Next Issues of HR フェイクニュースにどう向き合うか
第1回 虚偽情報が溢れかえる「情報の死の世界」
今、私たちの周りはフェイクニュースで溢れかえっています。企業に近いところでいえば、根も葉もない虚偽情報によって企業イメージが損なわれることも多いですし、就活サイトに「面接でセクハラ質問をされた」などの虚偽情報を書き込まれ、その拡散に頭を悩ませる人事担当者も少なくないでしょう。
また、フェイクニュースは社会全体にも影響を与えています。コロナ禍のなか、「新型コロナウイルスは26、27度のお湯で死滅する」といった科学的根拠がないフェイクニュースがSNSで拡散されました。また、ロシアのウクライナ侵攻を巡っても、ロシア側の虚偽と思われる情報によるプロパガンダが連日マスコミを賑わせています。これに対して、ウクライナや西側から発せられる情報には虚偽情報は含まれないかというとそうとも言えず、この戦争はフェイクニュースを武器とした情報戦の様相をも呈しています。
嘘や噂話、デマ、陰謀論などの虚偽情報は遥か昔から人々を惑わせてきましたが、SNSの普及により、拡散の規模やスピード、現実社会への悪影響は一気に大きなものとなりました。その象徴となったのは2016年です。この年、英国のEU離脱の国民投票や米国大統領選挙を巡って拡散したフェイクニュースが現実社会に大きな悪影響を及ぼし、社会問題となったのは記憶に新しいところです。
米国大統領選を例にとると、米国国民の分断という社会的背景のもと、真偽は定かでなくとも「とにかく何でもいいからトランプのことを書けば儲かる」というアテンションエコノミーが活性化。技術的には、ボット(一定のタスクや処理を自動化するためのアプリケーションやプログラム)によってフェイクニュースが自動的に大量に生み出される仕組みができあがり、フェイクニュースが及ぼす影響が一気に大規模化、深刻化したのです。
そして、2016年から現在に至り、状況はますます悪化しています。ミシガン大学の研究者アビーブ・オバディアは、情報過多で、かつそこに大量の虚偽情報が紛れ込み、人々がもはや情報の真偽を見極めようという気すら起こさなくなる「情報の死の世界(インフォカリプス)」が今後訪れると指摘していますが、世界はまさにそれに近い状況に陥ろうとしているのです。
笹原和俊氏
東京工業大学 環境・社会理工学院 技術経営専門職 学位課程 准教授
名古屋大学大学院情報学研究科講師などを経て現職。専門は計算社会科学。主著は『フェイクニュースを科学する 拡散するデマ、陰謀論、プロパガンダのしくみ』(化学同人)。
Text=伊藤敬太郎 Photo=笹原氏提供 Illustration=ノグチユミコ