人事変革のバディ
大日本住友製薬の精神障がい者がやりがいを持てる事業開発
変革の自律的実践者
渡辺晶子氏 Watanabe Akiko
ココワーク代表取締役社長
大阪大学薬学部卒業後、住友化学工業(現・住友化学)に入社。住友製薬(現・大日本住友製薬)へ転籍し、ファーマコビジランス(*)部長、広報部長を経て、2017年4月、ニチエイ産業(現・DSPアソシエ)に出向し、6月から代表取締役社長を務める。2018年7月、農産物の生産・販売を手掛ける特例子会社ココワークを設立し、代表取締役社長に就任。
(*)医薬品の副作用情報等を収集・評価し、医薬品のリスク最小化を行う部門
変革のサーバント型リーダー
樋口敦子氏 Higuchi Atsuko
大日本住友製薬
執行役員コーポレートガバナンス、コーポレートコミュニケーション、人事担当
京都大学農学研究科修士課程修了後、住友化学工業(現・住友化学)入社。住友製薬(現・大日本住友製薬)へ転籍し、広報部長、海外営業部長などを経て、2017年4月、社外広報、人事を管轄する執行役員に就任。2020年4月より現職。
大日本住友製薬は、精神疾患を抱える人々の就労の場づくりを目指し、特例子会社ココワークを設立した。現在は、精神障がいがある7人を含む11人のスタッフが在籍。大日本住友製薬の研究所敷地内にガラス温室を設置し、フリルレタスやルッコラなど葉物野菜の水耕栽培を行っている。クリーンな環境で育った野菜はえぐみが少なく、おいしいと評判だ。ネットのほか、大阪・兵庫のスーパーマーケットで販売、レストランやホテルでも使われている。
今回のバディは、ココワークを立ち上げ、社長を務める渡辺晶子氏と、その思いに共感し、大日本住友製薬の人事担当執行役員として実現をサポートしてきた樋口敦子氏だ。
会社設立のきっかけは、渡辺氏のアイデアだった。「ファーマコビジランスに長く携わり、2017年4月、そのデータ入力を専門に行う子会社の社長に就任しました。新しいポジションに就いたこともあり、何かこれまでとは違う形で貢献できることはないか。思い出したのが、あるMRに聞いた話でした」と、渡辺氏は振り返る。精神神経領域は大日本住友製薬の注力分野の1つだが、患者は薬が効果を発揮して症状が安定しても、なかなか就職する先がないという現実がある。就職しても、職場の理解不足などで再発するケースも少なくないのだ。
「いろいろ調べるなかで、農業の持つ癒やし効果を知り、“これだ!”と。ほとんど直感でした。なにせ農業はもちろん、障がい者雇用の知識もなく、法定雇用率や特例子会社についてもよくわかっていませんでしたから(笑)」(渡辺氏)
ノウハウも人脈もゼロの状態から事業プランを固め、経営層への提案では何度も差し戻された。しかし、当時広報を担当していた樋口氏は、最初からこの企画に共感し、側面から支援した。
「製薬業としての強みを生かしながら、本業の薬だけでは届かない部分を支援する。精神障がい者の職場復帰の難しさはよく知っていたので、働く場を作ることは、当社だけでなく社会にとって意義のある取り組みだと思いました」
「おいしい」という反応がスタッフのモチベーションに
ちょうどこの頃、大日本住友製薬は経営戦略としても新しい領域への挑戦を推進していた。そんな追い風にも乗ってなんとか新事業の承認を取り付け、2018年10月、ココワーク設立に至る。広報・人事担当の執行役員となっていた樋口氏は、経営層への働きかけや社内外への情報発信など、さまざまな形で後方支援に努めてきた。また、渡辺氏も奮闘した。精神障がい者のメンバーのマネジメントや販売先の開拓など試行錯誤を重ねるなかで、ココワークは少しずつ売り上げを伸ばした。
「会社としても期待を膨らませていたのですが、そこにコロナ禍が襲いかかったのです。苦労して開拓したホテルやレストランからの注文がすべてキャンセルとなり、売り上げの伸びが鈍化してしまいました。なんとか応援したいと思いました」(樋口氏)
苦境を乗り越えるべく、大日本住友製薬の人事部が考え出したのが、グループの福利厚生の一環として、社員の誕生月に野菜をプレゼントする企画。これによって当初計画していた売上達成につながり、社内の認知度も向上した。
「野菜を食べた社員から『こんなに新鮮でおいしいとは知らなかった』『野菜ぎらいの子供がおいしいと言ってたくさん食べてくれた』などのメッセージが届きました。精神疾患の場合、自己肯定感の低い傾向が強いのですが、そういうスタッフにとって大きな励みになっています。福利厚生費として予算をつけられるよう、樋口が経営に働きかけてくれたおかげです。こうあるべきと思うことは、空気を読まずに(笑)、はっきり言ってくれるので、とても頼もしく思っています」(渡辺氏)
主体的に課題に挑むそんな社員を応援したい
樋口氏は「私は『がんばれ』と応援するだけ」と笑うが、樋口氏が人事のトップに就いてから、会社の方針も相まって社員の挑戦が加速している。
「サポートスタッフとして大日本住友製薬からココワークに出向した社員も、社内公募制度を活用し、自ら手を挙げたメンバーです。彼らからさまざまなアイデアが出てくるのは、その仕事をやりたくてやっていることも大きいのです」(樋口氏)
もちろん、トップの渡辺氏自身も同様だ。
「渡辺は自分の信念を持っている人。障がい者雇用率を上げるためではなく、障がい者の働きやすい職場を作りたいという一心で動いている。だからみんなもついていきたいと思うのでしょう。ココワークは社員の新しい形での社会貢献を促すお手本のような場。社員の意識改革につながりますから、どんどん応援していきたいと思っています」(樋口氏)
精神障がい者が生き生きと働き、農業で収益を得るビジネスモデルを確立する。最終的に目指すのは、「真似される農業と福祉の連携」だ。その実現のため、「アイデアはたくさんある」と渡辺氏。樋口氏とともに、次なる挑戦に向かっていく。
Text = 瀬戸友子 Photo = 大日本住友製薬提供