Macro Scope

300万年のスパンで見ると巨大災害はいつ、どこででも起こり得る

2019年05月24日

火山学者 巽 好幸氏
Tatsumi Yoshiyuki 京都大学総合人間学部教授、同大学院理学研究科教授、東京大学海洋研究所教授、海洋研究開発機構プログラムディレクターを経て、2012年より神戸大学大学院理学研究科教授。2016年から神戸大学海洋底探査センター長。日本地質学会賞、日本火山学会賞、米国地球物理学連合ボーエン賞などを受賞。『富士山大噴火と阿蘇山大爆発』(幻冬舎新書)、『地震と噴火は必ず起こる』(新潮選書)、『和食はなぜ美味しい ー日本列島の贈りもの』(岩波書店)など著書多数。

東日本大震災から、8年が経過した。あの日を境に、私たちの防災意識はこれまでにないほど高まったはずだ。しかし、時の流れとともに強い危機感は薄れつつある。「日本列島のいつ、どこで甚大な被害をもたらす災害が起こってもおかしくない」と、神戸大学の巽好幸氏は指摘する。300万年というスパンで見たとき、私たちが今、さらされているリスクとはどのようなものか。

― 巽先生は、マグマ学という観点から、巨大災害に警鐘を鳴らしています。今、私たちはどのようなリスクにさらされているのでしょうか。

基本的には、震度6以上の地震は、日本のどこででもいつでも起こり得ます。「この地域には地震が少ない」「大地震があったばかりだからしばらくはないだろう」といった思い込みはなくしたほうがいい。日本は、世界の地震の1割が集中する世界一の地震大国なのです。
皆さんもご存じだと思いますが、首都直下地震や南海トラフ地震も、いつ起こってもおかしくありません。

災害のリスクを定量化する“危険値”

― たとえば「30年以内に震度6以上の地震が起こる確率は70%」というような予測が出されます。これを、私たちはどのようにとらえればいいのでしょうか。

災害のリスクの大きさは、“危険値”で表すことができます。危険値は、想定される死亡者数に年間発生確率をかけて、その事故や災害がどれだけ切迫しているか、定量的に示すものです(下図表)。
1つの目安となるのが、交通事故。増減は多少ありますが、毎年4000人が交通事故で命を落とします。発生確率は100%なので、危険値は4000。南海トラフ地震は33万人×発生確率4%なので、1万3200。交通事故に対しては「いつ起こってもおかしくない」と身近で切迫したリスクだと思えるのに、南海トラフ地震のほうがもっと圧倒的に切迫したリスクだということを、多くの人は理解できていないのではないでしょうか。行政による対策も、まったくもって不十分と言わざるを得ません。

― 33万人が亡くなるという数字を聞いても、ピンとこないのが正直なところです。

多くの人に見えていないのは、災害のタイムスケールです。日本史のタイムスケールで見るだけでは災害のリスクを知るには不十分です。地震・火山活動は基本的にプレートの動きが原因ですが、日本列島を取り巻くプレートの配置はここ300万年変わっていません。つまり、300万年前以降に起きたことは、これからも起きる可能性があるということです。
特に私が警鐘を鳴らしているのが、巨大カルデラ噴火です。これは地下に溜まった大量のマグマが一気に地上に噴出する破局的な噴火で、カルデラ形成を伴うことが多いため、このように呼ばれます。わかっている範囲だけでも、日本付近でこの12万年に11回起こっています。想定死亡者数は日本人ほぼ全員、1億2000万人もあり得ます。その場合の危険値は3600。交通事故と同程度なのですが、起こり得る災害としての認知度は低く、対策もほとんどされていません。

南九州の縄文人を絶滅させた巨大災害

― 巨大カルデラ噴火では、どんなことが起こるのでしょう。

現代に最も近い巨大カルデラ噴火は、7300年前に南九州沖で起こりました。私たちが「鬼界カルデラ噴火」と呼ぶその噴火で、南九州から縄文人が消えたことがわかっています。
なぜ、それがわかるか。それは、“アカホヤ火山灰”という決定的な証拠があったからです。九州から関東に至るまでの広範囲で、7300年前ごろの地層に組成の共通した火山灰が存在するのです。南九州の地層を見るとアカホヤ火山灰の下の層と上の層では、出土する土器の様式が明らかに異なる。それは、その前後の人間の生活が非連続なものだったこと、つまりそれ以前に住んでいた人が完全にいなくなり、後に別の場所から新しく人々が移り住んだことを示しています。南九州の縄文人は、1度絶滅しているのです。このアカホヤ火山灰の発生源が、鹿児島県の薩摩硫黄島あたりにある鬼界カルデラでした。
噴火時には、高さ40キロから50キロの噴煙を立ち上げ、火砕流は海面上を走って広範囲に到達したと考えられています。噴出したマグマの量は、数百立方キロメートル以上だったことが、最近の計測で明らかになりました。

