人事変革のバディ

タニタの社員を個人事業主にする「日本活性化プロジェクト」

2021年10月08日

 

外部からの変革者
松岡成臣氏 Matsuoka Naruomi

w168_bady_matuoka.jpgエム・アンド・エムパートナーズ 代表取締役
エムアンドエム税理士法人 
ゼネラルマネージャー
立命館大学経営学部卒業後、2008年、エム・アンド・エムパートナーズ設立。エムアンドエム税理士法人と連携し、財務会計を中心としたコンサルティング業務を提供。顧客である美容室のコンサルティングの一環として、個人事業主化を取り入れる。2016年より、本プロジェクトに携わる。

内部からの変革者
二瓶琢史氏 Nihei Takushi

w168_bady_nihei.jpgタニタ経営本部社長補佐/
合同会社あすある代表社員
2003年、タニタに入社。2011年から総務部長となり人事・総務全般を統括。2016年より社員を個人事業主化する「日本活性化プロジェクト」に取り組み、2017年に自身も個人事業主として独立。現在は「日本活性化プロジェクト」の推進責任者を受託しつつ、社長補佐などの業務にも取り組む。

2017年に本格スタートしたタニタの「日本活性化プロジェクト」。希望する社員は会社を退職して個人事業主となり、雇用契約から業務委託契約に切り替えて働く仕組みだ。「日本活性化」というネーミングには、自社の変革にとどまらず、社会全体に対して会社と個人の新しい関係性を問いかけていくという思いが込められている。

今回のバディは、この取り組みの推進役として社内でプロジェクトをリードした二瓶琢史氏と、コンサルタントとして社外から支援した松岡成臣氏だ。「2 人とも、当初は懸念のほうが大きかった」と、二瓶氏は振り返る。

もともとこの取り組みは、タニタ社長の谷田千里氏の発案だった。根底にあったのは、将来的な人材流出への危機感だ。労働人口が減少するなか、この先も長く優秀な人材に活躍してもらうには、個人が主体的に働き、かつ十分に報われる仕組みが必要だろう。その有効な一手が、雇用に縛られない社員の個人事業主化だと考えたのだ。

これを実現するために頼りにした専門家が、会計コンサルタントとして美容業界などで美容師の個人事業主化を支援していた松岡氏だった。「朝8時に社長が1人で大阪の事務所を訪ねてきて、社員を個人事業主化したい、と言うのです。それは驚きましたよ(笑)。大手であるタニタの変革など、うちにはとても無理だと思って最初は断りました」(松岡氏)。ところが谷田社長は諦めず、再び大阪までやってきた。結局、その熱意に押し切られる形で引き受けることになった。同じ頃、二瓶氏にもいきなり社長からメールが入り、社員の個人事業主化構想について告げられる。「正直、最初は何を言われているのかよくわかりませんでした。すると、とにかく詳しいことは松岡さんに聞いてみろと言われ、そこではじめて松岡さんと会うことになったのです」(二瓶氏)

内と外、それぞれの立場でプロジェクトを動かしていく

2人が出会うことで、プロジェクトが本格的に動き出した。
松岡氏には懸念があった。日本活性化プロジェクトは、雇用のあり方を根底から問い直すもので、社員の意識を含めた会社の変革が欠かせない。会計のプロとして、独立する個人のサポートはできても、企業変革の主体はあくまでも社員自身だ。
「社長の本気度は伝わってきましたが、トップ1人で会社を変えることは難しい。ましてや社員の個人事業主化など、下手をすると人員削減と受け止められかねないリスクのある施策です。そのなかで、社長に対しても必要なことを物申せる二瓶さんの存在は心強かったですね」(松岡氏)

一方の二瓶氏は、社長の言う個人事業主化のメリットについて、頭では理解できても今ひとつ実感がわかなかった。「そこで松岡さんと直接会い、自分が独立したら何を経費として計上でき、手取り収入がどうなるか、具体的にシミュレーションをしてもらいました。その結果を見て、これは働く人のメリットになる、と確信でき、一気にエンジンがかかったのです」(二瓶氏)
人事畑を歩んできた二瓶氏にとって、会計の専門知識を持ち、社外の事情に詳しい松岡氏の存在はありがたかった。社内の仕組みを整えることはできても、独立する社員が直面する細々とした会計上の困りごとまでフォローできない。そこをサポートしてもらえるのは、プロジェクトを進めるうえで大きな安心材料だった。

1企業の枠を超えて社会全体に広げていきたい

プロジェクトを進めるうえで、1つの壁となったのが役員の意識だった。1年目は二瓶氏も含めて8人が独立したが、役員たちの反応は鈍かった。積極的に賛同する役員はほとんどいないのが実情だった。「そこでどちらからともなく、役員にも業務委託契約を実践してもらおうという話になりました。松岡さんが一人ひとりと面談し、2年目には役員を含む11人がプロジェクトに参加。これをきっかけに、プロジェクトがさらに前に進みました」(二瓶氏)

松岡氏は、このときに限らず、独立を希望する社員全員と個別面談を続けてきた。介護との両立に苦労している人、家業を継ぐか悩んでいる人など、社員もさまざまな事情を抱えている現実を知り、このプロジェクトの意義が見えてきたという。「社会にとって必要なプロジェクトだと思っています。しかし、他社からタニタ式を導入したいという仕事の依頼もくるのですが、基本的にはお断りしています。二瓶さんのように信頼できる推進者が社内にいてこそ成功すると思いますから」(松岡氏)

これまでにもことあるごとに直接顔を合わせて、2人でコミュニケーションを重ねてきた。お互いに対する絶大な信頼は、そのなかで培われたものだ。「自分や目先の利益ではなく、世の中にこれが広まったらいいよね、と松岡さんはさらりと言ってのける。こういう人と一緒だから、やってみようと思えるんです」(二瓶氏)

信頼し合う2人でタッグを組んで、個人と会社の新しい関係を広く社会に広めていきたい。バディが見据えるのは、この先の未来だ。

Text = 瀬戸友子 Photo = タニタ提供