個人の能力が「ある」という幻想が、生きづらさを招く 人事は柔軟な個人の組み合わせを実現できる土壌づくりを(勅使川原真衣氏)

2023年12月01日

勅使川原真衣 氏おのみず株式会社 代表取締役社長/組織開発専門家
勅使川原真衣 氏

「優秀な人材」と言われていた社員が、異動や転職の結果、一転して評価が下がることがある。個人の能力というものが固定的に内在しているなら、前の職場で「優秀」だった社員は他の組織でも「優秀」なはず。にもかかわらず評価が変わってしまうのはなぜなのか。組織開発の専門家である勅使川原真衣氏に、個人の「能力」の正体を読み解いてもらった。

仕事の成否は能力でなく、人との関係性で決まる

勅使川原氏は、外資系の人事コンサルティング会社などを経て2017年に組織開発支援の会社を立ち上げ、2022年『「能力」の生きづらさをほぐす』を上梓した。

日本企業の大多数は、社員一人一人が定量的な「能力」を持っていることを前提に、評価や採用を行っている。しかし勅使川原氏はこの認識自体に「違和感を覚える」という。

「仕事は、チームメンバーが持ち味を持ち寄ることで成し遂げられ、メンバーの関係性によって成果も変わります。いかなる環境でも固定的に発揮される、個人の『能力』というものは存在しないのです」

メンバーの持ち味が噛み合えば成果が出るし、噛み合わなければうまくいかないことが多い。出た成果のどこからどこまでがメンバー個人に帰属するのか、切り分けるのは極めて難しい。しかし評価者は苦し紛れに「前年比120%増」「前年割れ」といったチームの結果を、個人の能力に流用し評価に反映させてきた。

「個性」もまた、他者との比較によって生み出される「まやかしの能力」にすぎない。同調圧力の高い企業で、積極性が悪目立ちして顰蹙を買っていた人が、アグレッシブな社員の多い企業に転職したとたん、同じ積極性を称賛され活躍し始めることも多いからだ。

採用の際にもしばしば「あの人の個性は、うちの企業カルチャーに合わない」といった評価が下されるが、取りざたされた「個性」の正体が、家族構成や出身地、出身大学に紐づくイメージだった、ということも起こりうる。こうした場合、学歴や出自による差別が「個性」という言葉で正当化されてしまいかねない。

多くの社員が乱高下する「能力」「個性」の評価に右往左往させられ、生きづらさを感じている。この状態を次世代に持ち越してはならない――。がんを患い闘病中の勅使川原氏は、2人の子どもの未来も考えながら、著書を書いたという。

「成果を『みんなの仕事』にするより、個人の能力に帰した方がわかりやすいし、失敗の責任も問いやすい。しかし単にわかりやすいからと、評価や成果を個人に紐づけるのは、そろそろやめるべきではないでしょうか」

社員は形の違うブロック 集まって組織の在りたい姿を体現

勅使川原氏は組織のメンバーを「一つ一つ形の違うブロック」に例える。企業が在りたい姿を体現するのは、いわば無数のブロックを組み立てて大きな構造物をつくるようなものだ。

同じ形のブロックばかりでは、構造物は組み立てられない。たとえば決断力を尊ぶ人ばかりの職場では、勢いに任せて物事が進み、その結果仕事が破たんしてしまう恐れがある。チームに1人慎重な部下がいれば、「本当にそれでいいのか」と注意喚起し、ストッパーの役割を果たせるかもしれない。

また企業は協調性や行動力、コミュニケーション力などを兼ね備えた「万能型」に近い人材を高く評価しがちだ。しかし企業がすべきなのは、多種多様なブロックを組み合わせて大きな形をつくることであり、ブロックそのものが「船」や「家」などの形をしている必要はない。

「1人の社員が組織に必要な資質をすべて備えるのではなく、主体的な人、協調性の高い人などが集まって、みんなで体現すればいいのです」

能力を「エビデンス」として可視化するため、SPIなどの適性検査や人事評価ツールを導入する企業も多い。勅使川原氏は「評価ツールによる診断は、個人の『タイプ』を把握し、組み合わせを考える材料としては有益です」としながらも、「個人を断罪するために使うべきではない」と強調する。

