Next Issues of HR With コロナの共創の場づくり
第9回 都市と郊外に増える“職住近接”
今、オランダの人々の働く場と住む場に大きな変化が起きています。
日本と同様、コロナ禍でリモートワークが増えたこともありますが、もう1つは移民・難民の受け入れによる人口の増加によるものです。住宅不足が顕著な社会問題になっているのです。それに近年のインフレが追い打ちをかけて住宅価格が高騰し、家が買えない人が溢れ、政府は住宅を増やすことに躍起になっています。とはいえ、日本のようにどんどん高層マンションを新築しよう、というのではありません。
今、企業のオフィスがどんどん郊外に脱出しています。都市部にピカピカのビルを持っていることが、もはや評判を下げるリスクになり得ることに気づき始めたからです。たとえば、2010年代なかばにある世界的なコンサルティング企業が、センサーによって人々のスマートな働き方を支援したり、太陽光エネルギーを活用し、熱効率の高い設計をするなど、サステナブルを強く意識したビルをアムステルダムの中心部に建設し、話題になりました。しかし、今ではそのビルは「グリーンウォッシュ(上辺だけの環境配慮)ではないか」という批判を受けています。それほど急速に、人々の意識が変わり、都市に空きオフィスが増えています。
そうしたなか、現在、2つの“職住近接”のムーブメントが生まれているのです。
1つ目は、都市部のオフィスユースだったビルをリノベーションして、住宅ユースと併用するようになったことです。オフィスの空室を都市部で働く人たちの住居として活用し、彼らの職住近接の実現につながっています。
2つ目に、郊外での職住近接の動きもあります。今高く評価されているのは、たとえば郊外の森のなかに再生素材を使って建てられた、生態系や景観に配慮したオフィスです。こうした企業で働く人々は、その近くで自然豊かな環境に囲まれて暮らしています。もともとオランダに通勤ラッシュはありませんが、それがより無縁なものになりつつあります。
オフィスと家とがいくら近いからといって、コロナ禍で獲得したリモートワークの権利を簡単に手放すわけではありません。確かに日本と同様に、クリエイティブなアイデアは会ってこそ生まれるのだから出社すべきだ、と考える企業は少なくありません。しかし、その日オフィスに行くのか家で仕事をするのかという選択は、基本的に個人に委ねられているように思います。私の周りの人々も、「今日は楽しそうな集まりがあるから行こう」「このミーティングはリモートで出れば十分」と、とても自由に伸び伸びと働いています。
自らの判断で自律的・効率的に働く場を選ぶことも、生産性の高さと幸福度の両立につながっているのかもしれません。
吉田和充氏
ニューロマジック アムステルダム
Co-founder&CEO/Creative Director
博報堂勤務を経て、2016年に独立しオランダに拠点を移す。日本企業、オランダ企業向けのウェブディレクションや日欧横断プロジェクトに多数携わる。
Text = 入倉由理子 Photo = 吉田氏提供 Illustration=ノグチユミコ