賃金の効果をいま一度捉え直す
2010年代以降、パートタイム労働者(※1) の賃金は正規雇用を中心とするフルタイム労働者の賃金よりも高い伸びを示してきた。厚生労働省「毎月勤労統計調査」によれば、パートタイム労働者の時間あたり賃金は2013年の1,067円から2023年には1,318円まで上がった(図表1)。10年間において実に23.5%の上昇であり、これはフルタイム労働者の伸び11.2%を大きく上回っていた。
図表1 時間あたり賃金の推移
本研究は、賃金上昇の著しいパート・アルバイトの賃上げの効果を分析する。事業を継続するうえで、人材確保は企業として欠くことができない要素である。多くの企業は、周辺店舗の賃金を把握したうえで、人材を獲得できるよう自店舗の賃金を提示している。しかし、人材の確保のために賃上げが必要であったとしても、企業として安定的な利益を上げ続けなければならない以上、いくらでも引き上げられるわけではない。
限りある資金を有効に活用し安定的な経営を実現するには、人材確保のためのコストとそのほかの施策のコストを比較衡量するなど、人材戦略を総合的に考える必要性がある。そして、そのためには、いま一度賃上げがもつ効果をしっかりと掴むことが不可欠だ。
本研究は、協力企業より人事データ等の提供を受け、実際に賃上げをするとパート・アルバイトの採用や定着にどれほど効果があるのかを解析する。協力企業の人材確保における賃金の及ぼす効果を数値として示す。さらに、賃上げによって生じるコストの増加をいかにして吸収するのか、さまざまな企業や有識者へのヒアリング調査を通してエッセンスを抽出し、体系的に整理していく。
地域別最低賃金が大きな影響力をもつ
パートタイム労働者の賃金上昇が著しい要因としては、地域別最低賃金の継続的な引き上げの影響があげられる。地域別最低賃金は、2013年から2023年の間に全国加重平均で764円から1,004円と実に31.4%上昇した。
図表2には、リクルートが企画運営する求人メディアより2022年10~12月の3か月間に募集されたパート・アルバイトの時給額の分布を示した。グラフの左端は、各地域の地域別最低賃金と同水準にあたり、横軸を右にいくにつれて地域別最低賃金から乖離していることを表す。分布は10円刻みに記しており、縦軸は全募集件数に占める構成割合を示している。この図から、パート・アルバイトの募集のうち相当な割合が最低賃金近傍の狭い範囲に集積していたことがわかる。実際、図表2の一番左端の棒は最低賃金ぴったりから+9円までの水準での募集の割合を示しているが、この水準での募集件数は全募集件数の4分の1を占めていた。
図表2 パート・アルバイトの募集賃金の分布
2023年10月の地域別最低賃金改定では、全国加重平均で43円引き上げられた。2022年から2023年の引き上げ幅(全国加重平均43円)の間に図表2全体の36.4% の募集が存在しており、多くの求人が翌2023年の改定に伴って募集賃金を引き上げざるを得ない状況だったことがわかる。
このように、法制度を遵守するために賃上げする必要が生じている。他方、企業との対話の場では、人手不足が深刻化するなか、パート・アルバイトを充足するために賃金を引き上げざるを得ないとの声も聞かれる。最低賃金近傍に賃金を設定するだけでなく、企業戦略にあった人材確保をすべく、賃上げを考える必要性も生じてきている。
そこで、続く第2回コラムでは、パートタイム労働者の賃金水準を国際比較し、日本が置かれている状況を整理する。さらに、労働市場の将来的な展望を交え、本研究での問題意識についての議論を深めていく。
(※1)パートタイム労働者には正規雇用も一部含まれている。その意味で、本研究でいう「パート・アルバイト」とは異なる。データの制約上、図表1においてはフルタイム労働者とパートタイム労働者の分類によって論じた。
小前 和智
東京理科大学理工学部工業化学科卒業、京都大学大学院工学研究科合成・生物科学専攻修了後、横浜市役所などを経て、2022年4月より現職。東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。博士(経済学)。