成功の本質
第95回 インテグラル
投資家より投資先が大事
欧米型とは一線を画す日本型ファンドとは
羽田空港(東京都大田区)にあるスカイマークの格納庫に駐機したボーイング737-800型機の機内。2017年4月3日、同社の佐山展生会長は入社式を迎えた125人の新入社員にメッセージを送った。「仕事を好きになること、面白いと思うことが一級のプロになる必須条件です」
式後、新入社員を乗せたジェット機はそのまま、サプライズの記念飛行へと飛び立っていった。前年はわずか4人の新入社員しか採れなかった。「予想より早く離陸できたな」。見送る佐山の目には機影と会社の業績が重なって見えたに違いない。
佐山はスカイマークのプロパー経営者ではない。2015年1月28日、経営破綻により民事再生法の適用が申請された際、再建に名乗りを上げた投資ファンド、インテグラルの代表取締役だ。投資ファンドというと、業績が悪化した会社の株式を安値で買い叩き、資産を高値で売り抜いて巨利を得るハゲタカファンドを思い浮かべる人も多い。佐山は全国の支店を回り、インテグラルはそうではないことを説明した。そのときの情景をこう話す。
「人の心は目に表れます。人間はこんなに不安な目をするんだと驚くほど、社員たちは不安そうでした」
それから2年余り、新入社員たちの初々しい眼差しを浴びた佐山は感慨深かった。実際、スカイマークは見事なV字回復を果たしていた。2016年3月期決算では営業利益が15億円と3期ぶりの黒字転換。前期は176億円の赤字だった。同年3月には民事再生手続きが終結。翌2017年3月期の営業利益は67億円と4倍以上に伸びた。
スカイマークの再建は、新たな資本金180億円をインテグラルが50.1%、ANAホールディングスが16.5%、三井住友銀行と日本政策投資銀行が共同出資するファンドが33.4%の割合で出資する形で実施された。ただ、日本陣営以外で大口債権者の米航空リース会社も米デルタ航空と組んで手をあげた。もし、外資陣営に決定していたら、再建はデルタの強い影響下で行われただろう。
一方、インテグラル主導の再建はANAから支援を受けつつも、国内航空会社の第3極としての独立性を維持して進められた。それが可能だったのは、インテグラルが既存の欧米型とは異なる日本型のファンドを志向したことによる。企業再生の担い手としてファンドの存在が注目されるなか、新たなファンドの可能性を探る。
日本型ファンドと欧米型の違い
インテグラルは投資ファンドのなかでもバイアウト・ファンドと呼ばれる。投資家から集めた資金で業績不振や資金難に陥った企業の過半数の株式を取得し、経営に関与する。そして、その投資先の企業価値を高めた後、株式売却か上場により投資家に利益を還元する。バイアウトは「買収」の意味だ。内外に数々のバイアウト・ファンドが存在するなかでインテグラルには2つの特徴がある。
1つは投資家から集めたファンドの資金のほか、投資先の要望に応じて自己資金も拠出する。ファンドの資金と自己資金の両方を用意できることから「ハイブリッド型投資」と呼んでいる。もう1つは、これも投資先の希望により、インテグラルのメンバーが投資先に常駐し、経営支援にあたる(「i-Engine」と呼ぶ)。佐山が説明する。
「欧米型のファンドにとって大切なのは投資家であり、そのため、儲けることが最大の目的です。経営権を握っているので対応が上から目線になり、短期的に収益を改善するため、大規模なリストラも躊躇しない。一方、われわれにとって大切なのは投資先の企業です。投資先の社員と一緒になって『いい会社』をつくり、企業価値を高め、結果的に投資家にリターンを提供する。自己資金を投資するのも、投資家から集めたファンドの資金が平均3~5年で回収するのに対し、超長期の投資を約束し、安心感を高めるためです。これがわれわれの考える日本型のバイアウト・ファンドです」
佐山は京都大学工学部から帝人に入社。34歳で三井銀行(現・三井住友銀行)のM&A部門に転じ、その後、銀行出身者たちと投資ファンドを設立したが、欧米型と同様の手法に疑問を抱き、2007年、起業した。以来、アパレルのヨウジヤマモト、不動産仲介のアパマンショップ、カツラ大手のアデランスなど16社に投資してきた。
通常、バイアウト・ファンドの投資案件は入札形式で決まるが、インテグラルの場合、「投資先と一緒に『いい会社』をつくる」という方針を知って、直接依頼してくる相対の案件が4分の3を占めるという。インテグラルが考える「いい会社」とはどんな会社なのか。