「『あなたは〇〇力が全社平均より10%低いので、査定はこうです』と、健康診断の数値のように説明されると、評価が正当性を持つかのような印象を与えます。このため本人が反論するのも、その後の仕事で評価をはね返すのも難しくなってしまいます」

勅使川原氏は人事コンサル勤務時代、ツールを使った「失敗しやすい人」の予測が的中した時、つい喜んでしまう自分に不快感を覚えたという。本来なら予測を裏切って成功する方が、本人にとっても組織にとっても望ましいはずだからだ。「組織に何が足りないか」を強調することで企業の危機感をあおり、顧客獲得につなげてきたとの反省もある。

「今は、個人があるチームに参加したら思いもよらない新しい見方を示してくれた、といった組み合わせの妙を作り出し、組織に化学変化を起こすお手伝いをするのが、人事コンサルの役割だと思っています」

組み合わせはマネジャーの役割 人事は「評価から手を引く」

企業は目標達成に必要な組み合わせを考え、同質なメンバーが集まりすぎていたり互いの相性が合わなかったりといった場合、組み合わせを変えていく必要がある。ただ実際に人材というブロックを組み立てるのは、現場のマネジャーであるべきだ。人事は、組織にどのような形のブロックがいくつそろっているかを把握し、組み立て役であるマネジャーにその情報を提供する。この時、人事にとって最も大事なのは、人材の特性や持ち味は把握しても、良し悪しを画一的に評価するアセスメントからは、可能な限り手を引くことだという。
「情報にアセスメントが付加されていると、マネジャーもそれに引きずられ、組み合わせを試行錯誤しづらくなってしまう。人事の役割は、マネジャーが組み合わせで『遊べる』余地をつくり、創発に生かせる素地を用意することです」
また情報提供に当たっては、人事が現場の仕事内容や技術を一定程度理解した上で、マネジャーに任せる範囲をどこまで広げられるか、見極める必要がある。業務に多忙なマネジャーに、組み合わせることの重要性や、部下の資質を見極める方法を伝える研修を実施したり、トライアンドエラーを推奨する制度を設けたりといった制度的な手当ても有効だ。
一連の取り組みを実現させるための大前提として、企業トップには「優秀な個人が有能な成果を生む」という幻想から脱却してもらわねばならない。そのためには人事側が、採用や教育コストの将来予測を示すなどして「個人の『能力』強化に投資するより、組み合わせで足元の人材を生かすことに注力すべきではないか」と、経営層に問題提起することも求められる。
特に人手不足が深刻な地方の中小零細企業は、採用・教育で「足りない人材」を補うよりも、既存社員の持ち味を生かす方が現実的でもありコストも抑えられる。
「なかには、大企業のやり方をそのまま取り入れようとする中小企業もあります。しかし中小零細の経営者こそ『必要なものは職場に既に備わっている』と考え、組み合わせて生かす意識を持ってほしいです」

働き手を「能力」の鎖から解放する

昨今は労働市場全体で「どこに転職しても通用する人材になる」「ポータブルスキルを磨くことが大事」といった価値観がまかり通っている。しかし個人の活躍の度合いが他者との関係性に大きく左右される以上、働き手を「能力」という鎖から解放すべきだ、と勅使川原氏は訴える。
能力が低いと評価された時に「努力が足りなかった。自分の責任だ」と自己評価まで下げてしまうのではなく、周囲との相性の問題ではないかと考えてみる。置かれた場所で咲けそうもないと思ったら、転職も含めて咲ける場所を探すことに取り組めばいい。
ただそのためには働き手も、自分にとって「相性のいい人」とはどんな人かを、突き詰めて考えておく必要がある。そうすることで「咲ける場所」を探す時も、力を引き出せる上司は誰か、活躍できる職場はどこかを見極めやすくなるからだ。
「ただもちろん、まず変わるべきは働き手より強い力を持つ人事の側です。これからの人事の役割は、社員の組み合わせを変え続けられる環境を整えること、いわば永遠の未完を追求することにあるといえるでしょう」

聞き手:筒井健太郎(研究員)
執筆:有馬知子

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