「やりたいこと」より、「できること」を問う採用選考へ
「やりたいこと探し」の不安とメンタルヘルス
このコラムシリーズではこれまで、それぞれ次のことを取り上げてきた。第 1 回目では、卒業後に「やりたいこと」が見つからないという不安(以降、「やりたいこと探し」の不安)がメンタルヘルスに悪影響を及ぼしていたことを指摘した。第 2 回目では、「やりたいこと探し」の不安を抱えていても就活のストレスに対処することで、メンタルヘルスの悪化を防げるのではと仮説を立てて分析を行った。しかしこの仮説は支持されず、ストレス対処を行っても「やりたいこと探し」の不安は依然としてメンタルヘルスに悪影響を及ぼしていた。
上記で行った分析では就活生のメンタルヘルスに焦点が当てられている。メンタルヘルス悪化への対応はもちろんそれ自体重要な課題であるが、企業視点で考えれば、若手社員が入社後にいきいき活躍できるかという観点も同様に重要だろう。これを踏まえ本稿では、「やりたいこと探し」の不安が、入社後の働きぶりに影響を及ぼす可能性を検討したい。
「やりたいこと探し」の不安が働くことへの理解を阻害する
ここでは、入社後の働きぶりに関連する変数として「予期的社会化」に着目する。これは「組織参入前の仕事や組織に関する理解度」を意味しており (1)、入社後のコミットメントや離職意思、組織への適応、業務の達成動機等に影響するといわれている (1,2)。これらはいずれも重要な人事課題であり、就活を通じた予期的社会化の検討は、人事施策や採用戦略を検討する際の一助になると考えられる。つまりこの分析の目的は、どうすれば就活生が入社後にいきいき働けるかについて、就活時の「やりたいこと探し」という観点から考察することにある。
分析に用いるデータはこれまでのコラムと同様だが、確認のため整理しておく。調査対象はインターネットモニター会社に登録された 2023 年卒の就活生(学部 4 年、修士 2 年以上)、分析対象は 902 人(※1)であり、調査は 2022 年 11 月上旬に実施された。
分析方法について、要因側には「やりたいこと探し」の不安を、結果側には「予期的社会化」を測定する尺度 (1) を用いている。予期的社会化の得点は、次の項目に対する理解度を 1~5 点の 5 件法で尋ねたものの平均であり、4 点以上を高群、4 点未満を低群とした。項目はそれぞれ、「自分自身の能力や適性」「自分が働く会社で、必要とされるスキルや知識」「会社の仕事に対する向き・不向き」「自分が働く会社が、どのような社風・雰囲気なのか」「自分が働く会社の業績」の 5 項目である(※2)。
結果を以下に示す。表の読み方としては、リスク比の数値が 1.0 を超えている場合に予期的社会化が阻害されることを示している。 逆に 1.0 を下回っていれば予期的社会化が促進される。なお p-value が 0.05 を下回っている場合に統計的有意と判断した(※3)。
分析の結果、「やりたいこと探し」の不安は予期的社会化を阻害する結果になった。つまり、「やりたいこと探し」の不安はメンタルヘルスだけでなく、仕事や組織に対する理解も妨げてしまう可能性があるということだ。これは、そもそも「やりたいこと」が見つからずに不安を抱えている人は、主体的に仕事や組織について学習する動機が高まらなかったものと解釈できるだろう。
表 1:「やりたいこと探し」と予期的社会化の関連
この結果から考えられる懸念を 2 点挙げる。第 1 に、仕事や組織に対する理解が十分でない場合、入社後どのような壁に直面し、苦労するかを想像できず、備えがないため困難やストレスから受けるダメージが大きくなってしまう可能性がある。第 2 に、本人が終わりのない「やりたいこと探し」に迷い込んだまま入社した場合、エンゲージメントが高まらない、あるいは離職意向が高まるといった可能性がある。この仕事は自分の「やりたいこと」ではない、もっと他に「やりたいこと」のできる職場があるのではないかといった思考の袋小路に入ってしまうと、職場への適応やパフォーマンス発揮を期待することは難しいだろう。
「やりたいこと」ではなく「できること」を公正に選考する採用へ
今回を含む 3 回のコラムから得られる重要な示唆は、「やりたいこと探し」の不安を抱えることが、学生側・企業側目線の両方でデメリットをもたらす可能性があるということだ。
就職活動を経験した若手社会人に話を聞くと、採用面接で主に聞かれるのは「志望動機」「入社したらやりたいこと」「学生時代に力を入れたこと(以降、ガクチカ)」の 3 つである。このうち、志望動機やガクチカについては「やりたいこと」を含むものであろう。
しかしながら、特に文系の場合は総合職で入社する人も多く、どれだけ「やりたいこと」を語っても「やりたい」仕事に就けない場合も少なくない。また、そもそも学生はガクチカや志望動機等、面接で語る内容を複数準備し、受ける企業や面接官によって使い分けているケースもある (4)。
このような状況で、「やりたいこと」を選考で問うことの妥当性はどこにあるのだろう。現在働いている人や採用担当者の中にも、働きながら「やりたいこと」を見つけた人もいるのではないだろうか。さらにいえば、「やりたいこと」がなくとも職務の中でしっかり責任を果たしている人も多くいる。なぜ就活では、何かをやりたくなければならないのか。
筆者の主張は前回のコラムと変わらない。「やりたいこと」を問う比重を下げ、採用基準や評価項目等を事前に開示し、合否の理由を丁寧にフィードバックするような公正性の高い採用選考に移行していくことにある 。加えるとしたら、「やりたいこと」よりも「できること」を問う選考にシフトしていくことが望ましい。これも繰り返しになるが、「やりたいこと」そのものを否定するつもりはない。しかしながら、学生にとっても企業にとってもデメリットをもたらすリスクがあるのなら、選考としては別の方法があってもよいだろう。日本型雇用の見直しに注目が集まっている今だからこそ、全体にとって望ましい採用選考のあり方を継続的に議論していくことが重要だ。
(※1)予期的社会化の項目は調査時点で内定を得ている人のみに聴取しているため、これまでのコラムとは人数が異なる。
(※2)元の尺度には「自分がどのような仕事につくことになるのか(配属)」という項目もあるが、職種別採用をはじめ、採用ルート等で回答傾向が変化する可能性を考慮し、今回は分析に含めなかった。また 尾形(1) では職業的予期的社会化と組織的予期的社会化に得点を分類していたが、ここではまとめて得点化した。
(※3)分析には修正ポアソン回帰分析を用いた (3)。
引用文献
(1)尾形真実哉. 若年就業者の組織適応エージェントに関する実証研究 -職種による比較分析-. 経営行動科学2012;25(2):91–112.
(2)林祐司. 採用内定から組織参入までの期間における新卒採用内定者の予期的社会化に関する縦断分析-組織に関する学習の先行要因とアウトカム-. 経営行動科学 2015;27(3):225–243.
(3) Zou G. A modified poisson regression approach to prospective studies with binary data. American journal of epidemiology 2004;159(7):702–706.
(4) 小山治. 学生による企業の採用基準の認識過程—社会科学分野に着目して—. 年報社会学論集 2012;2012(25):73–83.