第5回 2020年からのキャリアづくり入門
若手社会人のキャリアづくりの大きなカギ、スモールステップ。前回はその重要性をデータから明らかにした。
今回は「では、どうすればいい?」という疑問に答えるべく、若手社会人へのインタビューから見えてきている“実践論”についてお話ししよう。
スモールステップから始めて自分の行き先を広げていくための、キャリアづくり法。ぜひお試しいただきたい。
スモールステップ実践編
スモールステップは、前回整理した通り「職務経歴書やSNSのプロフィール欄に書くことができるような可視の活動ではない、誰でもいつでもできる軽易な行動」であり、「何か新しい取組を始める前にまず実施している行動」とする。こうした小さな行動は、実際にどのように行われているのだろうか。
“ありのまま”と“何者”のはざまで様々なモヤモヤの中、一歩を踏み出している若手社会人との対話において、筆者はいくつかのスモールステップの類型を発見することができている(図表1)。順に見ていこう。
図表1:スモールステップ実践の5つの要素
①自分のやりたいことをアウトプットしてみる
自分のやりたいことを人に話すことやSNSを用いて発信することは、簡単そうで実は多くの人が行っていない行動だ。本プロジェクトの調査報告書(※1)によれば、SNSの利用法として、「新しく取り組みたいことの発信」を積極的に行っている若手は、仕事上・業務外ともに20%前後に留まっている。
他方で、自分のやりたいこと、やってみたいと思っていることを発信することが大きな結果に繋がった、という若手社会人の話を聞くことができる。
・Aさん(22歳・女性・教育関係)は、SNSで自分がいつかやってみたいと思っていることをどんどん書き込んでいる。もちろん、そのうちの多くは何の進展もなく単なるつぶやきに終わってしまう。しかし、例えばカメラマンの仕事を始めたいという発信には、「こんな素敵な撮影スタジオがあるよ」というコメントが付いたり、「クラウドファンディングで機材調達資金を集めてみたら」というアドバイスがあったりした。これがきっかけとなって、撮影スタジオの社長に会い、さらに機材も調達してカメラマンとして仕事をするようになった。
AさんのようなSNSでの発信の他にも、大学時代の同期との飲み会で、普段しないような将来やってみたいことについての真面目な話をしたところ、意外な共通点の発見や突然の出会いに繋がったという話もある。
自身のやりたいことを他人に対してオープンにすることで、いろいろなきっかけが生まれていく。発信することで、周囲を巻き込むことができる。「なんとなく意識高い系に見られそうで、恥ずかしい」と思ってしまう心境があるからこそ多くの人がやっていない、小さいが確実な効果があるステップだと言えよう。
このスモールステップを「自己開示Disclosure」と呼ぶことにしよう。
②背中を押してもらい、パワーをもらう
何か新たなアクションを起こすことは、やはりエネルギーがいる。体力的にも精神的にも疲れてしまう。このエネルギーを調達する方法がある。
・Bさん(25歳・女性・営業職)は、何か新しいことを始めようとする際に、「必ずそれいいじゃん! やってみなよ、と言ってくれる人」のところに相談しにいく。具体的なアドバイスやノウハウ、ネットワークを教えてもらえるわけではない。しかし、自分が動き始めるために、動き始めた後に大変なことがあっても、その一言を思い出すことで、力をもらえる気がするそうだ。最近では、段々と「やってみなよ」と背中を押してくれる人が増えてきて、「3人くらい確保」しているという。
何か新しいことをする際には「コスパが悪いのではないか」「みんなやっていないし、無意味なのではないか」といった不安が付きまとう。こうした不安状態から一歩踏み出すために、励ましのエネルギーを獲得することが重要になっている。
エネルギーをすり減らしながら行動するのではなく、「それ、絶対君に向いてるし、やった方がいいよ」という後押しでエネルギーをチャージする。不特定多数からもらえるたくさんの「いいね!」ではなく、よく自分を知る人の声が、若手にエネルギーを与えている。
このスモールステップを、「エネルギーを受け取るEncouragement」と呼ぶことにしよう。
③目的を持って探ってみる
最初にやれることとして情報検索は、最も手っ取り早い手段となる。ただ、あふれる情報の中で、単に模索しても迷いが深まるだけである。情報化社会であるからこそ「自分探し」は難しくなっているのである。
ただし、目的をもった探索は、コストゼロでいつでもできる小さな行動になりうる。
・Cさん(29歳・男性・人事)は、これまで採用の仕事をしてきたが、少し異なる領域の人事制度設計の勉強をするために、関連するイベントをSNSで探し予約した。
・Dさん(27歳・女性・営業職)は、ボランティアをしたいと思い、ネットで調べたところ、自分の家の周りにも多くの活動している団体があることを知った。
