成功の本質
第99回 HILLTOP(ヒルトップ)
経営の原点は「愛」
効率と非効率の両立が生む競争力
京都駅から近鉄京都線で25分ほど走るとそこは宇治市だ。駅を降り、1キロほど歩いて本社前に立つ。5階建て社屋の左手につくられたピンク色の大きなオブジェに目を奪われる。これがアルミ切削加工のメーカーとは思えない。社名をHILLTOP(ヒルトップ)という。
新卒採用を本格的に始めた2010年度から9年間で従業員数は60人から151人へ2.5倍、売上高は5億円弱から約23億3000万円へ約5倍、取引社数は約400社から約3500社へ約9倍伸びた。そのなかには、ウォルト・ディズニー・カンパニー、NASA、世界最大の半導体製造装置メーカーのアプライドマテリアルズなども名を連ねる。利益率は20〜25%(業界水準は3〜8%)の高さを誇る。
「わが社が伸びているのは人材の力です」
と、経営の指揮を執る副社長の山本昌作は言う。1階にある工場には加工機が何台も並ぶが、オペレーターは2、3人しかいない。「24時間無人加工の夢工場」を謳い、加工機はプログラム通りに自動で製品をつくり続ける。ヒルトップの特徴は多品種単品生産。製作数1個の受注が7割を占め、大半は取引先からの試作の製作依頼だ。そのため、加工機は毎回つくるものが異なる。プログラムもその都度組まなければならない。そのプログラマー部隊がいるのが主力の製造部で、2階に上がると若手社員たちがパソコンと向き合っていた。
職人技を機械で自動化
「当社の売上高を決めるのは機械の能力ではなく、社員がつくり出すプログラムの量です。そのプログラミングのスピードが圧倒的に速い。だから短納期が可能になる。ここに選ばれる理由があります」
と話すのは副社長の長男で経営戦略部長の山本勇輝だ。
ヒルトップの競争力はプログラミングを行う社員の生産性の高さにある。しかも、新入社員でも入社2〜3週間で戦力化できる。2018年4月に入社した吉田夏菜は、「いちばんうれしかったのは、入社3週間目に初めて組んだプログラムで加工機が動いて製品ができたときでした」と目を輝かせる。プログラマーが日中プログラムを短時間で組み、夜間も加工機が無人で稼働することで、受注から納品まで最短5日という通常の半分の短納期を可能にする。これをヒルトップ・システムと呼んでいる。
このヒルトップ・システムは、「単純なルーティン(決まり切った仕事)はしたくない」という昌作の思いから生まれ、これまで2つのフェーズを経て今に至る。
前身は1961年、父親が創業した鉄工所だ。長男が大病を患い、薬の副作用で聴力を失った。「働き口に困らないように」と親心で始めたものだ。今は長男が社長職に就く。次男の昌作は商社への就職が内定していたが、「兄弟で支えてくれ」と母に懇願され、1977年に入社した。
受注の8割は自動車メーカーの孫請け。部品の大量生産に追われ、油まみれの毎日。「同じことを繰り返す仕事は嫌だ」「嫌なことは従業員にも押しつけたくない」「人間らしい知的作業がしたい」と孫請けの仕事はやめ、多品種単品生産を目指した。受注の8割を失い、3年間は「ご飯を食べるのもやっと」(昌作)の状態が続いた。
「ところが、単品生産を始めても楽しくなかった。リピートオーダーが繰り返されるとやはりルーティン化してしまう。まったく新しい概念が必要だと考えました」
ここから第1のフェーズが始まる。米の最適な炊き方を再現する電気炊飯器のマイコン制御や、ハンバーガー店の調理工程をすべて温度や時間で数値化するマニュアルなどをヒントに独自の方法を導き出した。切削加工のルーティン作業は機械で自動化し、人間はプログラミングを行うというものだ。そこで、自社の職人たちから、どのように加工しているかを聞き出して個々の作業を標準化し、データ化した。このデータをもとにコンピュータ制御で加工機を動かす。1991年、ヒルトップ・システムがスタートする。
プログラマーは新規受注のプログラムを組んだら、それをデータベース化する。リピートオーダーの際はそれを使うようにすれば、プログラマーは常に新しいプログラムに携わることになりスキルアップを図れる。これを昌作は「知的作業の善循環サイクル」と呼んだ。
また、社員が働く環境についても、工場のイメージを一変させようと、ピンクの外観の新社屋を建設した。
二足三足の草鞋(わらじ)を履く
第2のフェーズを迎えたのはリーマンショック後だった。受注が激減したのを機に、これからも「選ばれる企業」になるにはどうすればいいかを考え抜いた。自社の売上高はプログラムの量が決めていた。ならば、プログラミングの生産性を高めよう。「プログラムの生産量3倍化」の目標を掲げると、プログラミングの効率を徹底して追求する最適化に着手した。これを主導したのが経営戦略部長の勇輝だった。本人が話す。
