人事のリスクマネジメント新鉄則
介護離職
初動パニックによる離職を避けるために企業が打つべき手とは
要介護者数が右肩上がりに増加を続けるなか、介護離職が深刻化。総務省の就業構造基本調査(2012年)によれば、その数は1年間で10万人を超えている。
多くの企業がこの問題を経営上のリスクととらえ、対策の必要性を感じてはいる。しかし、仕事と介護の両立支援に関して十分な対策ができているとする企業は18.1%にすぎない(2016年東京商工リサーチ調べ)。
一般社団法人介護離職防止対策促進機構代表理事の和氣美枝氏は現状をこう解説する。「何をすればいいのかが企業側もよくわかっていないのです。介護休業制度を整備し、積極的に取得するよう推奨する企業も一時期目立ちました。しかし、初めての介護に戸惑っている社員に制度だけを用意しても利用しようがないのです。休みが取れたところでどう動けばいいのかがわからないのですから」
実際に介護が発生した場合、初動でパニックを起こしやすい。そして、誰にも相談できず1人で抱え込んでしまった結果、仕事と両立できずに1年以内で辞めてしまうケースが多いという。そこには制度だけでは解決できない課題があるのだ。
一次相談窓口になる専任人材設置が必要
「介護者が抱える問題は多様で複雑です。公的制度や介護サービスに関する知識不足、介護と仕事の両立における公私両面での負担、それに伴う介護者自身の心身の健康状態の悪化などが複合的に絡んできます。介護離職を防ぐにはこれらに包括的に対応することが求められます」
では、このような包括的なケアやサポートを実効的に進めるには、企業にはどのような取り組みが必要となるのだろうか。
最大のポイントは、介護に関する制度やサービスに精通し、この問題のみを専門に担当する介護離職防止専任人材を置くことだ。その役割として特に重要なのは「一次相談窓口」としての機能である。一定の専門知識がある人材が窓口になれば、初動パニックに陥りかけている介護者に対して、混乱状態を整理し、問題を切り分けて対応することが可能になるからだ。
たとえば、介護保険制度などの基本情報の提供や、地域包括支援センター、介護サービス事業者などの紹介はもちろん、心理面でケアが必要な状態ならカウンセラーにつなぐ、職場の体制に問題があれば担当上司と調整を図るなど、問題の種類に応じた役割を果たすことができる。
また、家族内での介護の分担に関してアドバイスする、辞めることのリスクや1人で抱え込むことのリスクを伝えるなど、専門家としてプライベートや本人のキャリアにまで踏み込んだ助言も可能だ(下図参照)。
自身に介護経験がある人材が適任
「介護に直面した社員の多くは、誰に何を相談すればいいのかもわからない状態にあります。そのため、必要な情報提供とともに適切な外部機関の紹介を行う一次相談窓口が社内にあるということが重要なのです」
このような個別のケースへの対応と並行して、まだ介護問題に直面していない社員への基本情報の周知、仕事と介護の両立をサポートするための管理職への啓蒙、短時間勤務や急な休みに対応できる社内体制の整備なども、専任人材の役割となる。人事評価制度や働き方改革などとの連動も必要になるため、専任人材は、各部門と連携を図りやすい経営直轄のポジションに配置することが望ましい。
そして、この専任人材には介護保険などの社会資源を「使う側」の経験があることが望ましいと和氣氏。介護の問題は、担当者が「他人事」としてとらえている限り、適切なサポートを提供できない。当事者がどのような不安を抱えているかをリアルに想像し、一人ひとりに寄り添うことが何より大切になるのだ。
Text=伊藤敬太郎 Photo=勝尾 仁
和氣美枝氏
一般社団法人介護離職防止対策促進機構代表理事。
Waki Mie 介護離職防止、仕事と介護の両立支援に関する企業へのコンサルティングや介護離職防止専任人材の育成に取り組む。著書に『介護離職しない、させない』(毎日新聞出版)