人事、仏に学ぶ
職業人にとって食はどんな意味を持つか
昼食に十分な時間を取らず、デスクで仕事をしながら偏った食事をとる。あるいは、サプリに頼る。そんな人が多くなっています。企業としては、そういう従業員を放っておくべきではありません。「健康経営」を意識する企業が増えているのは、仏教的にも理にかなったことです。曹洞宗開祖の道元禅師も「食が人間をつくる」と語っており、食を疎かにすることを強く戒めています。
道元がそういう思想に至った際の逸話が残っています。道元が宋を訪れたとき、典座(てんぞ/台所を取りしきる役職)の老僧と出会いました。道元が「なぜあなたは、食事づくりのような雑用をしているのですか」と尋ねたところ、老僧は「あなたは修行のなんたるかをわかっていない」と答えました。このとき道元は、経典を学ぶだけでなく、食事をつくり食べる行為も修行だと悟ったそうです。 道元が修行僧の食事についてまとめた本『赴粥飯法(ふしゅくはんぽう)』には、「功(こう)の多少を計り、彼(か)の来處(らいしょ)を量る」という一節があります。現代語にすると、「食べ物が私の口に入るまでに食材を育て料理をつくってくれた人々や、自然の恵みに感謝しよう」という意味。
目の前の食べ物だけでなく、汗を流して食材を収穫した人や、心を込めて料理をした人とのつながりを意識しながら食べることで、心を磨くことができるというわけです。 「精進」を辞書でひくと、「1つのことに意識を集中して励むこと」とあります。精進料理は、動物性の肉や卵、魚を使わずに季節の野菜や穀物、豆などでつくられますが、味付けで大切にされることは、「淡」です。これは薄味ということではなく素材そのものの滋味を生かすことだと私は考えています。素材一つひとつをよく噛み、持ち味に出合ってこそ、本質がよくわかるものです。
現代は知識が断片化しがちなため、多面的にものを見たり、周囲とのつながりを意識したりしにくくなっています。多様性を重んじる今こそ、一口一口に集中し、素材の持ち味を感じられるような食事を続けることで、周囲で働く人々や顧客の気持ち、その人の背景にある問題を意識する。 それが、仕事に欠かせない姿勢を涵養する機会をもたらすと、道元は教えてくれるのです。
Text=白谷輝英 Photo=平山諭
千葉公慈氏
曹洞宗冨士山宝林寺住職
Chiba Koji 駒澤大学大学院人文科学研究科博士後期課程満期退学(仏教学専攻)。住職を務めるかたわら駒沢女子大学教授として日本文化を教え、テレビ、ラジオ、雑誌、講演でも幅広く活躍。著書に『うつが逃げだす禅の知恵』『心と体が最強になる禅の食 道元禅師が説いた「食の教え」は人生を確実に変えていく』(ともに河出書房新社)など。