社会保険適用拡大により労働時間・年収がどう変わっているのか 戸田淳仁

2017年09月07日

非正社員へのセーフティネットの充実を目的に、2016年10月より社会保険の適用者が拡大された。このことによって、社会保険に加入していなかったが制度変更により新たに加入するようになった労働者は社会保険に加入しているだろうか、それとも加入しないように労働時間などの調整をしただろうか。

まずは社会保険の制度変更についてみておこう。2016年10月より以下のように適用者の要件が緩和された。

  1. 週所定労働時間が20時間以上に(変更前は30時間以上)
  2. 賃金の月額が8.8万円以上(変更前の年額130万円から年額106万円に)
  3. 雇用期間が1年以上
  4. 被保険者数が常時501人以上の企業であること
  5. 学生でないこと

この制度変更により影響を受けると考えられる週労働時間が20~30時間かつ、年収が106万~130万円であった労働者の労働時間や年収は、どのように変化しただろうか。新たに保険料を負担する必要が出てくるため、社会保険の適用を免れるように、企業または労働者が労働時間を減らす、賃金を減らすことが考えられる。

表1 新たに社会保険の適用対象となる層の2016年の労働時間・年収の変化

表1の結果では、新たに適用される可能性のある者のうち、約3割は週労働時間が20時間未満あるいは年収が106万円未満となり、労働時間を短くする、あるいは年収を低くすることにより社会保険に加入しなかったことになる。残りの7割は今回の制度変更により、社会保険に加入したことになった。

社会保険の適用拡大によって、年収や労働時間が増加した者についてもみたところ、制度変更前に比べて週労働時間が30時間以上に増えた者、または年収130万円以上に増えた者は約3割にものぼる。

3割が労働時間・年収を増加し、3割はそれ以下に調整した数字をどうみればよいか。経済学などで使われる差の差(Difference-in-Difference)の分析をふまえた検討したい。差の差の分析とは、制度変更前後において、制度変更の対象となった人(処置群、とよばれる)と制度変更の対象にならなかった人(対照群、とよばれる)の違いをみることで制度変更の効果を把握する手法である。ここでは、制度対象となった人を従業員規模500人以上(実際の制度変更では501人以上だが、調査では500人以上しかわからない)、制度対象とならなかった人を従業員規模500人未満として、そのほかの年収や労働時間は2015年時点で同じであった人に限定している。ここでの分析の仮定として、従業員規模の違いによっても本来であれば年収や労働時間の変化はそれほど大きくない点を置いている。

表2は従業員規模500人未満企業における状況である。表1と比べると、年収や労働時間を減らした人が28.1%と、500人以上の31.0%と比べてそれほど大きな差があるとは言えない。その意味では、社会保険の適用拡大によって、新たな適用を逃れようと労働時間や年収を減らす行動がみられたとは言えないのが実態である。

表2 従業員規模500人未満企業における表1対象者の2016年の労働時間・年収の変化

むしろ、人手不足が深刻になるなかで企業側としても労働時間を増やすなどして社会保険料の負担増に対応している可能性がある。また社会保険の適用拡大により企業側が新たに負担することになった保険料を、賃金に転嫁させ、新たな適用者の賃金をあまりあげない、もしくは下げることで対応しているかもしれない。こうした背後のメカニズムは今後の課題として、検討していきたい。

戸田淳仁(リクルートワークス研究所 主任研究員/主任アナリスト)

※本稿は「働き方改革の進捗と評価」に掲載されているコラムの転載(一部調整)です。

・本コラムの内容や意見は、全て執筆者の個人的見解であり、所属する組織およびリクルートワークス研究所の見解を示すものではありません。