「社員が仕事を面白いと感じ、一生懸命打ち込める会社です。当たり前ですが、それができなくなると会社はおかしくなる。だから、『いい会社』になっていくような仕組みをつくる。それが私たちの役割です」(佐山)
スカイマークの経営破綻は、国際線進出をねらって超大型機を購入後、円安が急進し、燃料費負担の増加などにより資金難に陥ったことによる。民事再生申し立て後に新体制が発足し、佐山が会長に就任。機材を1機種に統一し、不採算路線から撤退するなど構造改革を推進すると同時に、「いい会社」づくりに乗り出した。
定時運航率日本一を目指す
佐山が特に意識したのは社員たちの「目」だった。経営者は社員から見えていないといけない。溝があると「いい会社」にはなれない。佐山は毎週、全社員に向けて、自分がスカイマークのトップとしてどんな仕事をし、何を考えているか、写真入りのメッセージをメールで送った。支店回りのときには出会った社員の名前も必ず載せた。社員との飲み会に参加すればその写真も載せる。メッセージには自分のアドレスと携帯電話の番号も記載。やがて社員から飲み会の誘いが週に何件も入るようになった。飲み会では「本音の不満」が出る。それを拾い上げ、毎週開催の経営戦略会議で改善策を即決した。
このメッセージで佐山が、毎回繰り返し掲げた目標がある。「定時運航率日本一を目指す」。経営破綻前、スカイマークの定時運航率は下位の常連だった。これを日本一に高める。その意味を佐山はこう話す。
「売上高や利益の目標は社員には実感できません。大切なのは、一生懸命やれば数字に表れるようなわかりやすい目標を示すことでした。定時運航率は顧客満足度につながり、搭乗率も高まって業績に結びつく。定時運航率日本一の目標はしつこいほど繰り返し言い続けました」
大株主でもあった前経営者のころはすべてがトップダウンで決められたが、新体制下では社員主体の「定時性向上委員会」を設置し、自分たちで改善策を考えるボトムアップへと転換していった。その結果、2016年度は国内航空会社全11社中3位に浮上。2017年度上半期には1位を実現した。顧客満足度調査でも2017年度は2位にランクされた。搭乗率も新体制発足後、前年越えが続いた。「成果が表れるにつれ、社員たちの目の色が変わっていきました。次は社員満足度日本一を目指す。ある転職サイトの『社員による会社評価』の調査では、大手航空2社は5点満点で3.3〜3.4ぐらいでスカイマークは3.24です。まずは大手2社を抜き、次は1位をねらう。そこまでいけば、かなり『いい会社』になっているはずです」
スカイマークには佐山のほか、インテグラルから2人が常駐。この常駐は初めからあった仕組みではなく、ある投資案件がきっかけだった。その事例も紹介しよう。
半年の常駐予定が4年に
光通信部品メーカーのファイベストは富士通の技術者5人が2002年に独立して起業した。当初は赤字が続いたが、次第に事業が軌道に乗り始めた。ところが、出資者の投資ファンドの運用期限が迫って売りに出されることになり、インテグラルが2011年から引き受けた。ファイベスト社長の高田敏弘は両者の違いに驚いたという。
「前のファンドはお金の話ばかりで、なぜ開発が遅れるのかと目先のネガティブな面ばかり突かれました。インテグラルはどうすれば遅れを取り戻せるか一緒になって考えてくれた。その忍耐強さには本当に助けられました」
出資の際、弱点だった管理部門を支援するため常駐することになったのがインテグラルの山崎壯(つよし)だった。産業再生機構、米国留学を経て31歳でインテグラルに入った。ファイベストの執行役員企画管理部長としての常駐は半年の予定が1年になり、2年目からは中国での事業責任者を任せられ、結局、4年に及んだ。
「意識は100%ファイベストの社員でした。評価も佐山が高田社長から仕事ぶりを聞いて行う形でした」(山崎)
どうすれば「いい会社」になるか。ファイベストの強みは高い技術力にあった。ならば、技術者が力を存分に発揮できる組織にする。人事も担当した山崎は業績が一時赤字に陥ったときでも、コスト増を承知で技術者の採用を続けた。「そこには確固たる決意があった」という。
「インテグラルは仲間だった」
当初は上場が目標だったが、山崎は次第にファイベストの技術力がより生きる道を考えるようになった。たまたまサプライヤーのなかにMACOM(メイコム)という、技術が相互補完的で相性のよい米国の半導体メーカーがあった。MACOMは成長分野のデータセンター向けビジネスに強い。その傘下に入ってはどうか。高田に相談すると同じ考えを持っていた。インテグラルも「社員が幸福になるなら」と支持した。2015年、ファイベストはMACOM Japanとなり、以降、業績を飛躍的に伸ばしていった。
