40~50代の半数以上がリスキリング講座受講 高いモチベーション保つ「仕掛け」とは(博報堂DYホールディングス)
木村英智氏
博報堂DYホールディングス グループ人材開発戦略局 グループ能力開発グループ グループマネージャー
石原洋子氏
博報堂DYホールディングス グループ人材開発戦略局 グループキャリア開発グループ グループマネージャー
博報堂と博報堂DYメディアパートナーズ(以下、博報堂DYMP)は2022年4月から、リスキリング支援として全社員を対象に研修プログラムを提供している。すると若い世代に留まらず、40~50代の社員の半数以上が受講を希望した。ミドルシニア層の学習意欲をいかに高めるかに悩む企業が多いなか、同社ではどのようにリスキリングを促しているのだろうか。
300超の外部コンテンツを導入 事業への必要性からデジタルを学ぶ
博報堂と博報堂DYMP は、社員と契約社員計4813人(2023年4月1日時点)に対して、リスキリングの研修プログラムを実施している。
「DXをはじめとする企業環境の急激な変化に対応するためには、『人への投資』によって、社員の知識やスキルをアップデートする仕組みを強化する必要があると考えました」と、同グループ人材開発戦略局でリスキリング施策を担当する木村氏は語る。
プログラムの大半は外部から提供を受けたコンテンツであり、ラインナップを検討するに当たっては、社員への事前調査も実施した。内容はDX推進に限らず、経営戦略・マーケティング、アカウンティング、ファイナンス、ビジネススキルや語学、急速に学習ニーズが高まる生成AI領域など多岐にわたる。講座の数は2023年8月時点で300を超える。
全対象者の講座の申請率は1年間で55%と半数を超えた。ミドルシニア層では、46~59歳の申請率も53.9%と、全体と比べて差がなかった。一般的には、役職定年が近付いた50代の社員らは、DXに対応するマインドやリスキリングへの意欲が低下してしまうというが、同社のミドルシニア層は学びに対して高い意欲を維持していると言える。木村氏ら運営側によると、年代別にアプローチを変えているわけではない。選択したプログラムの傾向にも大きな違いはなく、デジタルマーケティングやプログラミングなどのDX領域に対するニーズは、総じて高いという。「当社を取り巻くビジネス環境の変化によって、業務上の必要性からもデジタルマーケティングを含めたDX領域全般への学びのニーズがあるようで、年代による大きな違いは見られません」(木村氏)
同社は2005年に「HAKUHODO UNIV.」(博報堂大学)を設立。近年では、多様化する顧客ニーズに対応するため、社員の発想・構想・実装に関する能力を培い、社会に「新しい価値」を生み出しうる人材育成を目指している。入社時のオンボーディング・プログラムに始まり、ロール別・職種別の育成プログラムなど約200講座を提供している。今回のリスキリング支援は、これらとは別建てで、より汎用性の高いスキルの研修を上乗せした形だ。「これまでも学ぶ場を多数提供し、年間を通じて連日のように何かしらの講座が開かれている」(木村氏)という環境が、学びに前向きな風土を醸成し、ミドルシニア層の高い学習意欲にもつながっていると言えそうだ。
主体的な学びで、主体的なアップデートを促す
リスキリング施策の実施は社内イントラや全社メールで告知するほか、木村氏ら運営側が社内の管理職会議などを回り、周知することもある。社員はこうした情報を受けて、自分に必要な研修プログラムを選択し、上司の承認を経て受講が決まる。繁忙期で仕事に支障が出る場合に時期を調整するものの、大半は承認され受講に至る。「承認プロセスを通じて、上司に学ぶ内容を事前に共有することで、学んだことを活かせる業務にアサインされるなど、キャリア形成の一助にもなってほしい」(木村氏)
また受講者は講座を受けた後、感想や獲得したスキルをどのように役立てたいかなどをフィードバックする。フィードバックは広く社員に公開され「同年代の社員はこんな講座を受講しているのか」「こういう職種の人から評判がいいから受けてみようか」という判断材料に使われている。「『口コミ』を参考にすることで、講座を選びやすくなったという声も上がっています」(木村氏)
同社には従来から多くの学びの機会があったことに加え、リスキリング施策にも、事前調査や丁寧な社内周知、上司とのコミュニケーションを受講プロセスに組み込むなどきめ細かい配慮がうかがえる。さらに講座を受講した社員の属性(職種・年代等)や受講後のレビューを見える化したことも、主体的な学びにつながったようだ。今後より多くのデータが蓄積されたら、「この研修があなたの業務に役立ちそうです」とリコメンドする機能も付与し、社員一人ひとりに必然性の高い研修プログラムを提供したいという。
また同社では5年前からミドルシニアに特化した専門チーム「ネクストキャリアデザインチーム」を設け、40代という早い段階から、シニア以降のネクストキャリアを考える取り組みも進めている。45~52歳の社員に、再雇用などの制度やマネープランに対する情報提供を行い、53歳の全社員にキャリア研修と面談を実施。58歳ではキャリアだけでなく「人生100年時代を健康に生きる」といった視点での研修に加えて、面談も行っている。専門チームのマネジャー石原氏は「今の50代はバブル世代で、目の前の仕事をこなせば業績も収入も上がる時代が長かったため、自らキャリアを築く経験に乏しい。面談では『自分のやりたいことは何なのか』をフラットに考えてもらえるよう支援しています」と話す。
研修や面談で、この先の人生をどう歩むべきかを考えるなかで、リスキリングの重要性を改めて認識する人も出始めている。中には60歳を超えてから、生成AIを熱心に勉強する人もいる。「今は、会社を『卒業』した後も、30年以上人生が続く時代です。65歳以降も何らかの形で働きたい、社会に貢献したいと考える人が増えるなか、一人ひとりが学びや健康の維持に取り組み、社会と接点を持ち続けることが大事だと思います」と、石原氏は語った。
ミドルシニア層は、若手や中堅層とは異なり、会社が主導する形でキャリアを築いてきた。また、上の世代とも異なり定年退職後も働き続ける人が多くなる。同社では、ミドルシニア層もほかの年代と変わりなく、意欲的にデジタル・DX領域のスキルを習得している。ビジネス環境の変化で、年代・職種にかかわらず全社的にデジタル・DX領域の知識が必要になったことが、ミドルシニア層のリスキリングの追い風となった。学習の開始と継続を促進する仕掛けを作り、ネクストキャリア支援に力を入れていることも相まって、ミドルシニア層におけるリスキリングの風土を醸成していると考えられる。
株式会社博報堂
1895年創業、本社所在地は東京。広告領域に加えて、経営・事業、社会イシューなどの多様な領域でクライアント企業の国内外における課題解決をサポートする。従業員数3918人(2023年4月1日時点)。
株式会社博報堂DYメディアパートナーズ
2003年設立、本社所在地は東京。博報堂、大広、読売広告社の3広告会社のメディア機能を統合した「総合メディア事業会社」。従業員数895人(2023年4月1日時点、契約社員含む)。
聞き手:石川ルチア
執筆:有馬知子