Macro Scope

CO₂だけではない、 地球温暖化を進める物質とは

2019年10月10日

w156_macro_002_new.jpg大気化学者 谷本浩志氏
Tanimoto Hiroshi 東京大学理学部化学科卒業、同大学大学院理学系研究科化学専攻博士課程修了。2001年より国立環境研究所大気圏環境研究領域大気反応研究室に勤務。2005年主任研究員に、その後ハーバード大学客員研究員などを経て、2011年より地球環境研究センター地球大気化学研究室室長。2017年より、地球大気化学国際協同研究計画(IGAC)共同代表。

環境問題で常にトピックになるのは、地球温暖化のもととなる二酸化炭素(CO₂)である。しかし、CO₂の温暖化への寄与度は全体の50%ほどでしかなく、残る50%は別の物質が原因であることは意外に知られていない。その別の物質の1つが“オゾン”だ。大気化学者としてオゾンを研究する谷本浩志氏に、オゾンの知られざる一面について聞いた。

― オゾンといえば、一般の人々によく知られているのは、フロンなどのガスによりオゾン層に穴が開いてしまうという“オゾンホール”の問題です。一般的には、オゾンはなくてはならないものというイメージだと思います。

オゾンには“良いオゾン”と“悪いオゾン”があるのです。一般的によく知られているのは、成層圏オゾンと呼ばれる“良いオゾン”で、上空20キロから30キロに存在します。地球全体のオゾンの約9割は成層圏にある“良いオゾン”です。
オゾンとはO₃、つまり、酸素原子が3つ結合したものです。成層圏では酸素分子(O₂)の一部は紫外線を受けて解離し、酸素原子(O)となります。そのままでは不安定なので、近くにある酸素分子(O₂)と結合し、オゾン(O₃)になるのです。この、成層圏で生まれては消えを繰り返すオゾンは、無害なだけでなく、太陽から地球に降り注ぐ紫外線を吸収し、私たち人間を守る重要な働きをしていることは広く知られていると思います。そのため、1980年代の“オゾンホール”の発見は世界的に大きな問題となりました。
残り1割のオゾンは、成層圏のもっと下、地表から10キロ圏内に存在し、対流圏オゾンと呼ばれます。対流圏でできるオゾンは、成層圏のそれとは異なり、人間の活動が原因でできます。自動車の排気ガスや工場から排出されるガスなどに含まれる窒素酸化物(NO₂)などに可視光があたって、オゾンが発生するのです。
地球温暖化に影響を与える物質はCO₂が最もよく知られており、実際に最も多く大気中に存在します。しかし、温暖化の原因として、CO₂の寄与度は全体の半分程度、次いでメタン、オゾン、ブラックカーボン(すす)などが続きます。オゾンやブラックカーボンがCO₂と異なるのは、温暖化の原因物質であるだけでなく、人体に有害な大気汚染物質でもあることです。

温暖化原因物質は産業革命前の2倍に増加

― なぜオゾンは、温暖化の原因物質となるのでしょうか。

化学的な性質として、オゾンやCO₂は、熱を吸収しやすいのです。
もう少し詳しくいうと、地球表面は、太陽の光を受けて熱を宇宙に向けて放射しているのですが、大気中のCO₂やオゾンがその熱を吸収するために気温が上がります。こうして地球を覆う膜のようなものができ、“温室”のような状態を生み出すために“温室効果ガス”と呼ばれるのです。
もちろん温室効果ガスが存在しなければ、光によってもたらされた熱は地球の外に逃げてしまうため、生命が存在するには適さないくらい気温が低い星となってしまいます。問題は、CO₂をはじめ、オゾンやメタンの量が必要以上に増え、大気の組成が急速に変化していること、その原因が産業革命以降の人間の活動によってもたらされているということなのです。
対流圏オゾンは、産業革命前のおよそ2倍に増加しています。人間の活動による大気中の化学成分の量の変化が、あまりに急に起こっています。そのため、かつては2100年ごろの地球をイメージして環境悪化の進展やその対策を考えてきましたが、現在では、2050年、2030年ともっと近い未来や現在のリスクを想定した研究が必要になっています。

w156_macro_003.jpg

温暖化はかなりの確率で人間の活動が関与

― 現在の温暖化やそれに伴う気候変動は、人間の活動とはかかわりがないという意見も聞かれます。

温暖化が人間の活動のせいだけなのか、という疑問を持つことは決して悪いことや間違ったことではないと思います。今後さらに研究が進めば、新しい知見が得られるかもしれません。ただ、第一線で研究している世界中の科学者が、現在の温暖化は人間活動によって起こっていると考えていることは、尊重すべきだと思っています。
工業化など人間の活動と温暖化の結び付きを専門に研究している研究者たちから、エビデンスはいくつも提出されています。たとえば、近年、世界各地で記録的な猛暑が起こっています。異常気象と温暖化の因果関係を調べる研究もされており、それによれば温暖化がなければ猛暑が起こる確率はほぼなかった、という結果が出ています。
このような、専門家が精緻なデータ解析によって導き出したいくつものエビデンスを受け止める限り、温暖化の進行には人間の活動の関与があると、かなりの確率でいっていい、ということです。