「ファンドがインテグラルでなかったら成功に至らなかった。インテグラルは仲間だと思っています」(高田)
山崎は残留を求められたが、「また次の投資先で役に立ちたい」とインテグラルに戻った。同様に、佐山も2020年9月に予定している株式上場が実現すればスカイマークの会長職を辞すことになる。
「われわれバイアウト・ファンドにはタイムリミットがある分、濃縮した経営支援をしなければなりません。航空会社の定時運航率のように、どの業種でも、そこに力を入れれば、みんなが一生懸命頑張れるようになるポイントがある。われわれはそれを見つけ、そこで役に立つ。だから、どんな業種でも経営の支援ができるのです」
と佐山は語る。
現在、インテグラルは730億円のファンドを運用している。佐山によれば、「もし(外資系ファンド並みに)1兆円の規模になれば、東芝やシャープ級の大企業の経営危機にも日本型ファンドが支援に乗り出すことが可能になり、日本経済に大きな役割を果たせるようになる」という。
投資家の利益優先ではなく、投資先の経営支援を優先し、ともに企業価値を高め、結果として投資家に利益をもたらす。欧米流の株主資本主義の是非が議論されるなか、インテグラルは日本から新しい投資ファンドのモデルを発信し得る可能性を示している。(文中敬称略)
Text=勝見明
日本型の「共感のファンド」の創造
「いい会社」を実現し投資家に利益還元
一橋大学名誉教授
バイアウト・ファンドは限られた時間内で投資先の企業価値を高めなければならないため、欧米型ファンドは分析的視点から、大胆なリストラも辞さない。インテグラルもスカイマーク再建のため、赤字路線撤退などの構造改革は実行している。
同時に佐山氏は経営者として、スカイマークのために何を行い、どう考えているかを伝えるメッセージを写真入りで発信し続け、飲み会に参加し、自らを「見える化」した。また、投資先に常駐するメンバーも、仲間としてともに歩むことを大切にしている。目指すのは、投資先との間で共振・共感・共鳴を醸成する「共感の経営」だ。
佐山氏は「定時運航率日本一」という、社員たちがすぐ行動に移せるような数値目標を掲げ続けた。定時運航率を高めることは、顧客の時間を大切にすることであり、顧客への共感がベースとなる。定時運航率日本一を目指す日々の行動を通して、自分たちは何のために仕事をするのか、自社の存在意義を身体化させ、全員経営を実現する。
佐山氏は投資先と一緒に、社員が仕事を面白いと感じ、一生懸命打ち込める「いい会社」をつくることを最も重視している。これは、人間中心の経営であり、日本的経営の本質といえる。
日本企業の多くは米国流の経営に過剰適応した結果、オーバー・プランニング(過剰計画)、オーバー・アナリシス(過剰分析)、オーバー・コンプライアンス(過剰法令遵守)の3大疾病に陥り、日本的経営の本質を喪失しつつある。インテグラルは、限られた時間内で凝縮した経営を行う必要があるからこそ、外から日本的経営を持ち込み、成果に結びつけた。このことは日本企業が何を取り戻すべきかを端的に示している。
佐山氏は高校時代、野球に打ち込んだ。メーカーから銀行に転じ、働きながらMBAや博士号を取得し、起業した。がむしゃらに試行錯誤することで見えるものがある、高いハードルを設定し目指す人だけが目標達成できる、つまり「人生は自分で創るもの」と気づいたという。その生き方を通じて、社員が仕事を面白いと感じられるのが「いい会社」という経営哲学に到達したのだろう。
高校野球で培った勝負心、技術者時代の現場経験、M&A専門家としての肌感覚と分析力、それらが相まって、修羅場に必要な経験知を佐山氏に与えた。経営者経験はなくとも事業会社の会長職が務まるのは、その経験知をもとに日本的経営を志向する「共感のファンド」を構築しているからだ。
野中郁次郎氏
一橋大学名誉教授
Nonaka Ikujiro 1935年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。カリフォルニア大学経営大学院博士課程修了。知識創造理論の提唱者でありナレッジマネジメントの世界的権威。2008年米経済紙による「最も影響力のあるビジネス思想家トップ20」にアジアから唯一選出された。『失敗の本質』『知識創造企業』など著書多数。