スポーツとビジネスを語ろう
個別球団の利益より、リーグとファンという全体利益にフォーカス
パシフィックリーグマーケティング 執行役員 事業開発本部本部長兼 経営企画部部⻑ 園部健二氏
ビジネス界からスポーツ界に転身し、活躍している人々を取り上げる本連載。今回は、プロ野球パシフィック・リーグ加盟6 球団の共同出資でつくられたパシフィックリーグマーケティングで、事業開発・経営企画部門を率いる園部健二氏にインタビューを行った。同社の事業内容や存在意義とは何か。そして、ファンという顧客を楽しませるためにどのような道を模索しているのか聞いた。
聞き手=佐藤邦彦(本誌編集長)
―パシフィックリーグマーケティング(以下「PLM」)はパシフィック・リーグ(以下「パ・リーグ」)6球団による共同出資会社ですが、どんな事業を手がけていますか。
当社は「6球団でやったらいいこと」と「1球団ではできないこと」に絞った事業に取り組んでいます。
収益の大きな柱はインターネットにおける動画配信です。リーグ公式動画配信サービス「パーソル パ・リーグTV」では、パ・リーグ主催の公式戦全試合がライブ視聴でき、さらに、2012年以降のパ・リーグ主催試合のすべてをアーカイブ視聴できます。また、パ・リーグの幅広い情報をまとめたデジタルプラットフォーム「パ・リーグ.com」、スポーツ業界に特化した人材紹介サービス「PLMキャリア」なども手がけています。
―なぜパ・リーグはPLMという球団横断組織をつくったのですか。
理由の1つは、テレビ中継やインターネット配信における「放映権」の問題を解決するためです。
各球団は、ホームゲームの映像を自ら制作し放送する権利(放映権)を持っています。逆に言えば、対戦相手の球場での試合映像は、相手チームが放映権を持っていて自由に使うことができません。ファン目線で考えると、権利の問題にかかわらず、好きな球団や選手の映像を観たいはずです。そこでファンに喜んでもらうため、リーグでの動画配信サービス(現:パーソル パ・リーグTV)構想など、6球団でまとまってやったほうがいい事業を手がける会社としてPLMが設立されたのです。
―テレビの放映権もPLMが持っているのですか。
地上波やBS・CSの放映権は各球団が保持しています。それぞれの営業地域によって、放送局の環境などが異なるというのが一番の理由です。一方、国内でのインターネット配信や、海外のテレビやインターネットへの映像配信などPLM設立以降に6球団でやったらいいと判断される権利については、当社が管理、運営、販売などを行っています。
なかには、当社が管理する権利と、各球団が管理する権利とが混在している事業もあります。時代や市況の変化もありますから、そうした事業を進めるためには、その都度協議しながら球団独自で行うかリーグで行うかを判断しています。
―PLMは、各球団の権利やリーグ全体の収益拡大、そしてファンの満足度向上などを考えながら、調整を行っているわけですね。
MLBでは放映権などを共有化する仕組みを確立
―PLMという横断組織には、何かモデルがあったのでしょうか。
モデルというわけではありませんが、設立時に米メジャーリーグベースボール(MLB)は意識していたと思います。
MLBは、利益の最大化を図るための施策がうまく機能しています。たとえば、全国放送のテレビ放映権はMLB機構が一括管理していますし、それらで得た収益は各球団に公平に分配される仕組みができあがっています。目的は、大都市の球団と地方小都市の球団との経済的な格差を小さくし、各球団の戦力を均衡させること。シーズンが最後まで盛り上がるよう工夫をしているのです。
―MLBの取り組みは、成果につながっているのですか。
売上規模は拡大しています。1995年時点で、MLBと日本プロ野球機構(NPB)の収益はどちらも1400億円程度でした。ところが、現在のNPBの収益が1800億円前後であるの対し、MLBの収益は1兆円を超えています。
MLBが成長した理由はいくつかありますが、最も大きいのは放映権の高騰です。戦力均衡策で白熱した戦いを促す。そして、リーグが放映権を一括管理し、テレビ局や映像配信サービス企業と交渉することで放映権の価値を高める。そうした「リーグ全体で利益拡大を目指す」という考え方が、MLBの収益増をもたらしているのです。
―PLM設立時には、MLBのように収益を共有する仕組みを取り入れようとする発想があったのですね。
あったと思います。ただ、実現は容易ではなかったようです。球団ごとに考え方や地域特性も異なるため、各々の事情はかなり違います。今でも、「6球団でやったらいいこと」を企画し、各球団の合意を得て進めることは簡単ではありません。
―どの球団にも事情や思惑があるでしょうし、時には互いの利益が相反することもあるでしょうね。
はい。それだけに、調整がうまくいったときはうれしいですね。
米国進出時に、過去の海外営業経験が生きた
―多くの利害関係者を説得し、調整を進めるコツはなんですか。
