成功の本質
第101回 だんごむし/バンダイ
日陰の身にスポットが!共感呼び人気沸騰
ダンゴムシ。指で触れると丸まり、転がるのが面白くて、子供時代、見つけては遊んだ記憶を持つ人も多いだろう。そのダンゴムシを実物の10倍の大きさに拡大し、丸まる仕かけを組み込んで立体化したバンダイのカプセルトイ「だんごむし」。自販機に硬貨を入れてレバーを回すと出てくるのがカプセルトイ(バンダイでは「ガシャポン」という)だが、カプセルレスといって、だんごむしがそのまま丸まった状態で出てくる。
年間20万個売れればヒットとされるなかで、1個500円と高価格ながら、2018年8月の発売から7カ月で64万個を販売。生産が追いつかず、自販機に補充されるとすぐに売り切れになるため、ネット通販で1個2000円以上で売買されるほどの超人気商品だ。購買層はミドル層の男性が中心。女性も3分の1ほどを占める。
「ダンゴムシは虫のなかでもカブトムシみたいなヒーローではなく、日陰の身のような存在です。小さいころ、よく遊んだけれど、大人になって触ることも見ることもなくなり忘れ去っていたとき、突然、日陰の存在にスポットが当てられ、10倍のサイズになって現れた。そこに大人の男性がどこか共感を抱くのでしょう。女性には、ちょっと気持ち悪いけれどかわいいという“キモかわいい”ところがウケているようです」
こう話すのは、開発者であるベンダー事業部の誉田(ほんだ)恒之企画・開発第二チームアシスタントマネージャーだ。だんごむしの開発には約2年が費やされたが、商品化の決定までの1年3カ月は、誉田1人によって密かに進められた。承認を得るのは困難と考えられたからだった。
「カプセルトイはアンパンマンなどのキャラクターものが中心です。一方、ダンゴムシはノンキャラクターで地味です。売れる可能性を示す実績の数字など、裏づけは何もない。却下されるのは目に見えていました」(誉田)
マーケティング的なデータの裏づけはなくとも、なぜ、だんごむしは商品化が認められ、爆発的なヒットに至ったのか。誉田のとった行動をなぞってみたい。
娘が遊ぶ姿を見て着想
だんごむしのアイデアを思いついたのは、アニメ『機動戦士ガンダム』に登場する人型ロボット兵器「ザク」の頭部をカプセルレスでカプセルトイにするEXCEED MODEL ZAKU HEAD(エクシードモデル ザクヘッド)」を開発中のことだった。カプセルレスは今では業界に広まったが、もともとは誉田の発案。香港に9年間、フランスに3年間駐在した後、2014年に本社に戻り、ベンダー事業部の仕入れ担当に配属されたときの話だ。当時、カプセルトイの売り上げは年々落ちていた。原因は、生産委託する中国の工場で人件費が上昇し、価格を維持したまま付加価値を高めるのが難しくなって人気が下落したことにあった。
仕入れ担当として、カプセルは捨てられるのにコストが高いことを実感していた誉田は、カプセルを使わない方法を模索。ドラえもんの丸い頭部をカプセルがわりにし、その内部に組み込んだ胴体と合わせると、従来のカプセルトイより大きなフィギュアがつくれる「カプキャラドラえもん」を提案、自ら開発した。
次いで誉田は、以前から実現したいと思っていたザクヘッドの開発に着手。ところが、ドラえもんの頭と違い、ザクの頭部は完全な球体ではないため、設計で四苦八苦した。そこで、形が球状でカプセルレスに向いた題材を四六時中探しているとき、ある光景を見てひらめいた。小学生の娘が公園で見つけたダンゴムシを指でつつき、丸くなるのを見て、楽しそうに遊んでいた。「これは究極のカプセルレス商品になるのではないか!」
自身は虫が苦手だったが、それでも子供時代、ダンゴムシをいじった記憶がある。知り合いの親たちに聞くと、子供がダンゴムシをポケットにいっぱい入れて帰って来たりと、どの家でもある時期、子供はダンゴムシにはまっていた。もしかすると、特定のキャラクターより、ダンゴムシにハマる子供の人数のほうが多いかもしれない。ならば、しっかりつくり込んだ商品を出せば、多少値段が高くても、子供のために買ってやる親が結構いるはずだ。また、ダンゴムシという題材は、誉田が身につけた“商品開発の原則”とも合致していた。