古代ローマのことわざに「目的地のない船には追い風は吹かない」という言葉がある。何か軸を持ったときに初めて、単なる情報は自分にとって有為な“情報”になる。その“情報”の中から、自分にとって必要なカギとなるきっかけを探す作業は、少ない時間、少ない労力でたくさんの見返りを期待できる。
昨今は「目的を持った探索」を後押しするサービスもたくさん生まれている。例えば、ビジネスマッチングアプリを使って、今度挑戦してみたいことに共感してくれる人を探している人は、単にいろいろな人と無目的に会うよりも多くの気づきが生まれるだろう。
このスモールステップを、「目的のある探索Search」と呼ぶことにしよう。
④試しにやってみる
実際に自分ができるかどうかは誰にもわからない。そう、やってみないとわからないことはこの世の中にたくさんある。これを知る方法は少しでいいので試してみることだ。
・Eさん(28歳・男性・イラストレーター)は、接客の仕事をしていたが、やってみたいと思っていたイラストレーターに転職しようとした。職探しの際、必須スキル欄に見慣れないデザインソフトの名前を見つけた。触ったこともなかったが、体験版が1カ月無料で使えることに目をつけ、ダウンロードして動かしてみたところ、何とかできそうだったため、面接の日までに習得し実技試験を通過した。
あなたが「諦める」のはどのタイミングだろうか。何もしないうちに諦めることが多いのではないだろうか。もしかすると、もう少し進んでみてから諦めてみてもよいかもしれない。小さく試してみて、それで自分に向いているかどうか確認してみる。この回数を増やすことで、本当はできること、自分の可能性の広さに気づくことができる。
試すためのツールも広がりつつある。VRで疑似体験できる仕事もあるし、カードゲームでシミュレーションできるかもしれない。様々なワークショップも開催されている。疑似的にでも、シミュレーションでも、試しにやってみることの価値は大きい。
このスモールステップを、「試行Try」と呼ぶことにしよう。
⑤体験を自分のものにする
小さな行動を繰り返し、いろいろな世界を知っただけで終わってしまってはもったいない。それを自分のものにするという行動が、最後のポイントである。
・Fさん(25歳・男性・企画職)は、興味のあることをまずやってみることに抵抗がなく、本業の仕事以外にも小さく様々なことを始めていたが、「これだ」と思うものを見出せずにいた。その中で、やってみて思ったことを書き留めて振り返る習慣をつけようと、思ったことをノートにメモして整理するようにしたところ、自分が好きになることの共通の法則のようなものを発見できた。
スモールステップの最後のファクターとして、小さくいろいろとやってみたことを、自分のものにするという要素が必要である。「いろいろとやってみたんですが、今ひとつ自分はこれがやりたい、と思うことがなかなかないんです」といった悩みの声に、答える手立てにもなる。
別の若手からは、「思いついたことがあれば独り言を言って、自分の体験をワンフレーズでまとめるようにしている」という意見もあった。小さく経験してきたことを振り返ることで、自分の体験が真に自分の血肉となり、新しい気づきに繋がっていく。
このスモールステップを、「内省・振り返りIntrospection」と呼ぶことにしよう。
図表:スモールステップのイメージ
最初は自分のだけの「こと」を探したいと思いつつも、たどり着く方法がわからず見上げて焦るばかりだったが、スモールステップをするうちに「ちょっと頑張れること」「挑戦したいこと」「好きなこと」が身近になっていく
スモールステップで目的地へ
スモールステップに厳密な順番はないが、①から⑤へ進んでいくのがスムーズかもしれない。
おそらく①「自己開示Disclosure」を行うと、②「エネルギーを受け取るEncouragement」の機会は増えるし、③「目的を持った探索Search」を行うと、④「試行」の機会も同時にやってくるだろう。⑤「内省・振り返りIntrospection」は①から④を行った後に位置づけられ、また次のスモールステップに結びついていくだろう。
言葉遊びになるが、①から⑤の呼称の英字頭文字を順にならべると、DESTIとなる。DESTIから始まる言葉といえば、DESTInationやDESTInyがあり、目的や行き先、未来に起こることを意味する。
スモールステップを重ねると、DESTInation(目的地)へ至る。
スモールステップの重要性は、こう表現することができるだろう。
若手のキャリア形成において、重要なのは夢や目標をしっかり考えていくこと以上に、今できることを設計し、リスクを抱えすぎず小さな行動をしていくこと。今回は、実際にどのようなアクションをしていくべきかについて整理した。
第6回では、このように若手のキャリア形成が変化する中、社会や企業がどのように若手を育成し、支援するべきかについて提言し、若手が減少する日本社会の進むべき道を考える。