人事のリスクマネジメント新鉄則
従業員のメンタルヘルス
予防に加えて整備すべきケア体制とは
働く人のメンタルヘルスは数年来、社会的にも大きくクローズアップされている問題だ。2015年12月にはストレスチェックも義務化された。
過重労働や職場のいじめによってうつなどの病気になった場合、日本では労災として扱われ、自殺にまで至った場合は賠償金が1億円超となることもある。同時に企業評価の低下も招く。企業は厚生労働省の指針に従い、予防の取り組みを進めてきたが、今のところ効果は不透明だ。
EAP(従業員支援プログラム)を通じて企業をサポートするピースマインド・イープの代表取締役社長、西川あゆみ氏はこう指摘する。
「実は東日本大震災以降、日本国内の自殺者総数は減少しています。一般的に、大災害後にはこのような傾向が見られるといわれています。しかし、全体の傾向と比較して、雇用されている人の自殺の減少は緩やか。いっそうの取り組みが求められる状況といえます」
ストレスチェックに関しては、義務化されている内容以上に項目数を増やし、予防や組織改革につなげていく動きがある。しかし、どれだけ予防に力を入れても、従業員がメンタル不調に陥る事態を完全に防ぐことはできない。だから、人事にとっては、予防と同時に事後対応も非常に大きな課題となる。そして、この事後対応によって問題をこじらせてしまうケースが、実は少なくないのだ。
たとえば、ある従業員にメンタル不調の兆候が見られたとしよう。本人へのヒアリングや周囲への調査を重ねた結果、彼が長時間労働を強いられていたことがわかったとする。すると、次ページの図の左側に示したように、目に見えるその要因のみに絞って、「問題解決」を図ろうとしてしまいがちだ。
根本原因追求型対応はメンタル問題に不向き
「心の問題というのは個別性が高く、また、背景にはプライベートも含めた多様な要因が絡み合っていることが多いのです。そのため、客観的に問題をとらえて最大の要因と思えるものを取り除いたとしても、必ずしもメンタル不調の改善につながるとは限りません」
ストレスのありようも、解決策も一人ひとり異なる。大切なのは、問題解決のフレームワークを一様に当てはめることではなく、問題を抱えた従業員としっかりと向き合うことだと西川氏は言う。そこで求められる方法が、図の右側に示した「コンサルティング型」の対応だ。
長時間労働だけでなく、上司によるパワハラや、職場の人間関係の問題もあるかもしれない。また、家族や健康などプライベートな面で問題を抱えているかもしれない。本人の話を聞きながら、このように多様で複雑な背景をひも解いていくことでしかメンタルの問題は解決できない。
もちろん、人事だけで抱え込める問題ではない。内部または外部の心理専門職が心理的なカウンセリングを担当し、産業医は本人の体調面の変化を把握、上司が現場での働き方に関する相談に乗り、人事が会社としてのサポート体制を伝えるといった役割を、相互に情報交換をしながら担うことが求められる。
管理職の負荷を高めすぎないこと
問題が発生したらすぐに人事に届く仕組み作りも必要だろう。
「産業医が個々の健診データの経年変化を分析し、課題があれば人事に伝えるという取り組みも有効です」
なお、当然ながら現場の上司もキーパーソンだが、注意が必要だ。
「上司が"よく見る"ことだけで部下のメンタルの状態を完全に把握するのは現実的には難しいでしょう」と西川氏。
ただでさえ忙しい管理職の負荷や責任を高めすぎることは、彼らを精神的に追い詰めることになってしまう。自殺者が最も多いのは、まさに管理職世代である中高年の男性。彼らへのケアも、人事にとって重要なリスクマネジメントの1つである。
Text=伊藤敬太郎 Photo=勝尾 仁
西川あゆみ氏
ピースマインド・イープ代表取締役社長。一般社団法人EAPコンサルティング普及協会理事。
Nishikawa Ayumi EAPコンサルタントとして企業のメンタルヘルス対策などに取り組んでいる。