「職業キャリアのブランク」から「ライフキャリアのリデザイン期」へ 大嶋寧子
これからの時代の無業のリスク
人生100年時代を展望したときに、どのような社会が形成されるのだろうか。容易に想像できるのは、様々な課題や役割と向き合いながら働くことが可能で一般的となる共創的な社会である。すでに1980年代より進行してきた未婚化・非婚化や晩産化といったライフコース選択の変化、そして兄弟姉妹数の減少の中での長寿化は、1人で複数の親の介護を行う「多重介護」や、育児と介護が同時進行する「ダブルケア」の可能性を高めている。さらに、長い職業人生のなかで、自分や配偶者の病気治療と育児・介護等のケアの同時進行など、働くことに関わる様々な制約を抱えながら働くことを模索したり、中断することを選択する人が増えるだろう。
こうした例だけでなく、男女を問わず、子育てに向き合いたい、次のキャリアのために学びの期間を確保したいなど、様々な役割を積極的に担いたいという意思を持って一定期間、休業・無業を選ぶケースもあるだろう。今後は「働きたい人が仕事を辞めずにすむ環境づくり」と同時に、休業・無業を選択した人が「希望する仕事でふたたび働ける社会の実現」がこれまで以上に重要になると考える。
「ライフキャリアを再設計する」期間としての無業
それでは、何らかの制約要因や理由により休業・無業を選択した人が、「希望する仕事でふたたび働ける社会」を実現するためには何が必要だろうか。ここではその初めの一歩として、育児・介護・治療等の制約要因や理由による休業・無業期間を「職業キャリアのブランク(空白)」とする発想を脱して、「ライフキャリアのリデザイン期」と位置付けること、労働政策において「リデザイン期支援」を確立・充実することを提唱したい。
人の職業の軌道に焦点をあてるのが「職業キャリア」 であるとすれば、「ライフキャリア」は個人が多様な役割を果たし、様々な人との繋がりを維持しながら築く、自分らしい生き方の軌道全体を意味する。キャリアに関する包括的な理論を打ち立て、日本のキャリア教育にも大きな影響を及ぼしたドナルド E. スーパーは、ライフキャリアを「人間は子ども、学生(勉強)、余暇人(趣味やレジャー活動)、市民(社会奉仕活動等)、労働者(労働)、家庭人(家事や養育等)、退職者(余生の楽しみ)、その他等の明確な役割があり、その役割を生涯の各時期でいかに果していくかというプロセス全体」 と説明し、キャリアの多面性を「ライフキャリア・レインボー」と呼ばれる図で提示している。
ライフキャリアにおける役割(ライフロール)の重要性を決定する要因とされているのは、①「関与する」(役割に対する態度などの情緒的な側面)、②「参加する」(時間やエネルギーの投入の程度などの行動的な側面)、③「知識を持つ」(正確な情報を持つなどの認知的な側面)の3つの側面だ。ここから読み取れるのは、個人が担う役割は「参加しているか否か」というだけではない、より多面的で豊かな構造を持つもの、ということである
1)仕事や職業の軌道という意味でのキャリアについて言えば、その定義は必ずしも一律ではない。若林(1985)はキャリアという言葉として、①昇進や昇格の累積を示す用語として用いる場合、②伝統的な専門職従事者に対してのみ用いる場合、③地位の高さや職業分類と関わりなくある人が生涯を通じて経験した一連の仕事を指す場合、④個人が経験した社会的な役割 ・地位・身分の1系列を総称する場合の4種類を紹介している。若林満「組織内キャリア発達とその 環境」『経営行動科学』第19巻第2号
2)三木佳光 (2005)『キャリア発達の概念と大学のキャリア形成支援の一考察」『文教大学国際学部紀要』第15巻第2号
図 ライフキャリア・レインボー
何らかの制約要因や理由による休業・無業期間を、ライフキャリアのリデザイン期と位置付けることには2つの意味があると考えている。その1つ目は、休業・無業期間を「働く/働かない」の二元論の下で否定的に捉えるのではなく、自分にとって望ましいライフキャリアとその一環としての職業キャリアを改めて設計する、より積極的な期間として位置づけられることである。もちろん、理念だけでなく実際に前向きな期間としていくためには、個人がライフキャリアや職業キャリアのありたい姿を具体的に考え、決めることが必要だろうし、そのための知識面、心理面でのサポートが提供されることも重要だろう。
