Next Issues of HR With コロナの共創の場づくり
第8回 食志向の変化に見る強い危機感
オランダでは今、若者を中心に食事をプラントベースにするヴィーガンやベジタリアン、より環境に優しい生産方法で作られたものを食べるクライマタリアンなどが増え、食に対する意識が大きく変化しています。私自身2018年に“Men Impossible”というヴィーガンのラーメンショップをプロデユースし、今では地元の人々だけでなく1つの観光の目的地として外国からも人が訪れるほどの人気店です。日本食は、大豆という植物性タンパク質をうまく使い、海藻や椎茸といった動物性以外の旨味成分で取った豊かな出汁を使用します。このように日本食はプラントベースの食に向いており、大きなビジネスチャンスがあるにもかかわらず、日本企業はそれほど注目していないのです。
近年は代替肉も徐々に話題になっていますが、肉ブームが衰えない日本は、前時代的なライフスタイルを続けているように見えます。食物の選択基準は時代によって変化します。古くは“食べられるもの”に始まり、食糧が豊かになってくると好きなものを、続いて飽食の忌避や健康意識の高まりによって“栄養がきちんと摂れるもの”を選ぶようになりました。そしてオランダでは今は、“地球に優しいもの”がその基準になっています。そうしなければ、地球も人ももはや存続できないという意識は、どんどん高まっています。
オランダはプラントベース食の世界的ハブを目指し、先端フードテックベンチャーを誘致しているほか、2019年には窒素やメタンガスの排出量削減のため、オランダを代表する大規模経営の畜産業に対して規模縮小を求める方針まで打ち出しました。農家の反発は大きく、国会のあるハーグをトラクターで目指し、交通を大混乱に落とし入れました。それでも政府は、経営の多角化や技術革新、土地の買い上げなどによって、農業の気候変動対策を進めています。そうしたなか、近年注目されるのはリジェネラティブ・アグリ(環境再生型農業)。大規模な単一作物の栽培をやめる、化学肥料や農薬は使用しないなど、農業をできるだけ工業化以前の形に戻す自然農法をいいます。こうした農法を、個人が推進する動きも始まっています。ヘレンボーレンという会員制組織を地域の人々が立ち上げ、お金を出し合って農家を雇用し、自分たちの考え方に合った野菜や果物を作り、家畜を飼育してもらいます。農業においても“共創”が始まっているのです。
ここまでの大きな変化が起きているのは、国土の多くが海抜以下であるオランダにとっては環境問題が喫緊の課題であることはもちろんですが、国際紛争や気候変動による食料安全保障について多くの人が真剣に考えているからでしょう。食料危機は、先進国にとっても既に“来るべき未来”です。そして当然に、“儲かること”を常に重視するオランダは、リジェネラティブ・アグリやフードテックの先進国として、そこで生まれたビジネスモデルや知的財産の輸出も視野に入れていると私は見ています。
吉田和充氏
ニューロマジック アムステルダム
Co-founder&CEO/Creative Director
博報堂勤務を経て、2016年に独立しオランダに拠点を移す。日本企業、オランダ企業向けのウェブディレクションや日欧横断プロジェクトに多数携わる。
Text = 入倉由理子 Photo = 吉田氏提供 Illustration=ノグチユミコ