― どのようにして、そのような巨大な噴火が起こるのでしょうか。

まだはっきりとはわかっておらず、研究しているところです。
地球の表面に浮いている地殻の底の部分が、マントルの熱によって融ける。融けてできたマグマは、軽いために上へ上へと上がります。ただし、そのまま上がり続けることはなく、地殻も上へ行けば行くほど軽くなり、マグマが周りの地殻の密度と均衡した部分でマグマの動きは止まります。それでもマグマは下からどんどん供給され続けるため、マグマ溜まりが巨大化するのです。
それを噴火させるメカニズムには、今のところ2つの仮説があります。マグマ溜まりに、熱源のマントルからもっと高熱のマグマが注入される、というのが1つ。マグマ溜まりが温められることで、マグマが発泡します。この発泡が噴火の原因だと考えられているのです。
もう1つは、圧力が下がることによる発泡が噴火を促すというものです。ビールやスパークリングワインは温めるか、振られて圧力が下がると泡が出ます。これと同じ原理と考えればわかりやすいでしょう。
噴火でマグマが噴出すると、マグマが溜まっていた部分の地面が落ちて窪みます。この窪みがカルデラです。普通の山の噴火をシャンパンのミニボトルの発泡程度と考えれば、鬼界カルデラ噴火は大樽が爆発したようなもの。被害の甚大さは、比較すべくもありません。

山の癖を知り尽くした“ホームドクター”が必要

― 対策はできるとお考えですか。

対策は正直、わかりません。ただ、予測をしようと試みています。予測ができれば、たとえば、南九州の阿蘇山付近で起きるとして、2時間以内に死亡すると想定される700万人をいかにすばやく動かすのか、どう被害を少なくするのかシミュレーションすることができます。
神戸大学は船を所有しており、私たちはこの船を使って、海底の地形とその下にあるマグマの状態を探査しています。
マグマの活動を知るには、CTスキャンと同じ断層撮影が必要です。ただし、撮影のために使うのはX線ではなく、地震波です。
病院のCTはX線を使って精細な画像が撮影できますから、1カ月後に再度撮影したとき、患部が大きくなっていないのか、異常はないのかがかなり正確に判断できます。ところが、自然に起きる地震の地震波を使って計測する地層のスキャンでは、精度の高い画像は撮れず、マグマ溜まりの異常に気付くことはできません。予測には役立たないのです。
そこで、人工的に地震を起こして精度の高い画像を撮影しようと考えました。ダイナマイトによる人工地震を住宅密集地で起こすわけにもいきませんから、日本で唯一の海底巨大カルデラであり、直近の噴火の原因でもあった鬼界カルデラの計測を始めたのです。探査船で地震波を起こし、それが通過した地層の状態を4年前から計測しています。


― 一歩前進ですね。

そうです。ただし、問題は、日本は活火山が111、待機火山が300と、世界最大の火山密集地でもあることです。できるだけ多くの火山に対して目配りし、異常を察知して対策を立てておくことが求められます。
北海道の有珠山(うすざん)では、2000年に噴火予知に成功しています。3月27日に火山性地震が頻発し始め、同時に地殻変動も活発化しました。北海道大学の観測チームが、過去の経験からこのような異変の2、3日後に噴火する可能性が高いと発表しました。実際、3月31日には噴火が始まったのです。
噴火予知が成功した最大の理由は、火山観測所で長年、この火山に寄り添ってその“体調の変化”を熟知する“ホームドクター”のような存在があったからです。ですが、1つの火山での経験は、ほかの火山には通用しないのです。
日本の火山学者は数十人程度。すべての火山にホームドクターを置くにはとうてい及びません。人手が足りないこともあり、火山観測に関しては、近くで一つひとつの山を見守るのではなく、データを集約して、一元的に管理すればいいという方向に動いてきました。しかし、本当に精緻な予測をするためには、それぞれの山の癖を知り、微細な変化を目や肌で感じ取り、それを確かめる必要があります。一つひとつの火山を見守り続けなければならないのです。
2014年に御嶽山(おんたけさん)の噴火で大きな被害を出してからは、国も危機感を持っています。火山学者を増やそうとする動きもあります。世界一の火山密集国として、責務を果たせるようになることを願っています。

Text=入倉由理子 Photo=刑部友康 Illustration=内田文武

After Interview

災害はいつでも身近に起こり得る。幼いころから何度もそう聞かされてはきた。それでも私たちはなお、自分や家族の身に大災害の不幸が降りかかることを、本気で心配することなく日々を過ごす。巽氏は、それを「日本人は諦観と無常観に紛らわせて、災害とそのリスクを正面から見据えず、刹那的享楽主義に陥っている」と一刀両断にする。
今回教えてもらった“危険値”という考え方に愕然とする。こんなにも災害リスクの高い日本列島に、私たちの祖先はなぜ住み続けたのか。巽氏は、何物にも代えがたい、四季と地形がもたらす水や食の豊かさがあったからという。ただし、昔の人は災害について諦めていたわけではない、と釘も刺す。津波の到達点より高いところにしか集落を構えなかった縄文人。火事で壊れた家を再建するために木場に木材を確保しておく習慣を持っていた江戸の人々。彼らが懸命につないできた命と文化を、守る義務は、私たちにも当然にある。

聞き手=石原直子(本誌編集長)