2つ目に、ライフキャリアの視点を取り入れることで、休業・無業期間イコール労働者としての役割を全く持たない期間ではなく、労働者としての役割の一部を維持したり、発展したりする期間と位置づけられることがある。先ほど述べたようにライフキャリアにおける役割が「関与する」、「参加する」、「知識を持つ」の3つの側面からなる多面的なものであるとすれば、仮に一時的に時間やエネルギーを投入できず、「参加する」ことが難しくなったとしても、働くことに対して前向きに考え続けたり、、将来の職業キャリアに関する正しい情報を集める努力を続けられるのであれば、労働者としての自分を持ち続けることは可能ということになる。
図 ライフキャリアのリデザイン期とリデザイン支援政策のイメージ
「自発的に」休業・無業を選択した人が抱えやすい問題
何らかの制約や理由により「自発的に」休業・無業を選択した人は、働くことに関わる人のつながりや情報から切り離されたり、働くことについて心理的なサポートを得ることが難しかったり、孤立感や情報不足から就業に踏み切ることが難しくなりやすい。
筆者が専業主婦の再就職支援に関わる方々を対象に行ったヒアリングでは、女性が再就職を考える際には、時間的制約が大きいことや希望に合う労働条件の求人が少ないといった問題だけでなく、ビジネスの世界から長期間離れることで働く自信を失ってしまっていたり、働くことについて相談できる人がいないために不安を共有することができなかったり、基礎的な知識や経験が不足していることで就職活動や採用後の職場への適応につまずくケースが少なくないという指摘があった。
これらは、人やテクノロジーを通じてサポートを受けることが出来れば、ある程度解決できる問題であり、適切なサポートはふたたび働くことに時間とエネルギーを割けるようになった時点での不安や問題を軽減することにも役立つだろう。
すでにリデザイン期の人材に伴走しながら、それぞれの人が自分の人生でありたい姿を考えたり、働く自信を取り戻したり、仕事の知識を獲得していくための支援が各地で行われている。その一例として、筆者が11月末に訪問した株式会社MOKA.(北海道釧路市)のプログラムを紹介したい。このプログラムは、専業主婦など現在仕事に就いていない女性が再び働くことについて考える際に相談相手が少なく、不安の共有や適性の検討が難しい問題、家族を優先する生活の中で自分自身が今後どう働きたいのかを見出し難くなっている問題、職業や職場など働く上での具体的な情報を得る場が少ない問題を克服することを目指して、1カ月の間実施されるものだ。参加者は、週1回キャリアカウンセリングに参加したり、参加者同士で働く負担や悩みを共有しながら、自分のライフキャリアや希望する働き方を考え、各自が学びたいことを学ぶ研修(希望の職種や職場の見学を含む)の構想や企画、調整を行う。さらに卒業後に参加者が安心して行動できるよう、2カ月のアフタースクールが設定されており、その期間も重視されている。
実はこのスクールは、必ずしも終了後すぐに参加者が就職することを目指していない。しかし、今年6~7月に開催された第1期に参加した10代から50代の女性10名のうち9名がその後職に就いており、うち3人は正社員であるという。このスクールの例は、自分自身のありたい姿を考え、今後のライフキャリア・職業キャリアを再設計する機会や、安心して一歩を踏み出せる環境が、無業期の女性の職業キャリアを再設計しようとする際に大きな意味を持つことを示しているように思う。
無業期にも自分らしい働き方を描き続けられる社会へ
長期化する人生を展望した時、様々な制約があっても働き続けられる環境を作ることは本当に重要だ。それと同時に、人生の途中で休業・無業を選択する可能性がゼロではないのであれば、就業を中断しても人が再び希望する働き方を実現できるようにするための仕組みもまた、社会の中に確実に埋め込まれる必要があるのではないだろうか。
そのためにも、何らかの制約要因や理由による無業・休業期間を「ライフキャリアのリデザイン期」として位置付け直すこと、その期間の人材が今後のライフキャリアや職業キャリアのありたい姿を考えたり、その実現に向けた備えを行うことを支える政策(リデザイン期支援政策)を確立・充実することが重要になると考える。