日本航空 執行役員 人財本部長 小田卓也氏
企業理念に基づき 危機に際しても 社員の幸福を第一に考える
聞き手/石原直子(リクルートワークス研究所 人事研究センター長/主幹研究員)
石原 御社はコロナ禍以前からリモートワークやフルフレックスの導入といった働き方改革に取り組んでこられました。そのような下地があるなかで、今回の事態にはどのように対応されたのでしょうか。
小田 まずコロナ禍での事業の状況を説明しますと、春から夏にかけ、国内線旅客需要が対前年比で30%、国際線に至っては対前年比1~2%という状況が続きました。客室乗務員や空港スタッフなど直接お客さまと接する社員は、いきなり“仕事がない”状況となってしまったのです。一方、貨物事業は対前年比で100%を超えています。貨物部門や整備部門などの社員はコロナ禍においても職務を継続する必要がありました。
石原 現場とひとくちに言っても、状況は一律ではないということですね。
小田 本社部門も出社が必要な部門もあり、濃淡が強かったですね。
出社日数は一律ではなく部門・チームごとに検討
石原 そうなると、リモートワークの推進といっても、全部門・全社員一律のルール作りは難しくなってくると思います。
小田 2月に感染が拡大して、3月から学校が臨時休校になると、小学生のお子さんがいる社員は、まずは休みにするほかはありませんでした。また、それ以外の間接部門の社員も、とにかく2月、3月は感染リスクを抑えるということを最優先に動きました。それまで在宅勤務は週2回までとしていましたが、これを撤廃し、基本的には自宅で仕事をしてくださいという方向で徹底しました。現場部門に関してはリモートというわけにはいかないので、感染症対策に最大限配慮しながら、出社率を7割程度に下げました。
石原 コロナの収束はまだまだ見えないものの、ビジネスの流れや人の移動は徐々に復活していくはずです。そのなかで、働き方はどのようにされていくのですか。
小田 出社の必要性があるか、リモートで対応できるのかは部門によって違います。全社一律でルールを決めるというのはおっしゃる通り難しい。とはいえ最初の感染拡大期には、特に間接部門では一気に在宅勤務を進めましたので、7~10月を検証期間として、それぞれの部門での働き方の検討を進めてもらいました。週何日の出社とするのかは部門の仕事内容や状況に合わせて決めてもらって、それでどこまでやれるのか確認してもらってきたのです。
石原 やはり部門・グループごとに最適な働き方は変わってきますか。
小田 週2日出社としている部門・グループが多いですが、もちろん違いも出てきています。例えば、グループ会社のJALインフォテックは週0.5日出社で検証に取り組みました。ちょうどオフィス移転のタイミングだったので、この機会にオフィススペースについても再検討しています。社員数は1000人ほどですが、社長がリーダーシップを発揮して意欲的に進めていますね。
在宅勤務で価値を生み出し続けるためには何が必要か
石原 半年以上が経過しましたが、社員の方々はリモート中心の働き方にうまく適応できていますか。
小田 今までは、会社で顔を突き合わせて仕事をするなかで価値を生み出すことが前提でした。しかし、出社できないことを前提に事業を動かしていく場合は、それでも価値を生み出すために必要なことは何かをそれぞれしっかりと見いだすことが求められます。実際やってみると、意外とうまくいっているのですが、自分で動けるタイプか、そうでないかによって差は出てきていますね。
石原 御社が取り組んでこられた自律性の向上に関わる問題ですね。
小田 はい、それで今回も自分たちの部門で考えてもらおうということにしました。働き方に関して、今までの「こうあるべきだ」が崩れてしまって、新しい「こうあるべきだ」をみんなで作っていかなければならないんだということがわかってきた──、今はそういう段階ですね。
石原 今回のコロナ禍では、従来のルールに縛られて初動が遅くなったり、リモートワークにしても一律でルールを設けたりという会社が多かったと思います。それに対して、御社は初動からルールにとらわれず、かつ新たなルールは各部門で考えるというやり方を実践されています。それができた要因は何なのでしょうか。
小田 破綻後の2011年に定めた企業理念が大きいですね。その最初に「JALグループは、全社員の物心両面の幸福を追求し」とあります。社員の幸福や笑顔を第一とするならば、我々人財本部がこのコロナ禍でまず考えなくてはいけないのは、社員を感染させないこと。それがお客さまの健康を守ることにもなる。かつ、このような状況でも社員が生き生きと働くためには、一律のルールを押し付けるのも違うだろうと考えました。
石原 企業理念の冒頭で「社員の幸福」を謳う理由は何なのでしょうか。
小田 私自身、当初はこの部分はしっくりきていませんでした。しかし、当時の稲盛和夫会長が、現場を回っている際に、客室乗務員が経費節減で明かりを暗くした場所でブリーフィングをしているのを見て、「こんな薄暗いところでブリーフィングして、沈んだ気持ちのままお客さまに最高のサービスが提供できるのか。あなたたちは何をやっているんだ」と周囲の幹部に言ったというのです。この話を聞いて、一気に腹落ちしたのです。社員が生き生きとやりたい仕事に取り組み、自分自身が幸福でないと、お客さまに安全・安心で最高のサービスを提供することはできないのだと。当時はコスト削減にとらわれて社内がギスギスしていましたから、この気づきは非常に新鮮でした。
社員の自律的な活動から新しい事業を生み出す
石原 飛行機をはじめとするモビリティに対する人々の考え方は、コロナ禍を契機に大きく変わっていくと思います。そのなかでJALの役割も変わる可能性があると思いますが、その点はどのようにお考えですか。
小田 そこは大切ですね。航空会社の社員は安全運航のために計画的にきっちりとやることは得意。しかし、新しい発想が次々に生まれてくるような風土はあまりなかったんです。それを懸念した植木義晴会長が、社長退任時に、「JAL OODA(ウーダ)」という考え方を打ち出しました。OODAとは、オブザーブ(観察)、オリエント(状況判断)、デシジョン(意思決定)、アクション(行動)の頭文字を合わせたものですが、即座に状況判断をして意思決定できるような“自律型の人財”を育てていこうということです。
石原 自律型人財は、まさに先ほどのお話とつながる部分ですね。
小田 当社は少子高齢化、地方創生という社会課題にも向き合ってきましたが、工夫をすれば、これらの領域で新しい事業、新しい働き方をもっと実現できるはずです。例えば、これからは、地方に住んで、地元の仕事もしながらJALの仕事もするという働き方があってもいい。そういったことも社員の自律的な活動から生まれてほしいですね。JAL OODAを実践するW-PIT(Wakuwaku-Platform Innovation Team)という有志のグループがあるのですが、今年は192人が自ら手を挙げて参加、さまざまな提案活動をしています。ここから新しいビジネスの種が生まれてくるかもしれないと期待しています。
日本航空株式会社 執行役員 人財本部長 小田卓也氏
1986年に日本航空に入社。旅客部門、客室部門、整備部門、運航部門といった部門において航空会社のオペレーションを支える業務を幅広く経験。2013年に人財本部に異動。2016年より執行役員兼人財本部長を務める。
text=伊藤敬太郎 photo=刑部友康