Macro Scope
オーロラはなぜ美しい光を放つのか
“ 一度は見たいもの” として必ずその名が挙がるオーロラ。しかし、なぜ美しい光を放つのか、カーテンのような形状や鮮やかな色合いはどのようにして生まれるのか、という問いに答えられる人はほとんどいない。その発生のメカニズムや解明の歴史、オーロラ研究の人類への貢献について、オーロラ研究の第一人者、片岡龍峰氏に聞いた。
― まずお聞きしたいことは、「オーロラとは何か。なぜ光っているのか」ということです。
なぜ、何が光っているのかということについては、ようやく近年、明らかになってきました。オーロラとは端的に言えば、大気中の原子や分子が宇宙空間で発光する現象です。光っているのは、地上100 〜400キロメートルという人間からするとかなり遠いところですが、宇宙空間全体で見ると地球のすぐ近くです。
宇宙空間というと、多くの人が“真空の空間”をイメージしますが、実際には、そうではなくて“モノ”に溢れています。太陽系全体を満たしているモノが、太陽から吹き出す太陽風という“プラズマの風”です。温度が上がると分子は解離して原子となり、さらに高くなると、原子核から電子が離れ、陽イオンと電子に電離したプラズマ状態となります。太陽風は、気温100万度。そのため宇宙空間はプラズマで満たされ、地球を含めた太陽系の惑星はプラズマに常にさらされることになるのです。
しかし、その太陽風が地球に直接吹き付けることはありません。それは、地球には地磁気と呼ばれる強い磁場があり、これがバリアとなって太陽風に抵抗するからです。ただしこのとき、地磁気を歪めることで莫大な電気を発生させ、これが北極や南極の一部に集中的に電流を流し、この地域に大量の電子を降らせます。この電子が地上数百キロメートルまで広がる薄い大気とぶつかり、光を放つのがオーロラなのです。
整理すると、オーロラの発生には太陽風と地磁気、大気という3点セットが必要ということになります。同じように太陽風にさらされていても、月や火星、金星ではオーロラは見られません。月には地磁気、大気がなく、火星や金星には大気はあっても地磁気がない。地磁気は惑星内部の金属の対流活動によって生まれるといわれており、火星や金星は何十億年か前に対流活動がストップし、磁気を帯びなくなりました。太陽風が吹き荒れる太陽系のなかでも、地磁気を帯び、大気をまとうようになった惑星でだけオーロラを見ることができるのです。
テクノロジーの進化とともに発展した研究
― 近年、ようやく謎が解明されたとおっしゃいました。解明の歴史は、どのようなものですか。
オーロラ研究が本格的に始まったのは、ほんの150年前にすぎません。英国の物理学者であるケルビン卿ウィリアム・トムソンが、人間が住んでいる緯度の低い地域でオーロラが出て驚いた、という記録が残っています。同じ頃、太陽の巨大黒点から白い光が出る現象が見られました。この白い光は、今では太陽フレアといわれよく知られている存在です。太陽フレアとは、黒点の強い磁場の影響で起こるプラズマの爆発現象です。太陽フレアの放出と活発なオーロラ活動は現在、かかわりがあるとされていますが、当時はそうは考えられていませんでした。
そこからオーロラ研究はしばらく歩みを止め、次の大きな進歩はその50年後の20世紀初頭まで待つ必要がありました。
―どんな進歩だったのでしょうか。
1つは、ノルウェーのトロムソ大学のオーロラ研究者、カール・ステルマーが、オーロラがどこで光っているのか突き止めたことです。ステルマーは、当時の先端技術である電話を使用して、20 〜30キロメートルも離れた弟子と連絡を取り合って同じオーロラの写真を同時に撮影し、オーロラの高さの精密な三角測量を繰り返しました。4万枚にのぼる撮影によって、先にお話しした通り、宇宙空間の比較的近場で光っているということがわかったのです。
また、なぜ多くのオーロラが緑色なのかも、約100年前に解明されました。電子が大気と反応して発光すると言いましたが、オーロラの色は大気の分子や原子の種類や、それが存在する真空度の高さで決まります。緑色のオーロラは、高度100 〜200キロメートルという真空度の比較的低い場所で酸素原子が発光したものです。同じ酸素原子が高度200キロメートル以上の真空度の高い場所で発光すると赤色に、また、窒素分子イオンが高度100キロメートル程度の低い場所で発光すると青や紫、ピンク色に光ります。
―つまり、私たちがイメージする緑のオーロラは、ごくありふれた酸素が発光しているものなのですね。
