働きたいのに、なぜ働けないのか?―出産育児とは別の理由 萩原牧子
どうすれば、働く人を増やすことができるのか。これまで「完全失業者」に注目した議論が数多くなされてきた。しかし、この議論の中では見落とされている重要な対象がいる。「完全失業者」とは、「未就業」で、かつ「求職活動を行っていて」「仕事があればすぐに働くことができる」という3つの条件を満たす人たちである。逆に言えば、働いていることを望んでいても、求職活動を諦めてしまった人や、調査期間中にたまたま求職活動を休んでいた人は含まれない。直近の数字では、この「完全失業者」の数は236万人である。ところが、「未就業」で「就業を希望する人」に対象を拡げた場合、その数は、なんと655万人という数に膨れ上がる(総務省統計局「労働力調査詳細集計」2014年)。
働く人を増やすためには「完全失業者」だけでなく、「就業を希望する未就業者」にも目を向ける必要があるだろう。そして、この「就業を希望する未就業者」に注目すると、興味深い事実が明らかになった。出産育児を機に仕事を離職したマザーが多く含まれていることを予想しながら、18歳未満の子をもつ女性が占める割合を計算してみたところ、その割合は25%に満たなかったのだ(総務省統計局「労働力調査詳細集計」2014年)。これは、多くの人たちの働けない理由は、出産育児の他にあるということを示している。もっとも従来は「完全失業者」に注目が集まっていたこともあり、「就業を希望する未就業者」の詳細を知るデータはこれまで存在しなかった。
就業を希望する未就業者の実態調査から
その実態を知るべく、リクルートワークス研究所では、首都圏で就業を希望する未就業者18歳~69歳の男女を対象に調査を実施した(「就業希望者年代比較調査」)。出産育児を理由としない未就業者の実態や要因を探るため、以下では、マザー層 をあえて外した集計結果を示す。
まず、前職を離職してからの未就業期間である。すでに1年以上のブランクがある人は、若年層(18~34歳)の53.8%、ミドル層(35~54歳)の69.9%、シニア層(55~69歳)の75.5%を占める。つまり、年代が上がるにつれて未就業期間が長期化する傾向がうかがえる。また、5年以上というブランクがあるものは、若年層の15.4%、ミドル層の37.7%、シニア層の33.7%に達している。ここからは、シニア層よりもミドル層においてより深刻化している様子が浮かび上がってきた。ブランクがこれだけ長期化してしまうと、企業側が採用をためらうだけでなく、本人側も現状の生活を変えることに難しさを感じているかもしれない。
■前職を離職してからの未就業期間
年代によって異なる未就業の背景
そもそも、なぜ未就業となったのだろうか。さらには、なぜそれが長期化したのだろうか。前職の離職理由をみると、複数回答で最も選択率が高いのは、若年層は「メンタルヘルス面の不調」、ミドル層は「身体的な病気・けが・体調不良」、シニア層は「定年」であった。「メンタルヘルス面の不調」は、ミドル層でも3番目に入ることから、若年層とミドル層で共通して大きな離職要因となっていることがわかる。
■前職の離職理
就業は希望するが「すぐに就職したい」と回答しなかったひとに、「すぐに」ではない理由を尋ねたところ、シニア層では「いまは、自分の希望する仕事がないため」が最も高い。一方で、若年層とミドル層では、共通して「メンタルヘルス面の不調のため」が最も高かった。未就業が長期化する要因は、年代によっても異なるようだ。加えて、年代が高まるにつれ「介護」の割合が高まっていることもこのデータからは明らかになった。夫婦共稼ぎ世帯が増える中、近い将来、「介護」が長期的に働けない要因になってくる可能性は高い。
■「すぐに就職したい」ではない理由(単一回答)
メンタルヘルスは個人の問題ではなく、誰にでも起こりうる問題であるという認識は随分広がってきているように思う。例えば、残業が月に100時間を超えるような働き方はメンタルヘルスを悪化させる要因としてよく知られるようになった。これまで企業はメンタルヘルス面の不調による離職は放置したまま、代替する人材を採用することができたかもしれない。しかし、本格的な少子高齢化時代を迎え、人材不足問題をかかえる日本においては、これはおそらく持続可能な状況ではない。なぜなら、このような行動は社会全体で長期的に働けない未就業者の割合を増やすことにつながるからである。それはやがて、巡り巡って代替する人材が容易に見つからない事態を招くだろう。責任ある企業は、この点についてもっと自覚的でなければならないし、政府は社会全体の視点からその問題の解消に努める必要があるだろう。
持続可能な人材活用へ
2015年12月から従業員50人以上の事業所は労働者に対して毎年メンタルチェックを行うことが義務付けられる。今まで把握することが困難であったメンタルヘルス面の不調を早い段階で把握して、必要に応じて働く環境を改善する処置を求められることになる。
これは、とてもよい契機だろう。企業はこの際、義務付けられたことだけに対応するのはなく、もはや制約を持たない人材などいないことを前提にした労務管理へとシフトしたほうがよいように思う。ライフイベントに影響を受けやすい女性はもちろん、メンタルヘルス面の不調を抱えながら働く若者やミドル層、体調を考慮しながら働き続けるシニア層、そして、介護をしながら働く人など、多様な背景をもつ人材が当たり前に働き続けられる環境をいち早く整えることこそ、持続可能な企業経営にとって重要になるだろう。
※本調査では、出産育児の経験のあるマザー層を、調査の設問から子どもと同居する女性と定義している。
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