「従来、プログラムを組むのに800項目以上のパラメーター(動作決定の数値)があったのを共通のパターンにまとめ、25項目にまで減らした。プログラミングが効率化され、圧縮された結果、たとえば、プログラミングに自分の時間を100%使っていたのが50%ですむようになった。残りの時間を自由に使って新しいことにチャレンジする。それが経験知となって本業に生かせる。知的作業の善循環をさらに回していけるようになったのです」
では、どんなことにチャレンジするのか。入社7年目、20代で製造部の副部長に抜擢された宮濵(みやはま)司が話す。
「たとえば、今のシステムが本当に正しいのか疑って検証する、宇宙事業など新分野のためアルミ以外の金属の切削に挑戦する、などさまざまです。それにはプログラミング以外にマルチなスキルを持っていることが必要で、そこで力を入れているのがジョブローテーションです」
製造部には、プログラミングのほか、機械のオペレーション、製品によっては必要になる手作業の各種加工など、8部署があり、すべての部員が全部署を経験する。「アナログの手作業を職人に初心者レベルから教えてもらう。とても非効率です。でも、多様な知識が吸収できる。それがチャレンジに生きるのです」(宮濵)
さらに特徴的なのは、自分の所属する部の仕事以外でも、手をあげれば挑戦できることだ。
「うちでは本来の仕事だけでなく、"二足三足の草鞋を履く"のが普通です」と話すのは、入社3年目で、勇輝の下で採用関連業務をすべて任されている岡谷(おかたに)祐美だ。
「たとえば、うちは人事部がないので、社員全員で採用活動をするんです。製造部員でも、社外での会社説明会や採用面接を担当する。それには自分の会社を自分の眼でとらえ、自分の言葉で表現できなければいけない。自分が採用に関わった社員については、入社後も責任を持とうという意識が生まれる。人事の専門部署がやるより非効率ですが、誰もが二足三足の草鞋を履くことで視野が開け、仕事へのモチベーションにもつながる。これも知的作業の善循環です」
プログラミングをAI化
入社1年目の製造部員、廣目(ひろめ)恭介は大学での学内説明会を担当した。
「この会社には年間2000人くらい見学者が来られて、社員の誰もが説明役を担当するんです。僕もその後ろに立って、どんなふうに説明しているのか聞いて勉強していたら、意欲を買われて学内説明会に行かせてもらいました。僕らはまだどこにチャンスがあるかわからないので、100個機会があったら、100個種をまいておく。すると声をかけてもらえる。入社半年でも、チャレンジすることの大切さを学びました」
この「種まき」の機会になるのが親子制度だ。若手1人ずつに「親」役の先輩社員がつき、毎日、終業前に10分間、その日の振り返りの対話を行う。この場で若手は自分のやりたいことも発信できる。前出の岡谷が話す。「やりたいという声をあげ、認められるだけの行動がともなっていれば、やらせてもらえる。私も入社2年目に自分で採用担当を志願し認めてもらいました。今では採用関連については予算まで任されています」
「うちは出る杭は打たない」と昌作も言う。
そんなヒルトップも今、岐路に立たされ、第3のフェーズに移行しつつある。経営戦略部長の勇輝が話す。
「プログラムを効率化し、最適化していった結果、ディスプレー上で選んだ刃物を削る面にあてるだけで加工のプログラムがつくれる。だから新人でもすぐに戦力化でき、短納期も実現できた。ただ、最適化するほど仕事は単純化し、ルーティン化します。しかも、余裕ができた時間に新しいことに挑戦するはずが、短納期が評価されて受注が増え、その対応のため、すべての時間がルーティンで埋まるという矛盾に陥ってしまった。そこで今進めているのが、AI(人工知能)によるプログラミング自体の自動化です。プログラミングから解放された社員には、次の時代の新しいビジネスを考えてもらう。2年後には製造部からプログラマーはいなくなっているでしょう」
新しいビジネスとはどんなものか。製造部の宮濵が考えているのは「切削加工のクックパッド」だ。
「プログラマー不足などで機械を眠らせている企業が世界中にあります。うちのシステムにアクセスすれば、レシピにあたるデータを入手して機械を自動で動かせる。世界中でものづくりを活性化できます」
変わらない基本を持つ
夜間に動いていない機械をヒルトップが借り、データを送って自動で製品をつくる仕組みも計画中という。