CO₂の規制だけではなく大気汚染物質にも注目

― 先生ご自身はどのような研究をされているのですか。

オゾンやブラックカーボンは温暖化物質でも大気汚染物質でもあると言いましたが、こうした物質は最近“短寿命気候汚染物質”と呼ばれています。昔は、温暖化と大気汚染は別々のテーマとして研究されてきましたが、私たちは“大気汚染”と“気候変動”が重なる分野の研究を進めています。
また、科学的知見をどのように政策や対策に活かし、現在の地球環境問題の解決につなげていくか、持続可能な地球社会の構築につなげていくか、もテーマですね。
当然ですが、大気は世界中でつながっています。たとえばアジアで大気中に発生した物質は、だいたい2〜3週間で北半球を1周します。大気中の物質がどのように移動、分布して世界各地でその濃度が変わるのかを調査するために、私も1カ月間船に乗って、太平洋上の大気を追いかけたことがあります。ずっと船酔いで大変でした(笑)。
そうしたフィールドワークを経て実感したのは、汚染物質の排出を一国で規制してもあまり意味がないということです。たとえばロシアで発生したブラックカーボンは北極に運ばれ、アジアで発生したメタンは世界中の対流圏オゾンを増やすことにつながっています。今、温暖化でも大気汚染でも、世界規模で統一的な規制が求められているのです。
温暖化の対策にとって朗報となるのは、オゾンやブラックカーボンの排出規制をすれば、CO₂の排出規制よりも高い効果が見込めるという点です。
CO₂は1度発生すると、植物が光合成で吸収する以外ではなかなか減らない。発生後にどれだけ大気中に残り続けるかを示すのが、大気中寿命ですが、CO₂はその大気中寿命が非常に長いという特徴を持っています。ですから、今、排出量を規制してもその効果が出るまでにすごく時間がかかります。
一方、ブラックカーボンの大気中寿命は数日、対流圏オゾンは数週間から数カ月、メタンでも10年です。この大気中寿命の短さが短寿命気候汚染物質といわれるゆえんでもありますが、これはすなわち、発生する量を削減すると、その濃度は速く低下し、温暖化対策としての即効性が高いということになります。
さらにCO₂は、温暖化の原因物質であっても、大気汚染物質ではないという点で規制が難しい。特に発展途上国では経済発展を優先したいという理由で、CO₂の排出規制に二の足を踏んでいます。対してオゾンやメタン、ブラックカーボンはそもそも大気汚染物質であり、人間が吸うと健康に悪影響を及ぼします。各国の環境行政には気候変動への配慮という側面だけでなく、人々の健康を守るという側面もあります。気候変動に対してはなかなか規制するモチベーションが働かなくても、「国民の健康被害をなくすため」という理由であれば、どの国も率先して動くと期待できます。

地球の大気を産業革命前に戻したい

― ただ、米国がパリ協定から離脱するなど、規制が進んでいくイメージがなかなか持てないのですが……。

私は現在、地球大気化学国際協同研究計画(IGAC)の共同代表として、各国が協調して研究を進めるべく取り組んでいますが、確かに国を超えた連携はそう簡単ではありません。
ただ、そのようななかでも、成功事例はあります。最初に説明した成層圏のオゾンホールの問題は、まだ完全に解消したわけではありませんが、この30年間で状態が改善しました。世界各国がこの問題の解決に協調し、原因物質であるフロンガスの規制に真剣に取り組んだ成果です。
大望ですが、私自身の研究の究極の目標は、大気中の汚染物質や温暖化の原因物質を産業革命以前の濃度に戻して、地球の大気をクリーンにしたいというものです。全人類、動物、植物がきれいな空気の価値を享受できるように。
オゾンホール問題の解決でも、当時その渦中にいた人々は「実現できない」と考えたかもしれません。汚染物質やCO₂の規制も、今のテクノロジーをもってすれば実現できるはずです。人類と地球の健全さが両立するよう、温暖化と大気汚染の同時解決を目指しています。

Text=入倉由理子 Photo=刑部友康 Illustration=内田文武

After Interview

「大気の研究は、地味なんです」と谷本氏は言う。「なにしろ目に見えませんから」
確かに、大気中に含まれている多様なものを、私たちは普段気にも留めない。ましてや、それらが各々どういう働きをするのか、組成がどう変わったのかについて、考える機会はめったにない。だが、私たちが常に体を浸しているのは大気であり、その大気を汚しているのも私たち人間だ。風に吹かれたとき、暑さ寒さを憂うとき、大気のなかにある目に見えないものに思いを馳せる責任が、私たちにはあるだろう。
そしてもう1つ、大気は全地球に広がるという事実も忘れてはならない。どこか遠い国のできごとなので自分には関係ない、と顔を背けること、自分(自国)だけなら大気を汚してもいい、とうそぶくこと、どちらも子供じみた態度だ。国際協調はどんなテーマでも難しいものだが、きれいな空気のなかで生きる権利を、地球上のすべての人と子孫につなぐために、地味かもしれないこのテーマで、私たちがどれだけ力を合わせられるかが問われている。

聞き手=石原直子(本誌編集長)