史上最高の大卒就職率の裏で進む「選考開始時期の形骸化」 豊田義博

2017年06月09日

今春に卒業した大学生の就職率は97.6%。1997年の調査開始以来過去最高の数字となった。文部科学省は「景気回復が続き、企業の求人が増えているため」と分析している。
この数字、一部の大学が分母に当たる就職希望者を少なめに調整しているため、正確な数字とはいえない難点を抱えてはいるが、社会全体の大きな傾向は間違いなく捉えている。20年来最高であることは関係者の実感ともフィットしたものだろう。
ちなみに、2017年卒の採用選考開始時期は、前年度の8月から二か月前倒しの6月となったが、文部科学省は「直接的な影響はなかった」とコメントしている。採用選考開始時期が前倒しになったが、大学生の就職率がそれによって良化したり悪化したりすることはなかったという解釈である。

予測された変容。やはり「歴史は繰り返す」

確かに、採用開始時期の変更は、最終的な就職率に影響を及ぼしはしなかったといっていいだろう。しかし、その実態には大きな変容が起きている。かつて就職協定があった時の「ホンネとタテマエがあからさま」で「正直者は馬鹿を見る」ものへとなりつつある。
近年の採用選考開始時期の変化を、簡単に振り返ってみたい。2014年卒までは、選考開始時期は4月であった。それが、就職活動の前倒しが進むことへの懸念や学業への悪影響を理由に、2016年卒からは8月へと後ろ倒しされた。しかし、8月を待たずに水面下で選考活動を進める企業が続出、却って学業に支障が出るなど大きな混乱が起きた。翌2017年卒は、その反省を踏まえて選考開始時期を二か月前倒し、6月に設定。前年ほどの混乱は見られずに大過なく活動は収束。2018年卒においても、選考開始時期は6月と定められ、この時期が定着しつつある。

しかし、昨年6月の採用選考開始時期に、すでに企業からの内定を確保していた学生は、51.3%。過半数の学生が、選考活動開始前に内定を持っていた。タテマエとしての採用選考活動解禁日前に、多くの企業は学生にアプローチし、実質的な選考活動を行っていた。インターンシップ、面談会など、表向きは採用選考活動ではないという建付けにしてはいるが、実質的には採用活動である。ちなみに、選考開始時期を6月と定めているのは経団連が掲げている倫理憲章によってであり、加盟企業以外に遵守義務はない。外資系企業や新興企業のなかには、そのようなガイドラインの存在を完全に無視し、6月よりはるか前にオープンに採用活動を行っているところも少なくない。つまり、6月1日採用選考活動スタートというタテマエは、まったくといっていいほど機能していない。
その程度は、2018年卒採用活動においてはさらに加速している。5月1日時点での内定率は35.1%と、昨年の25.0%を10ポイントも上回っている。この数字は、4月スタートであった2014年卒の状況にほぼ匹敵する。

大学生の内定率推移
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出所:「2017年5月1日時点内定状況」就職プロセス調査(2018年卒)/就職みらい研究所(株式会社リクルートキャリア)

このような状況になることは、実は予測されていたことだ。新卒採用市場を長く見てきた人であれば、「ああ、また昔と同じことが起きているな」と思うだけであろう。かつて就職協定があった時も、就職活動解禁日というタテマエの裏で、多くの企業が水面下での活動を行い、その是正のために時期を後ろ倒ししたり、前倒ししたり、ということを重ねてきたのだ。

日本の新卒採用市場が持つ「二つの機能」

このようにタテマエが完全に機能していない状況を、当事者である学生の多くは十分に理解している。6月初旬は、多くの大手企業で内定出しが始まる天王山であり、三年生の夏や冬から活動はすでに始まっているということを。情報をタイムリーにキャッチアップしていないと、エントリーの機会を逃してしまうことを。そして、キャッチアップしていたとしても、大学のランクによって、機会が得られるかどうかが決まってしまうこともあるということを。
大学生という貴重な人的資本が社会へとデビューするその時に、目の前にあるのが、そのようなタテマエとホンネが明らかに存在する、閉鎖的でアンフェアな市場であることを、このまま容認し続けていいのだろうか。いいはずはない。何かを改めなくてはならない。
ではどうするのか。採用選考開始時期を、実態に即して以前のように4月に前倒しすればいいのだろうか。その考え方は現実的なものかもしれない。しかし、善後策でしかない。それに、私は早期からの採用活動を抑止すべきである、という考え方を持っていない。4月以前に採用選考活動を行ってはならないという数年前の規制も、社会を歪めるものであったと思っている。

日本の新卒採用市場は、二つの機能を併せ持つ。ひとつは、優秀な人材獲得のための競争的な市場機能。もうひとつは、多くの大学生を社会へと送り込むセーフティネットとしての市場機能だ。
前者は、どの国にもある。どの国でも、優秀な大学生の争奪戦がある。国によって差はあるものの、3~7割の大学生が、就学中に就職活動を行い、就職先企業を確定している。この市場は自由競争市場だ。能力の高い人材でなければ、人材を惹きつける魅力を持った企業でなければ、成果は得られない。
後者のセーフティネット機能は、日本特殊的なものだ。在学中に一人でも多くの学生に就業機会を提供し、無名な中小企業や地場の優良企業に広く新卒採用の機会を提供する。日本の若年失業率の低さは、この機能が充実しているからだ。日本の新卒一括採用システムは、以前より社会的な批判を浴び続けているが、若年失業率の高さに苦悩する多くの国が羨むものでもある。

問題は、この性質の異なる二つの市場を、一つのルールで縛っていることなのだ。一つのルールで縛るから、企業、学生の大半が、早期に立ち上がる競争的市場の土俵に乗るしかなくなってしまう。一方で、時期の規制があるから、その規制を搔い潜ろうと企業は創意工夫を重ねることになる。結果として、市場は不透明になり、公平性が欠落していくのだ。

一律の採用選考時期の設定を廃止せよ

この二つの機能を失わずに、日本の新卒採用市場の透明性、公平性を高め、企業と学生との出会いの機会をより良いものとするためには、さまざまな打ち手が考えられる。いろいろなシナリオもあるだろう。しかし、これだけは確かだ。一律の採用選考時期の設定は、廃止すべきである。

かつて、1997年から2003年にかけて、実はそのような時期があった。長く続いた就職協定が廃止され、完全自由化の市場が生まれたのだ。その時に起きていたことは、多様化、分散化だった。早くから採用選考を始める企業がある一方で、廃止前に制定されていた夏以降の採用活動を継続する企業も多数存在した。各企業が、自律的に採用活動計画を立案し、また、学生も、自身の志向や志望に即して就職活動を始めていた。
しかし、一部企業の早期からの活動を「早期化を煽る」と指弾する声に配慮し、「採用選考活動は、三年生のうちには行ってはならない」という一文を倫理憲章に付け加えたことが、状況を一変させた。どの企業も、夏以降に採用活動をしていた企業さえもが、ならばとばかりに4月から採用選考をするようになった。早期化の抑制を目しながら、結果的に早期化を助長してしまったのだ。

時期を決めれば、皆がそこに集中する。抜け駆けも必ず発生する。その度合いは年々激しくなる。そうしたことが起きることは、歴史が証明している。この悪循環から一刻も早く抜け出さなくてはならない。
変革には、強いリーダーシップが必要だろう。1996年末に就職協定廃止を決めたのは、時の日経連会長・根本二郎氏(元日本郵船会長)の英断によるものだった。志を持ったリーダーが、日本の新卒採用市場の歪みを正し、オープンでフェアな新卒採用市場の構築のために立ち上がることを切に願う。

豊田義博

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