を重ねる。このような「Voice」による、個人と組織の間のコミュニケーションの重要性は、個人のキャリア形成や、組織のダイバーシティ&インクルージョン、政府の働き方改革の推進に通底する。

「Voice」による個人と組織の間のコミュニケーションは、広い意味で、労使関係のひとつとみなすことができる。

「Voice」による労使コミュニケーションを行っていくうえで(※3)、まず重要なのは、個人が希望を表明すること、企業がいったんそれを聞くこと、そのうえで対話や交渉を通じて互いに納得できる契約を結ぶということは、それぞれ別の次元にあることへの理解だ。職場の空気として、これらをないまぜにせず、それぞれテコ入れしていく必要がある。
働き方の多様化にともない、労使関係をどのように再構築していくか は、実は、長く懸案の政策課題となっている。正社員以外の働き手を企業単位の集団的労使関係に包摂することが構造的に難しいため、なかなかブレイクスルーできないからだ。

個人の「Voice」にもとづく労使コミュニケーションは、働き手ひとりひとりと組織とのミクロレベルでの労使関係で、日本的雇用の特徴である企業単位の集団的労使関係とはレイヤーが違う。近年の政策動向をみていると、個人レベルの労使コミュニケーションを強化する方向に進んでいる部分があるが、個人の「Voice」にもとづく労使コミュニケーションはまだ萌芽段階で、非常にこころもとない。

今後、働き方の多様化により、集団的労使関係とは別に、個人レベルの労使コミュニケーションの重要性が増していく。個人の「Voice」にもとづく新たな労使コミュニケーションを、働く個人ひとりひとり、組織ひとつひとつで創り出していく時機に来ている。

 

1 経済学者ハーシュマンが「Voice」と「Exit(退出)」の関係性について理論を提示している。
2 2018年3月時点の改正法案にもとづく。
※3 本稿における「労使コミュニケーション」は、労使協議や職場懇談に限らず、労働者と使用者の間のコミュニケーション全般を指している。

中村天江

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