パネル調査からみる雇用契約期間とその推移 玄田有史
リクルートワークス研究所が実施している「全国就業実態パネル調査」の2年目にあたる、2017年実施の調査がまとまった。文字通りパネル調査(個人追跡調査)として、多くの新たな発見が今後期待される。
筆者は1年目の2016年実施の調査を用いて、雇用契約期間について分析したことがある。その結果、ひとくちに非正規雇用といっても実態は多様であり、特にみずからの雇用契約期間が「わからない」という期間不明の人々ほど、賃金、能力開発、仕事満足などで困難な状況にあることを知った(※1)。
だとすれば、期間不明者は、困難から抜け出そうと、その後別の契約に移行しているのだろうか。そもそも無期、有期、不明など、雇用契約期間は、転職や更新などを通じて、どの程度入れ替わっているのか。そのことは働き方にどんな影響を及ぼしているのか。
答えはパネル調査のなかにあるはず。そこで2015年に正規の職員・従業員以外で仕事をしていた雇用者(役員・在学中を除く)について、2016年の移行状況を調べてみた。
翌年の就業状況をみると、期間不明者は仕事をしている割合が、最も低くなっていた(表1)。期間不明者では仕事をしていないとの回答が多く、それだけ困難な仕事に嫌気がさし、翌年には仕事を辞めてしまったのかもしれない。
表1 雇用契約期間別にみた翌年の就業状況
翌年も雇用者として働いていた人々では、異なる雇用契約期間に移行している場合が、全般的に多い(表2)。期間の定めのない無期雇用だった人が、翌年も無期の割合は46%程度であり、1年以上の有期雇用者も約半分は、無期、1年未満の有期、期間不明のいずれかに変更されている。ただ1年未満の有期雇用者のみ66%が1年後も同じ契約期間にあることは、それだけ短期の転職や更新を繰り返していることを物語る。
表2 雇用契約期間の移行状況
期間不明でも、翌年に無期や有期に移行している場合が一定程度みられる。同時に半分弱は雇用契約期間が依然としてわからないまま、働き続けていることもまた事実である。
続いて、雇用契約期間の変更に伴う同一個人の賃金変化率に関する平均を求めた結果が、表3になる。無期雇用の場合、無期にとどまっている場合に賃金が最も増え、有期に移行すると、大きく賃金は下がる。1年以上の有期では、どの期間に移行しても賃金は下がっているが、1年以上有期を続けるほうが相対的に賃金は保たれている。1年未満の有期から無期に移行すると、賃金は大きく増え、1年以上への移行でも若干増加する。
表3 雇用契約期間移行別にみた賃金変化率の平均値
問題は、期間不明からの移行だ。不明な状態から、1年未満の有期が明示されると、賃金は下がる。1年以上の有期になってもほとんど賃金は変化しないが、無期契約が明確化されると賃金は上昇する。ただそれにも増して意外なのは、もっと賃金が増える経験をしているのは、期間不明が続いている人々なのだ。
先に述べたとおり、期間不明は、契約期間が明らかな場合に比べて、仕事面で不利な状況に置かれているのが、一般的である。にもかかわらず、非正規のうちの少なくない割合が期間不明のまま働き続けているのは、不明確な契約で働く職場でしか、より多くの賃金が得られない人々の、よんどころない事情があるからかもしれない。
事実、期間不明の人々が、かならずしも好き好んでそのような状況で働いているわけではないことを示唆する結果も調査からは垣間見られる。図1には、期間不明から移行した場合の仕事満足度の変化を示した。
図1 期間不明からの移行別にみた仕事満足度(%)
期間不明から無期に移行した人々は、不明のなかでももともと仕事満足度が相対的に高く、移行後もほぼ同程度の満足を維持していた。不明な状況でもそれなりに満足して働いていた人ほど、仕事ぶりが評価され、明確な無期雇用へ移行可能となったともいえる。一方、期間不明のときに仕事満足度が特に低かった人々は、転職などを通じ、有期へと移行していた。実際、明確な有期契約を結んだことで、満足度は大きく上昇している。賃金が増えなくても、期間不明よりは仕事の満足度が高まる明確な期間の仕事を選んだのだろう。
期間不明な状態のまま仕事を続けた人々は、有期に移行した人々に比べると、仕事満足度は高かったようだ。ただ期間不明を続けた翌年には、仕事満足度は若干低下する傾向も同時にみられる。ここからは、期間不明の人々は、より多くの満足を求めて曖昧な状態を続けているわけではないことが、うかがわれる。
雇用契約期間の移行状況やそれに伴う賃金や満足度の変化は、これまで政府統計などからも明らかにされてこなかった全国就業実態パネル調査ならではの、独自の発見である。今後さまざまなユニークな結果が明らかになるのを楽しみにしている。
※1:玄田有史「雇用期間が不明な人々」
https://www.works-i.com/column/panelsurveys/detail001.html
および玄田有史「雇用契約期間不明に関する考察 全国就業実態パネル調査を用いて」
https://www.works-i.com/research/paper/item/DP_0012.pdf
玄田有史(東京大学社会科学研究所教授)
・本コラムの内容や意見は、全て執筆者の個人的見解であり、所属する組織およびリクルートワークス研究所の見解を示すものではありません。