「EMS(電子機器製造受託サービス)で世界最大の鴻海(ホンハイ)精密工業より多くの生産設備を持つことも可能になる。そんなビジネスモデルを考えることが、これからは社員たちの知的作業になっていくでしょう」(勇輝)
最初のフェーズでは、職人技をデータ化し、機械で自動化して、人間はプログラミングに専念させた。次いで、プログラミングを効率化し、最適化して圧縮した分、社員には自由になる時間で新しいことに挑戦させようとした。挑戦を促すため、ジョブローテーションや親子制度など、あえて非効率な仕組みを取り入れた。
さらに次の時代には、プログラマーの技術をデータ化して、プログラミング自体をAIで自動化し、社員は新しいビジネスモデルを構築していく。
「変化し続けるのがうちの一番の強み」と勇輝は言う。一方、「ルーティンの仕事は社員に押しつけず、知的作業の善循環を回せるようにする考えは変わらない」と昌作は語る。変わらない基本があるからこそ、仕事のあり方を状況に応じて、変化させることができるのだろう。
ヒルトップはなぜ、変わらない基本を持ち続けることができるのか。若手ながら採用活動の現場責任者として自社を見続ける岡谷が語る言葉が印象に残った。
「この会社はわが子への愛から始まりました。そのスピリットがずっと受け継がれているように感じるのです。ヒルトップ・システムもお金儲けではなく、社員が成長しながら働けるようにつくったことをみんなが知っている。だから互いに成長していけるよう、やりたいことを後押しするし、出る杭も打たない。採用活動にも、みんな仕事を持ちながら協力してくれます。この会社のこの人たちと一緒に働いていることがモチベーションになっている社員は多いと思う。それがいちばん誇れるところです」(文中敬称略)
Text=勝見 明
人と人との「出会い」と 「共感」のなかから知は生まれる
一橋大学名誉教授
経営の原点に「愛がある」という社員の言葉は、この会社の本質をみごとに言い表している。愛は相手に対する「共感」であり、それは人と人との「出会い」から生まれる。ヒルトップが社員たちに新しいことへのチャレンジを促す「知的作業の善循環サイクル」のなかには、サイロに閉じこもらない多様な出会いの場が組み込まれている。
マルチな能力を身につけるため、手で加工する現場の職人から学ぶジョブローテーションも、先輩社員と若手がペアを組む親子制度も、そこには出会いがある。対外的には、社員が担当する採用活動の会社説明会や採用面接も出会いの場だ。「対話の哲学」を唱えた哲学者マルティン・ブーバーは、出会いとは「自己中心性から解放された、自分と相手が 1つになって生じる無心の態度である」とした。
また、ブーバーは、人間は他者などと関係を持つとき、「我・それ」と「我・汝」という2つの態度をとると説いた。「我・それ」関係は相手を対象化し、一方的な関係しか結べない。また、対象の「それ」はいつでもほかのものと入れ替われる。
他方、「我・汝」関係では相手と全人的に向き合い、互いに個として認め合いながら、個を超えて関係し合う。だから、相手はかけがえのない「汝」となり、ここに共感が生まれる。親子制度は「我・汝」関係であり、自分が採用に関わった社員について、入社後も責任を持とうという意識が生まれるのも同様の関係が生まれるからだろう。
出会いで得られた経験は、自らの暗黙知として取り込まれていく。暗黙知は相手と共感しながら、対話をとおして形式知に変換される。親子制度で若手が「やりたいこと」を発信し、それが新しいことへのチャレンジにつながるのは、まさに知識創造の原初的なあり方だ。
そもそも人は知の結晶態である。その知は人と人との出会いのなかから生まれる。知識創造のプロセスである知的作業の善循環サイクルを出会いと共感をベースに回す。ここにヒルトップの経営の特質がある。
そのヒルトップも事業のAI化を開始した。マイクロソフトのサティア・ナデラCEOは「他者に共感する力をAIが身につけるのはきわめて難しい」「AIが普及した社会でいちばん希少になるのは、他者に共感する力を持つ人間だ」と語る。AI化の時代にあっても、ヒルトップは社内外で出会いと共感の場を増やすことに注力していくだろう。
野中郁次郎氏
一橋大学名誉教授
Nonaka Ikujiro 1935年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。カリフォルニア大学経営大学院博士課程修了。知識創造理論の提唱者でありナレッジマネジメントの世界的権威。2008年米経済紙による「最も影響力のあるビジネス思想家トップ20」にアジアから唯一選出された。『失敗の本質』『知識創造企業』など著書多数。