エーザイ 執行役 チーフタレントオフィサー 秋田陽介氏
組織や国を超えてネットワークを構築し、イノベーションを創出するリーダーこそが求められる
聞き手/大久保幸夫(リクルートワークス研究所 アドバイザー)
大久保 エーザイはタレントマネジメントやリーダー育成に早くから取り組まれてきました。現在は、グローバルにビジネスを牽引するリーダーの育成に力を入れていますね。
秋田 事業のグローバル展開は我々を成長させた要因の1つだと考えています。海外進出を始めたのは1960年代で、当初は日本人が海外に渡り、現地のマネジメントを担う形が主流でした。それが1990年代半ばにアルツハイマー型認知症治療剤「アリセプト®」、プロトンポンプ阻害剤「パリエット®」というグローバルプロダクトを世に出してから海外での事業展開が本格化し、現地の人材がトップを務め、各地域・各国のリーダーシップを高める方向にシフトしました。
グローバルに活躍するリーダーを育てる
大久保 近年、さらに現地化が進んでいる印象です。今や売上収益も連結従業員数も海外のほうが大きい。エーザイにおける次世代リーダー育成とは、すなわちグローバルリーダーの育成ということでしょうか。
秋田 その通りです。ただし、この間にもグローバルプロダクトの独占販売期間満了を迎えるなど、事業環境は激変しています。次の時代に向けたイノベーション創出を促進するため、2016年には新人事制度を導入し、エーザイにおけるプロフェッショナルとは何かを定義しました。それが、「環境変化を先取りし、期待された成果を出し、課題や問題を解決することができる人材」というものです。
大久保 フェーズが進むたびに、求めるリーダー像も明確になり、取り組みも進化しています。
秋田 現在も状況は目まぐるしく変化しており、2016年の定義さえ既に古くなったと感じています。プロフェッショナルを現状に合わせて再定義するならば、「いかなる変化にも適応し、期待を上回る成果を出し、まったく新しいイノベーションを創出する人材」と考えます。加えて、グローバル人材の考え方も進化しています。バーチャルコミュニケーションの進歩により、もはや世界を舞台に国際的に活躍する人材のみがグローバル人材ではありません。また、昨今、イノベーションは1社では起こせないものとなり、多くの企業や個人、大学や研究機関などとのパートナーシップが必要です。いわば、これからは、世界中のどこにいても時空を超えてあらゆる人々とつながり、信頼関係を築き、国や言語、業種を超えてボーダーレスにパートナーシップを構築できるグローバルリーダーが求められているのです。
「共同化」での気づきからイノベーションを創出する
大久保 タレントマネジメントを徹底する企業の多くは、「パーパス」を重視します。我々は何のために集まっているのか、という存在意義が共有され、会社の理想とつながった形で全員が持ち場で力を発揮するのが理想です。その点、御社は理念に対する社員の共感が非常に高いですね。
秋田 それが我々の最大の強みです。エーザイの使命は患者さま満足の増大であり、売り上げや利益はその結果としてもたらされるものと考えています。この理念を一言で表したのが「ヒューマン・ヘルスケア(hhc)」です。30年ほど前に内藤晴夫代表執行役CEOがhhcを標榜して以来、この理念は社の定款にも盛り込まれ、グローバルに根付いています。
大久保 hhc理念の浸透、共有が、リーダー育成のベースにあるのですね。
秋田 当社では、どれだけ優秀でも、hhc理念に共感できない人をリーダーとは呼びません。例えば近年、DX(デジタルトランスフォーメーション)分野でのキャリア採用を積極的に行っていますが、高いデジタル技術を持っているだけでなく、hhc理念に共感してもらえるかが、採用時の重要な判断基準になっています。
エーザイではすべての社員に対して就業時間の1%を患者さまとともに過ごすことを推奨しており、新入社員から中堅リーダー層、役員候補まであらゆる階層の研修プログラムに、実際に患者さまと共に時間を過ごす「共同化(Socialization)」の機会を設けています。
大久保 野中郁次郎先生が提唱した知識創造理論「SECIモデル」の実践ですね。共同化ではどのようなことを行っているのでしょうか。
秋田 介護施設で患者さまのサポートをする、介護者のグループに参加してその苦悩を聞くなど個人の活動から、各国の財団などと提携してグローバルヘルスに貢献する活動まで様々です。そのなかから具体的な成果も多数生まれています。一例を挙げれば、認知症患者さまの介護体験のなかで、水を飲むことも困難な患者さまがゼリーを食べている姿を見て、ゼリー剤の開発につなげました。
大久保 「共同化」を通して個人が感じ取った患者ニーズを、組織で共有し、事業に活かすというサイクルを回していく。そのなかでリーダーシップを発揮できる人材こそがエーザイのリーダーだ、と。あらゆる階層で繰り返し共同化を行うことがリーダー育成につながっています。
秋田 共同化は、自分が何のために仕事をしているのかを考える貴重な機会です。何度繰り返しても、そのたびに新たな気づきがあります。自分の立場が変われば、気づきのレベルも変化し、進化します。この取り組みは社員一人ひとりの誇りとなり、組織へのエンゲージメントの向上に大きく寄与しています。
多様性を楽しみながら誰かのために頑張る
大久保 今後に向けて、リーダー育成で重視していることはありますか。
秋田 ヘルスケア業界は異業種からの参入が相次ぎ、ボーダーレス化が進んでいます。この先は先入観にとらわれないまったく新しい発想で、イノベーションを起こしていくことが欠かせません。そのためには多様性が重要と考え、大胆な若手の抜擢や女性リーダーの育成に力を入れてきました。ただし、本来大切なのは属性ではなく、価値観の多様性です。組織として多様な個性を集めるだけでなく、個人としても多様性を許容し、異質を楽しめる人を増やしていければと考えています。hhc理念という確固たる軸を持ちつつも、好奇心を持って異なる文化や価値観を受け入れ、相手を尊重しながら様々な分野の専門性を融合し、コラボレーションしていく。そういうリーダーの育成を目指しています。
大久保 私は今後ますます信頼が重要になると思っています。多様な人々とパートナーシップを組むことが必要になるので、目的を共有して一人ひとりと信頼関係を築いていかないと、チームとして力を発揮できません。もう1つ、リーダーに求められるのは利他性ではないでしょうか。「自分のために頑張る」のは初歩的な話で、力がついてくれば、誰かのために自分の力を使おうという発想になってくる。利他性は、プロフェッショナルの条件の1つだと思います。
秋田 おっしゃる通りですね。自分のためではなく人のために、圧倒的な当事者意識を持って動けるかが重要です。我々も、これからはエーザイのリーダーを育てるのではなく、社会のための人材育成をしていかなくてはいけません。どこに行っても信頼され、活躍できる人材を育てることで、より良い社会づくりに貢献できればと考えています。
大久保 hhc理念の追求は、まさに「社会のため」につながりますね。
エーザイ 執行役 チーフタレントオフィサー 秋田陽介氏
1989年、エーザイに入社。フランス駐在、米国駐在、社長室長などを経て、2017年6月、人財開発本部長に就任。2019年6月、執行役 チーフタレントオフィサーに就任し、現在にいたる。
text=瀬戸友子 photo=刑部友康