米国の「同一労働同一賃金」~賃金の質問はNG~ 小原久美

2016年10月26日

今年8月、米国マサチューセッツ州で「平等賃金制定法(An Act to Establish Pay Equity)」 が州の法律として調印された。2018年7月から施行される本法はマサチューセッツ州の雇用主に対し、性別に関係なく「同等の仕事」には同一賃金を支払う義務を課している。本法ではさらに雇用主が採用候補者の賃金について質問することを禁じている。

マサチューセッツ州では女性団体を中心に平等賃金を求める動きが30年以上前から行われており、1998年以降平等賃金に関する法案が毎年議会に提出されてきた経緯がある。近年では中心都市ボストンの100社以上の企業が参加し、男女賃金格差を解消する取り組みが活発に行われており、平等賃金への雇用主の支持が集まっていた。

米国ではすでに数州で同一労働同一賃金に関連した法律を施行しており、また多くの州で同様の法案が検討されているが、マサチューセッツ州の平等賃金制定法はその内容から全米で「最も進んでいる」法律と評価されており、他州に影響を及ぼすか注目されている。

平等賃金制定法が禁止する雇用主の行為

マサチューセッツ州の平等賃金制定法は条文で「同等の仕事」は「実質的に同じような技能、労力、責任を必要とする、同じような労働環境下で行われる仕事であり、職位や職務記述書に限定して判断されない」と規定し、「賃金」については「雇用に関わる全ての報酬を含む」と定義している。

その上で、「雇用主は、性別を根拠に賃金差別は行ってはならず、『同等の仕事』に従事する異性の従業員より低い賃金を従業員に支払ってはならない」としている。本法に反する企業は、不当な扱いを受けた従業員に対し、賠償責任を負う。
ただし(1)企業の年功賃金制度(2)能力給(3)会社への貢献度に基づく給与体系(4)勤務地(5)仕事に関連する教育、トレーニング、経験(6)通常業務で必要な出張により生じる賃金差は違法とはみなされない。

さらに雇用主が採用のプロセスで採用候補者およびその個人の雇用主から現在および過去の賃金についての情報を得ることを禁じている。これは雇用主が前職の賃金をもとに候補者の賃金を決める傾向があることから、特に不当に低い賃金で雇用されていた女性やマイノリティの労働者が低賃金のまま雇用され続け、賃金格差が解消されないという状況を変えるための方策である。
また雇用主が本法に違反しているとして、提訴や証言を行った従業員を雇用主が処罰することを禁じている。

今回のマサチューセッツ州より一足先に、カリフォルニア州、ニューヨーク州などでは平等賃金を定める州法がすでに発令されている。しかし、同一労働とする基準を同一職位の「同じ仕事」に限定するのか、職位ではなく仕事内容を重視した「同等の仕事」に範囲を広げるのか、各州で異なっており、今後各州が定める同一労働の範囲に注目が集まっている。

国内の男女賃金格差の現状と進まない法改正

日本では同一労働同一賃金問題は就業形態間の差異に焦点が集まっているが、米国では男女間の賃金の差異が問題視され続けている。
米国では白人男性労働者の賃金を1ドルとし女性労働者の賃金と比較すると、フルタイムで働く女性の全国平均賃金は78セントと男女間の賃金格差が明白となっている。マイノリティの女性の平均賃金はさらに低く、ラテン・アメリカ系女性平均賃金は56セントで男性との賃金格差は最も大きい。(※1)

米国では50年以上前から「平等賃金法(Equal Pay Act)」が施行されており、同一労働に対する男女の賃金差別は禁止されている。しかし、不十分な賠償規定や「法の抜け穴」も多く、賃金における男女差別を禁止した最初の法律という点で意義があるものの、効果的ではない。そのため議会では2008年以降「賃金公正法(Paycheck Fairness Act)」を検討してきた。この法案では賃金格差は性別ではなく、仕事内容の違いにより生じていることを雇用主に証明させることや、賃金を公にした従業員を雇用主が処罰しないことなどを盛り込んでおり、平等賃金法を強化するねらいがあるものの、法律が訴訟を誘発する恐れやその効力が疑問視され続けており、起案と却下を繰り返し今日に至っている。

法律が促す雇用主の変革

マサチューセッツ州の雇用主は今回の法律が施行されると、採用候補者の賃金を独自の方法で評価し、給与額の提示をしなくてはならなくなる。そして人事は「前職でXXドルだったので、当社は○○ドル出します」という賃金交渉ができなくなる。その結果、過去の賃金を理由に低い賃金に甘んじてきた労働者、特に女性および人種的マイノリティグループに属する労働者の賃金上昇が期待されている。
本法では従業員同士が賃金情報を共有することや雇用主に賃金情報の開示を求めることを実質的に認めていることから、雇用主は透明な給与体系の構築を余儀なくされ、賃金の違いに対し合法的な説明が求められる。

米国の多くの州で平等賃金法の見直しがされているなか、雇用主は採用候補者や従業員の技能に対する新しい評価制度の構築が急務である。例えば、技能を企業にとっての価値(=賃金)とリンクさせた賃金体系が必要となるだろう。それは従業員が持つ技能のヒアリングや雇用主にとって必要な技能の洗い出し作業という、時間と労力のかかる作業を必要とするかもしれない。しかしそのような明確な基準を持った制度は、従業員に賃金を説明する際のツールとして用いられるだけでなく、万が一、賃金差別を行っていると提訴された場合、雇用主の合法性を証明する自己防衛手段ともなり得る。
一連の平等賃金に向けた法律は雇用主の制度改革を促す。新しい法律をビジネスの「脅威」と見るか、制度改革の「チャンス」と見るかはそれぞれの雇用主にかかっている。

(※1)2013年の米国の国勢調査局による調査をもとにNational Women's Law Centerが計算

小原久美

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