Macro Scope
地球の内部は、キラキラ光る“宝石”だ!
地球の内部はドロドロとした熱いマグマで満たされている。そう思い込んでいる人も少なくないのではないか。太陽系外まで探査機が飛び、人類が火星に到達するのも間近という時代にあってなお、地球の掘削は最深で数キロメートルにとどまり、地球内部の謎は多い。マントルを専門とする阿部なつ江氏に、その真の姿について聞いた。
―まず、マントル岩石学という領域になぜ進まれたのでしょうか。
そもそも兄の影響で天文学に興味を持っていましたが、これは苦手な数学を駆使する物理学科のなかにある。そこで、地球も惑星なのだから天文学に通じるものがあるかもしれないという軽い気持ちで、金沢大学の地学科に進みました。地球上の、いろいろなところをこの目で見てみたいという思いもありました。
入学後、地学を専攻することで南極に行けそうだというのも魅力でした。日本は、南極に落ちた隕石を世界で最もたくさん持っていて、研究もされています。しかし、師となった教授の専門はマントルのかんらん岩の岩石学。その先生の門を、こともあろうに「隕石の研究がしたい」と叩いたのです。
先生の研究室で見せられたのが、地球のマントルのほとんどを構成しているかんらん岩という岩石です。先生が、「地球の体積の83%を占めるマントルのかんらん岩は、隕石に最も近い組成物だといわれている。まずはこれで研究の練習をしてみるといい」とおっしゃったのです。かんらん岩は、緑色の、宝石のようにキラキラ光る石。その美しさに魅せられて、結局今も、マントルの研究を続けているというわけです。
“推定”によってわかってきた地球内部の組成と構造
―マントルというと、マグマのようなドロドロした液体を想像する人が多いと思います。
確かに。今でも覚えているのが2011年の東日本大震災の後、余震が続くなか、街のなかで「こんなに揺れたら、地殻がひび割れて、日本列島はマグマのなかに落ちちゃう」と言っているのを聞きました。これが一般の人々の認識です。でも、実際には、地殻の下は基本的に固体です。しかも、本当に美しいのです。
―あらためて、地球内部の構造はどうなっているのでしょうか。
まず、地球の表面は地殻に覆われています。大陸地殻と海洋地殻がありますが、その厚さは6〜40キロメートルほど。その下に上部マントルが400 〜600キロメートルほどあり、下部マントルが600キロメートルから2900キロメートルほどまで広がっています。そのさらに深部が外核と内核で構成されるコアとなります。
上部マントルと下部マントルを構成するのは、基本的にかんらん岩。上部マントルが緑色、下部マントルは茶色っぽい色と、圧力によって色合いは変わります。非常に高温の可能性があるため、地球内部にあっても光を放っている可能性が十分にあります。コアは、鉄とニッケルの合金だと考えられています。
―地球の深部は人類未踏の地。どのようにして組成がわかるのですか。
まず、固体であることがわかるのは、地震波の測定によります。地震のS波(横波)は固体しか伝わらないのですが、P波(縦波)は固体や液体も気体でも伝わることがわかっています。たとえば、日本で起きた地震はブラジルなど地球の裏側に伝わると、どこを通ってきたかわかります。マントル中をS波が伝わることが明らかなため、マントルは固体であると判断できるのです。
鉱物の種類や組成を知る手がかりの1つは火山の噴火のとき、マグマがマントルを引っ掻くようにして噴出した岩石の組成物を見て判断しています。それが地球のどの深さから出てきたものかを判断するのは、地上での圧力実験の結果と照らし合わせることでわかります。化学組成が同じでも、圧力が変わると違う鉱物になることがあるので、圧力をかけて変化を見るのです。
もう1つは、質量。地球の重さは天体同士の引力の測定によって、ほぼわかっています。地球の大きさと重さから、地下何キロメートルからどのような比重の物質になるのか、外にはまったく物質が表出しない深部にある核の深さなども推定でき、先ほどお話しした地震波の伝搬情報などから、地球内部が幾重もの層状構造をしていることがわかるんですよ。
一方、まだまだわからないこともあります。内部の温度も予測はされていますが、温度計を挿せるわけではなく、正確にはわかりません。マントルも固体でありながら流動していることは確かですが、どれくらいの粘性でどれくらいのスピードなのかはまだ解明されていません。だからこそ、掘削する意味があるのです。
1960年代に米国で始まったモホール計画では、地殻を貫いてマントルまで掘削しようと試みました。かつてはアポロ計画と並んで教科書に載るほどの地球科学の大プロジェクトでしたが、その技術的な難しさと予算超過によって頓挫しました。それを日本主導の国際プロジェクト「21世紀モホール計画」として復活させました。地球深部探査船「ちきゅう」は、JAMSTECが所有・運航する国際深海科学掘削計画の主力船です。これを使って地球深部への掘削を行います。そのJAMSTECで研究者を募集していると聞いて手を挙げて、今、私はここにいるというわけです。
掘削によって見えてくる地球のこれまでとこれから
―掘削することには、どのような意味があるのでしょうか。