「それは、面白いポイントは1つに絞ったほうが伝わるということでした。バンダイには『あれもできる、これもできるは、できないと一緒』という言葉があります。自信のない開発者は社内の目を意識して、いろいろな要素を取り入れて、結果、ぼやけて売れなくなる。ここが面白いと思ったら、ほかの部分は削ってでも、1本で勝負する気持ちでつくらないと顧客には伝わらない。その点、ダンゴムシは丸まるという1点に絞って面白さを打ち出せる。自販機からだんごむしが丸まった形でゴロンと出てくる光景はシュールで絶対ウケると思いました」
企画会議をどう通すか
ヒットをねらうならポイントを1つに絞る。それは、香港に駐在したときに自ら経験したことでもあった。中国の委託工場での生産管理業務を管轄。生産の規模を拡大することになり、新たにカプセルトイの生産も手がけようと、本社の事業部にかけ合った。新しいアイデアを持ってくれば認めるという。
既存の商品はフィギュアが中心だったが、そこに遊べる要素を入れてはどうか。『それいけ!アンパンマン』に出てくるキャラクターのフィギュアを列車に乗せ、押すとフィギュアが動く仕かけの「アンパンマントレイン」など、遊べる要素を1つに絞って加えた商品を次々開発、大ヒットさせた。本来ならコスト増になるが、生産現場で、どの素材をどのように使えば、コストをかけずにつくれるかという「モノづくりのいろは」を学んだことで、事業部では思いつかないアイデアを発案できた。
ダンゴムシのカプセルトイをつくるアイデアは、自分では面白いと思うが社内ではどう受けとめられるか。問題はどうやって事業部の企画会議で通すかだった。
「そこで考えたのは、こんなものが売れるのかというリスクよりも、なんか面白そうだという好奇心を持って共感してもらえれば、プレゼンの場の雰囲気を変えることができるのではないかということでした。それには、言葉でダンゴムシの面白さを説明しても限界がある。ならば、モノを見せよう。黙って試作づくりを始めたのです」
試作が丸まらない
2016年7月、“アングラ活動”開始。ここで、香港時代の人脈が生きた。図鑑などで実物の体の構造を研究し、設計図に落とし込み、中国の工場で試作を格安でつくってもらう。事業部には部員が自由裁量で使える「試験研究費」という枠があり、費用はそれをあてた。大学の専攻は機械工学。試作に手で触れると、改善点のアイデアが次々浮かんだ。ところが、試作を重ねても、なかなか丸まらない。部品が重なり合ってしまうのだ。改めてダンゴムシの形状を調べると、前から4番目の外殻が一番小さくなっていた。それに合わせてつくると球体になった。「答えは、本物に教えられました」
既に1年3カ月が経過していた。その間、2017年2月に発売したザクヘッドが大ヒット。その勢いも借りて同年10月、企画・開発チームに移っていた誉田は企画会議でのプレゼンに挑んだ。冒頭、ダンゴムシとワラジムシの画像を並べ、「違いがわかりますか」とクイズから始め、ダンゴムシが丸まる仕組みなど、いかに特殊な構造をしているかをアピール。ある種のウイルスに感染すると青く変色し日光や広い場所を好むように習性が変わる。それを鳥が捕食しその糞からウイルスが他の個体に伝染していくなどストーリー性のある話も披露。どの子供もダンゴムシにはまる時期があり潜在的な市場は大きいと訴えたうえで、満を持して試作を見せた。出席者から「オーッ」という声があがると、こう畳みかけた。「10倍の大きさのこのだんごむしが自販機からゴロンと出てきたらインパクトがあり、話題になると思いませんか」
それでも営業は、当初の生産予定12万個に対し、売れる上限は約5万個と試算して難色を示したが、本来の黒色のほか、青色や先天性の遺伝子疾患であるアルビノの個体の白色も用意すれば、2個目、3個目を買ってもらえると説得。「カプセルトイではなく、ネット通販で販売してはどうか」との案も、「自販機から出てくるのが面白い」と自説を曲げなかった。マーケティングデータを揃えた企画が並ぶなかで、「浮いたプレゼン」だったが、最後は上司のゼネラルマネージャー(GM)、齊田俊一が商品化を承認した。その理由を齊田が振り返る。「事業の8割ぐらいは、キャラクター商品という安定した軸で支える必要がありますが、1〜2割ぐらいは、面白いけれどもどうなるかわからないこともやってみる。結果についてあれこれ議論しても予想がつかない。ならば、まあやってみよう。そんな判断基準でした」
「同魂異才」の企業風土
誉田の香港時代のベンダー事業部のGMで、取材にも同席した現社長の川口勝もこう話す。