地球は、数十億年の生命活動のなかで酸素が増えた惑星です。酸素が発する緑色のオーロラが見られるのは、植物に溢れた地球だからこそだといえるでしょう。
さらに、1958年には最も大きな発見があった。太陽風の発見です。この発見は人工衛星に搭載した探査機によるデータ収集のおかげです。このようにオーロラ研究の進歩はテクノロジーの進化と表裏一体なのですが、次なる進化は、実は宇宙の探査ではなく地上でのスーパーコンピュータのシミュレーションによってもたらされたのです。
1機の探査機でのデータ収集は、太平洋の真ん中に温度計を1本浮かべて水温を測るようなもので、全体像を把握するには到底及びません。
コンピュータのなかで太陽風・地磁気・大気というオーロラができる環境を整え、上流のプラズマの値を設定すると、どこで、どの程度の強さでオーロラが発生するかが予測できるようになりました。オーロラ研究に限らず、コンピュータシミュレーション技術が発達した現代においても、研究の基本スタイルはAかBか仮説を立て、それを検証するという手法を取ることが多いようです。
“桁違い”のことをやれば必ず結果は出る
― 片岡先生もそういうスタイルで研究しているのですか。
僕の場合はかなり自己流ですね。あまり仮説というものを立てません。
僕は、まずは“桁違い”を目指すということに重きを置いています。たとえば、北極に観測に行き、そこでオーロラの写真や動画の撮影をします。たとえ仮説がなくても、そのときの技術水準から見たとき、桁違いのシャッタースピードで桁違いの枚数を撮影し、桁違いの解像度で同じシミュレーションをすると、必ずなんらかの結果が得られるのです。
人間の目は、1秒10フレーム程度の変化までしか認知できませんが、10年ほど前にその認知のスピードを超える感度、シャッタースピードのカメラが出てきました。とはいえ、その画像データを保存して分析するには、データ転送速度も保存に必要な容量も、パソコンの処理速度も何もかも桁違いなものが必要です。それを自分で組み合わせて、やけに重い機材を詰め込んだリュックを背負って極寒の地で何万枚も撮影しました。技術の進化を待てば、より容易にできることは自明でした。でも、誰もやっていないことだから、誰も見たことがないものが見えるからこそやってみたい、と僕は思うのです。
実際に10年前の観測では、オーロラの帯のカーテンのようなひらひらの先で、オーロラが生き物のように動いているのが見えました。まるで葛飾北斎の「神奈川沖浪裏」のような、砕破し、流れていくように動き、時には点滅したりするのです。
―なぜ、そのように動くのですか。
それがまだ解明されていないのです。実は、この現象を論文にすぐにまとめて英国の科学雑誌『Nature』に送ったのですが、原因がわからないために却下されました。とはいえ、やはり論文を書くのは研究者の最も重要な仕事です。日本人の場合、英語が壁となって論文発表のスピードが遅くなりがちですが、それで先を越されてはもったいない。観測をしながら論文をまとめるイメージをして、スピーディに書き切ることも常に大切にしています。
―なるほど、プロセスを走りながらも、アウトプットイメージは持っているわけですね。では、今、力を注いでいるのはどんなことでしょうか。
月や火星に行く人のサポートを、ほかの研究者と国際的に連携してやっています。月はもとより、この数十年のうちに、火星に降り立つ人は必ず出てきます。火星に行くには1年と長い時間がかかりますが、一度火星の周りを回る宇宙ステーションに到達できれば、そこから人が火星に降り立つことは可能です。もう実現のステップは見えています。
―オーロラ研究から、月や火星ですか。意外な気もします。
実はオーロラ研究を極めてこその、月や火星なのです。地球に存在する3点セットは、太陽風、地磁気、大気とお話ししましたが、この3点セットの相互作用を解明することがオーロラ研究の本質です。地磁気と大気のない月、地磁気のない火星で太陽風を受けるとどのようなことが起こるのか、地球が大気や地磁気を失うとこうなる、ということが根拠を持って言えるわけです。太陽フレアが起きた何時間後に月のここにいると、太陽風をまともに受けて死んでしまう、というような。
既に航空機の乗務員向けに、太陽フレアの影響による被曝を予想して発信しています。月や火星に対してやることは、それを応用した“宇宙天気予報”です。これこそ、オーロラ研究を極めた人にしかできない国際貢献だと考えています。
Text=入倉由理子Photo=刑部友康 Illustration=内田文武
After Interview
聞き手=佐藤邦彦(本誌編集長)