地球がかつてどのような姿だったのか、これからどういう姿に変わっていくのかを探ることが目的です。
地震を引き起こす海洋プレートは密度が高いため、大陸プレートとぶつかるとその下に沈み込み、マントルに戻っていきます。今、存在する一番古い海洋プレートが2億年前のものといわれていますが、地球の歴史の46億年から考えると非常に新しいもの。2億年よりも古い海洋プレートについては、どういったものだったのかは推定するしかありません。
逆に、中央海嶺(海洋の火山列)では、マントルが上昇して減圧されて部分的に溶け、マグマが形成されます。それが海底に噴出して海洋地殻を作るのですが、その厚さは、なぜか世界中どこを見ても6キロメートルとほぼ一定。しかし、その理由は解明されていません。地球の内部から外に元素を吐き出して、地球が変化しているメカニズムがわかれば、地球のこれまでを理解し、これからの姿を予想することができるはずです。
さらに、水が侵入しているところは、地下深くでも何かしらの生命がいます。ただし、地下生命圏がどこまで広がっているのかも確かではありません。マントルにも生命(微生物)がいるかもしれません。そして、地下にいるとエコに暮らせているために、進化していない原始的な生命、地球に生命が誕生したときに限りなく近い生命が発見されるかもしれません。
掘削して得られるサンプルは“生け捕りの鮮魚”
―オマーンで掘削する国際プロジェクトがあったと聞いています。
20年ほど前から計画がありました。世界には、かつてマントルを形成していた岩石が隆起して露出した場所がいくつかあります。日本にも北海道などにありますが、代表的な場所がアラビア半島の東端にあるオマーンなのです。2016年から2018年まで、オマーンの陸上で掘削を行い、採取された岩石試料を日本に停泊している「ちきゅう」船上で分析しました。日本だけでなく、米国、欧州、アジア各国などからのべ約200人の研究者が参加して実施しました。
―どんな成果があったのですか。
まずわかったことは、地表に露出しているかんらん岩が、地下のマントルにある状態から地上に上がるまでの間に変化してしまっていたということです。我々が手にしてきたかんらん岩は、サンプリングの時点でバイアスがかかっていることがよくわかりました。将来掘削船で採取できるサンプルは、せいぜい上部マントルの一番上の部分にタッチして採ってくる程度のものにすぎませんが、それでも、世界ではじめて純粋なサンプルが採れることに変わりはありません。よく、私は、露出したマントルから採れるサンプルは、いわば干物や化石であり、マグマが引っ掻いて噴出したサンプルは切った刺身のようなもの、と表現します。掘削船で採ったサンプルは、生け捕りの鮮魚のようなもの。これが採れることに大きな意味があるのです。
今、オマーン掘削のサンプルをもとに岩石学や地球物理学、微生物学など、世界中の多様な領域の研究者が論文を書いています。この数年で、成果が数多く発表されるはずです。
―グローバルプロジェクトの研究者の協業にも非常に興味があります。
おっしゃる通り、多様な専門領域の研究者がともに働いています。
皆、研究者として自身の成果を出したいのは当然のこと。「こういう理由で、このサンプルがほしい」という主張が研究者たちから噴出します。とはいえ、多様な専門知識を持つ研究者との協働に意味があることも、皆、理解しています。自分の研究に必要な専門の研究者との協業は、時には激しく議論しながらも新しい視点をもたらしてくれる貴重な機会です。
国際プロジェクトのため、多様な国・性別・年齢の研究者が働いており、それぞれが持つ視点は本当に多様です。性別をとっても、日本では女性の研究者はまだまだ多くありませんが、国際的に見れば海の領域の研究者は女性が30 〜40%もいるのです。
私自身は、大変恵まれた環境にいたと思います。日本での師たちは皆、出世や政治よりも研究が大好きという人ばかりで、研究の魅力を存分に教えてくださいました。オーストラリアの大学にポスドクとして在籍していたときの上司は女性で、女性である私が研究を続けるという人生に疑問を持つことはありませんでした。ロールモデルの存在は、本当に重要だとあらためて実感します。
Text=入倉由理子 Photo=阿部氏提供Illustration=内田文武
After Interview
グローバルでは、海の研究の世界は比較的女性が多く、国際プロジェクトでは約4割が女性だ。女性のグループリーダーが男性研究員を従えてプロジェクトをテキパキと仕切る光景はよく見かける。日本はというと、最近は女性研究者が増えてきたものの、国内の学会では他国に比べてその数は物足りない。振り返ると、自身は恵まれた環境だったという。オーストラリアでは女性研究者が上司だったこともあり、女性が研究を続けることに疑問を持つことはなかった。研究の道に進むときも誰の反対にあうこともなく、ここまで没頭できた。日本は女性の理系への進学率は低い状態が続いており、さらに研究の道を志すとなるとまだまだハードルが高い。研究を純粋に楽しむ阿部氏がロールモデルとなり、シンプルな知的好奇心をもとに安心して研究の道を志す女性研究者が増えることを期待したい。
聞き手=佐藤邦彦(本誌編集長)