「バンダイでは年間約7000アイテムを販売し、8割が新製品です。その新製品も、絶対売れると思っても外したり、逆になんでこれがというのがヒットに結びついたりする。だから、絶対いいとか、駄目とはいえない。プレゼンでも、『必ず世に出すんだ』という開発担当のしつこさや、そのときのノリで最後は決まってしまうところもあるんです」
翌2018年6月4日の「虫の日」に発表。広報部門が考えた「昆虫が苦手な開発担当が」「異例の2年という歳月をかけて」「ダンゴムシの構造を徹底研究し丸まる体を再現した」「世界初のカプセルトイ」という説明に、SNSで「バンダイらしい」「こんな商品をよくぞ思いついた」と話題が沸騰。マスメディアでも次々紹介され、発売と同時に人気に火がついた。誉田自身、「こんなに話題になるとは予想しなかった」と驚くほどだ。その誉田について、川口は「バンダイでも異質な存在」だという。
「企画・開発、仕入れ、生産と本来なら分業して動くところ、彼はすべての経験があり、1人で完結できる。もし、ほかの開発マンだったら、だんごむしのアイデアが浮かんでも、商品化までは進めなかったでしょう。ただ、バンダイには『同魂異才』という創業者の言葉があります。同じ魂を抱きながら異なった才能を持った人間が必要なのだと。エンターテインメント産業で世界をアッといわせるには特にそれが重要です。誉田も異質ですが、その存在を会社としてよしとするところがある。その意味でだんごむしはバンダイらしい商品といえるでしょう」
異才を活かして、未知の可能性にも挑戦し、ユーザーの感性を刺激する商品を生む。カプセルトイ市場で7割のシェアを持つバンダイの強さの秘密はここにあるのだろう。(文中敬称略)
Text=勝見明
面白さは直観で着想し 実現は分析的視点に徹する
開発者は両様の能力を持て
一橋大学名誉教授
だんごむしのヒットの第1の要因は、体が丸まることの1点に面白さのポイントを絞り込めば大きな話題を呼ぶだろうという仮説を明確に打ち立てたことだ。
誉田氏がポイントを絞り込むことができたのは、娘さんがダンゴムシで遊ぶ姿を見て、自らの過去の記憶も蘇らせながら、無心の境地で子供になりきり、共感するなかで面白さの本質を直観したからだ。もし、組織のしがらみに縛られ、社内の目を意識していたら、市場の分析に気を取られ、無心になることも、本質を直観することもできなかっただろう。
ただ、子供の心になりきるだけでは、商品化は思いつかない。誉田氏は、企画・開発、仕入れ、生産と1人で「完結」できる「異質」な能力を有していた。商品化すればヒットすると直観できたのは、過去のマルチファンクショナルな経験の蓄積があったからで、その意味で「異才」を許容するバンダイのカルチャーもヒットを下支えした。
ヒットのもう1つの要因は、単に丸まる体の再現ではなく、10倍の大きさに拡大したカプセルトイにすることによって、「大人にとってのダンゴムシ」という新しい意味を生み出したことだ。
誉田氏は、「面白いものと出合ったら頭のなかに入れておき、既にあるものとかけ合わせたらどんな新しいものがつくれるか」と常に考え続けているという。ダンゴムシを見て商品化の可能性を直観できたのは、商品開発に求められる知を絶えず磨き抜いていたことも大きい。
しかし、ダンゴムシのカプセルトイが売れるという市場の存在を示すエビデンスはなく、仮説に対して合意を得るのは困難だった。ダンゴムシを面白がるのは本能的な感覚であり、それは暗黙知だ。議論するには暗黙知を形式知に変換する必要があるが、本能的な感覚は言葉では表現しきれない。試作を媒介として合意形成を目指したのは、プレゼンの参加者の共感を喚起するためだった。
さらに注目すべきは、試作づくりをはじめ、商品化の過程では、仕入れや生産を担当した経験をもとに、1円でも安いコストで高い付加価値を生むという分析的視点も持ち続けたことだ。
アイデアを着想するときには、組織のしがらみにとらわれずに面白さの本質を直観し、それを実現するときは組織の利益のために分析的視点に徹する。多くの顧客の共感を得る商品を開発できる人間が持つ能力を誉田氏は見事に体現している。
野中郁次郎氏
一橋大学名誉教授
Nonaka Ikujiro 1935年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。カリフォルニア大学経営大学院博士課程修了。知識創造理論の提唱者でありナレッジマネジメントの世界的権威。2008年米経済紙による「最も影響力のあるビジネス思想家トップ20」にアジアから唯一選出された。『失敗の本質』『知識創造企業』など著書多数。