人事は映画が教えてくれる

『ワタシが私を見つけるまで』に学ぶアイデンティティ確立の意義

他者との比較ではなく、 自分の「好き」を突き詰めることで人は変わることができる

2022年12月09日

w175_eiga_02.jpg【あらすじ】大学を卒業したアリス(ダコタ・ジョンソン)は、ニューヨークの法律事務所に就職。自分を見つめ直すために、同棲していた恋人ジョシュ(ニコラス・ブラウン)と距離を置き、産科医の姉メグ(レスリー・マン)の家に転がり込む。職場の同僚ロビン(レベル・ウィルソン)はシングル生活を満喫する生粋の遊び人。アリスはロビンとつるみ、パーティー三昧の日々を送るように。新しい男性との出会いも生まれるが……。

『ワタシが私を見つけるまで』は、ニューヨークを舞台に、4人の独身女性の生き方や恋愛にまつわる葛藤を描いたコメディです。

主人公は恋人が途切れたことがなく、男性への依存度が高いアリス(ダコタ・ジョンソン)。アリスの職場の同僚であるロビン(レベル・ウィルソン)は夜ごとパーティーに繰り出し、奔放にシングルライフを満喫しています。アリスの姉で産科医のメグ(レスリー・マン)は、パートナーに縛られることを嫌い、精子バンクを利用してシングルマザーとなる道を選びます。後に、メグのパートナーとなるケン(ジェイク・レイシー)は専業主夫に憧れている男性。メグの考え方にも理解があり、自分の子ではない赤ちゃんの誕生を素直に喜びます。アリスやロビンの行きつけのバーの常連であるルーシー(アリソン・ブリー)は出会い系サイトを利用して合理的にパートナー探しに励んでいます。

物語の大半を通して示されるのは、現代を生きる男女の選択肢の広がりです。結婚しても、しなくてもいい。男性が専業主夫を選ぶこともある。仕事に生きてもいいし、シングルライフを謳歌してもいい。舞台はニューヨーク。その選択肢の多様さも最先端といえるでしょう。

一方、選択肢が広がれば広がるほど、人は何を選ぶかで悩むことになります。選ばなかった人生に本当の幸福があったのかもしれない、自分の選択は間違っていたのかもしれない……考え始めたらきりがありません。SNSによってその傾向は加速しています。そして、これはニューヨークだけで起きていることではありません。日本で生きる多くの人たちも同じような悩みに直面しています。

自分で決断し、選択するために重要なのがアイデンティティです。

アリスは物語の終盤、自身の誕生パーティーでロビンからこう指摘されます。「あんたは男に注目されると自分を忘れて吸い込まれるの。男の世界にね」。直後、元彼のジョシュ(ニコラス・ブラウン)に誘惑されたアリスは、またも「吸い込まれ」そうになりますが、胸に刺さっていたロビンの言葉が蘇り、踏みとどまります。そしてジョシュにこう告げるのです。「私は独りになる」

自分に確固たるアイデンティティがないことを自覚したアリスは、関係があった男性とも遊び仲間のロビンとも距離を置き、自分を見つめ直します。「グランドキャニオンで朝日を見る」という以前からの念願を叶えるため、体力作りも始めます。自分で決めて、自分の足でグランドキャニオンに立ち、独りで朝日を見ることはアリスにとっては、自らのアイデンティティを探すためにどうしても必要なことだったのです。

では、なぜアリスは独りになる必要があったのでしょうか。

私たちの多くは、自らのアイデンティティを模索するとき、他者との関係性のなかで、他者との比較によって自分を位置づけようとしがちです。特に日本人はその傾向が強く、それはキャリア形成にも影響します。自分の「好き」よりも、他者からも認められる「得意」を優先してしまう。「絵を描くことが好きだけど上手じゃないから美術部には入れない」といった、中高生時代に多くの人が経験したであろう感覚が職業選択にもつきまとうのです。

しかし、比較優位で仕事や生き方を選ぶよりも、自分の「好き」にこだわるほうが、人は本質的な幸福に近付けるはずです。独りになり、自分を確立し、自分の「好き」を選択基準にするようになる。このプロセスを経たときに、人はアリスのように変わることができるのです。

アイデンティティを確立した個人は、だからこそ、そこから本当の意味での他者との豊かな関係を築くことができます。映画のラストでアリスがロビンを訪ね、友情が復活するシーンは象徴的です。

このアリスの選択と行動は、他者との比較に惑わされ、疲弊する日本人にとってもヒントとなるはずです。

w175_eiga_main.jpg自分独りでグランドキャニオンに立ち、念願の朝日を目の当たりにしたアリスは、アイデンティティが確立される特別な瞬間を体験する。

Text=伊藤敬太郎 Photo=平山諭 Illustration=信濃八太郎

野田 稔

明治大学大学院グローバル・ビジネス研究科教授

Noda Minoru リクルートワークス研究所特任研究顧問。専門分野は組織論、経営戦略論、ミーティングマネジメント。

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