たくさんの人を訪ね、自らの手を動かして提案の細部を詰めることしかありません。PLMは社員が20人程度、業務委託やアルバイトスタッフを含めても150人ほどの小さな組織ですから、自ら行動して成果を出すことが求められています。評論家的な立場で意見だけを述べるようなタイプは向きません。
―骨が折れる仕事ですね。
そうかもしれません。でも、大好きな野球界に貢献できる仕事に大きなやりがいを感じています。
―園部さんのこれまでの職歴は、現在の仕事に役立っていますか。
すべて役立っているといえます。2020年、米国のスポーツ専門チャンネルFTFとの間で、パ・リーグ主催試合の放送を行う契約をまとめました。2021年もFTFで、パ・リーグ主催の公式戦、日本生命セ・パ交流戦のパ・リーグ主催試合、そして「パーソル クライマックスシリーズ パ」を放送予定です。この際の交渉では、ゲーム会社時代に身につけた海外営業のスキルと経験が役立ちました。
また、出版社時代の広告営業経験は野球界の対スポンサー営業と共通点が多かったですし、ダーツマシンを営業していた時代にイベント企画を行った経験も、PLMでのファン向けイベントの企画立案などに役立っています。さらに、本当に多忙だったゲーム会社の海外営業職時代に養った「仕事を投げ出さず最後までやりきる力」も、今の私にとって武器となっています。
―海外進出は、PLM にとっても1つの焦点となりそうですね。
そう考えています。WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)などの国際大会を通じ、海外でも日本プロ野球への関心が高まっています。米国や台湾だけでなく、将来は中南米やカナダなどにも進出を果たしたいですね。その際にも、これまでのグローバル経験を役立てられればと思っています。
プロ野球はもちろん、スポーツ界を盛り上げたい
―Jリーグは2017年、動画配信サービスDAZN(ダゾーン)と、10年間・約2100億円という巨額の放映権契約を締結しました。
これは素晴らしい契約だったと思いますし、スポーツ界に与えたインパクトも大きかったです。
―野球界でも同様の契約を結ぶ可能性はあるのでしょうか。
我々もDAZNとはパートナーシップ契約を結んでいます。ただし、JリーグではDAZN独占という形での契約ですが、我々は視聴者との接点をできるだけ増やしたいという考えから、DAZNと非独占の契約を締結しました。そのため、パ・リーグの主催試合は、他社のインターネット配信サービスやパーソル パ・リーグTV、地上波放送、BS、CSなどでも放送が可能です。おかげでインターネット配信やTVを含めた全体のパ・リーグ試合中継の視聴者数は右肩上がりとなっています。
―なるほど。では、今後のPLM は何を目指すのでしょうか。
現在のPLMはパ・リーグ6球団の共同出資会社ですが、いずれはプロ野球全体の事業会社になれればと思っています。そして、いつの日か「パ・リーグ」の名前を外し、発展的解消を遂げることが、当社にとっては望ましい未来です。
―野球界全体の横断組織を目指す、というわけですね。また、JリーグやBリーグなどとも手を取り合い、スポーツ界全体の横断的組織になる可能性はありますか。
あり得ると思います。ほかの競技も、プロ野球界と同様の課題を抱えているかもしれません。そうした団体と競技の壁を越えて連携しやすい環境を生み出せれば、スポーツ界全体を盛り上げることができると思います。事実、現時点でもほかのスポーツとの連携が進んでいます。私自身も、そうした動きのなかでぜひ力を発揮したいですね。
After Interview
ファン目線で考える。今回のインタビューで園部氏の口から何度となく出てきた言葉だ。ファンといっても、ある選手のファン、ある球団のファン、パ・リーグのファン、野球ファンと、さまざまなファンがいる。PLMという視界からファン目線で考えるということはどういうことなのか。PLMは生い立ちや事情の異なる6球団によってつくられた組織であり、多様なファンを顧客とする非常に難しいポジションにある。1球団ではできない6球団にとって意味のあることをやろうとすると同じ交渉を6球団と調整しなければならない。粘り強い交渉力が必要とされるが、音楽やゲームの世界で数々の商談や契約をまとめてきた経験とスキルが活かされている。そして、自身もプレーヤーとして野球を続けてきた目線によって、野球ファンが今、何を求めているのかを見失うことはない。これまでのすべての経験がスポーツビジネスにおけるファンベースマーケティングに活かされている。
園部健二氏
パシフィックリーグマーケティング 執行役員 事業開発本部本部長兼経営企画部部⻑
Sonobe Kenji 明治学院大学卒業後、情報通信業界の企業に入社して法人営業を担当。次いで、音楽系出版社に転じて広告営業職として勤務した後、ゲーム会社に転職。ダーツマシンの国内営業職や、コンシューマーゲームの海外営業、マーケティング職を経て、2017年にパシフィックリーグマーケティングに転職。現在は、セールス、マーケティング、コンサルティング、人材などの領域を幅広く統括している。